2013年10月21日月曜日

これからは「生活の質」が決めてだ。

▲クオリティ オブ ライフとか言わなかったかな。
 筆者など、もうそんなに長くは生きられまい。
 うまくいって、後20年。奇跡を願えば30年というところか。

 その期間、どういう生活をしていくか—ということだろうなぁ。
 仕事もさることながら、音楽を聞いたり、写真をとったり、美味しい料理を食べたり、絵画を見に行ったり—そういう「生活の質」のレベルを下げたくない。

 現在時点で、上で筆者が触れたような「生活の質のレベルが維持できる場所」って、そんなに多くはないと思える。
 筆者が、富裕層が海外へ—というような記事を見る度に思うのは、そのあたりの「齟齬」というか、そんなところへいって、そりゃお金はあるだろうけれど、生活の質はどうなるんだ?---と感じるせいだ。

 以下、新聞から抜粋。

 今年、エイベックス社長のm氏が〈富裕層は日本にいなくなっても仕方ない〉と書き込み話題となった。
 富裕層への課税強化に反発する内容だった。
 エヌエムシイ税理士法人税務総合戦略室のt氏はこう語る。
 「2015年に所得税の最高税率は50%から55%(地方税を含む)になり、相続税の最高税率も55%となります。一般的に、このような 最高税率が適用されるのは会社の経営者が多いと言えます。

 彼らは会社の利益の約40%を法人税として納税した上に、自らの報酬の半分以上を所得税として納付し、最終的には虎の子の財産 にまで高率の相続税が課されるので、不満が高まるのは当然です。
 たとえば香港の場合、所得税17%、法人税16.5%、相続税は0%ですので、富裕層の海外志向はかつてなく高まっている」

 昨年、HOYAのsCEOがシンガポールに移住、経営拠点も移したのはその典型だ。
 税金の問題だけではない。
 デフレが続き、「安くてそこそこ質のいいもの」は普及したが、その分富裕層向けのサービスは未熟だ。

 経営コンサルタントのk氏(船井総合研究所)はこう言う。
 「富裕層向けサービスでは、オーダーメイドの考え方を徹底させること、即ち究極的な『ワン・トゥー・ワン・サービス』が必要となり、 こだわりが人一倍強い富裕層に徹底的に身を捧げられるかが問われる。
 日本企業では、これまでの社内の評価体制などから、 顧客一人ひとりに尽くすサービスができるところが少ない」


▲補足、感想など

 いや、税金が高いと思うなら、国外へどうぞ。
 でも。と筆者は冒頭の思いに戻る。

 筆者は、音楽が好きだ。陶芸のようなものも好きだ。子供の頃からの植物好きだ。
 そんな人間にとって、コンサートにいったり、古い陶芸をみたり、植物園にいったり—とか、簡単にできる場所が世界のどこにあるのさ--と思う。

 確かにお金は必要だ。しかし、同様に「生活の質」を守ることも大事なのだ。
 後20年という時間をどれだけ有効に使えるか—ということも、どこで暮らすか--という視点から抜かすことはできない。



日本人を叩けばお金がとれる—と在日朝鮮系の人間達-その3。

▲戦後、坂口安吾氏が、「一戦を辞せず—などと言った人間は皆、キツネ憑きなのさ」--とかいった--と。
 キツネ憑きねぇ。

 その通りだろうな。キツネ憑きくらいでなくて戦争ができるものか。
 でも—と思う。

 この阪口さんの言葉は、終戦後しばらくしてほとぼりが冷めた頃の言いであろう。
 戦争で、「一億火の玉だ」と言っていた頃には、考えもしないし、言うきもなかったろう。

 こういう文章をみると、日本人は「負け慣れ」していないなぁ、と感じる。
 あぁ、日本は対外国戦では660年頃の白村江の戦いと太平洋戦争以外では、敗けたことがなかったか。
 当たり前だな。

 日本という国は、19世紀後半に、英国の産業革命に約100年遅れて、明治維新という形でリセットして、再出発をした。
 この100年遅れというハンデが、どこどこまでもついて回って、帝国主義には後から参入する形となり、20世紀半ばに100年先を進んだ英米蘭などと争いとなったものだ。

 日本が100年遅れだというハンデを抱えて、以後つっぱしたものだから、まぁ、100年先を進む国といざこざを起こす状況となるのはやむを得なかったのだろうな。
 また、人種差別ということでも、日本人は差別されていたし、そんなことも気に入らないことだったのだろう。
 この摩擦が、結局、戦争へ突入した原因だろう。
 戦争に善も悪もあるものか。
 どうしても、気に入らないから殴りかかっただけだ。

 そのあたり。
 今の中国人の振る舞いをみて分かるだろう。
 英国の産業革命に約200年遅れて、中国はトウ小平氏の改革開放政策というもので出発した。丁度、日本から100年遅れだ。
 今、日本から中国の振る舞いをみて、「コイツ、粗雑な乱暴者・ヤクザだな」とか感じるであろう。
 同じことを、アメリカ・イギリスは、20世紀の半ば頃に日本に対して思ったはずだ。

 こうして、日本とアメリカの間で戦争が始まったのだ。
 a級戦犯とは、100年前を進んでいる「白人様」へ逆らったという罪?だ。
 日本人としては、どうしてもハラが立って、逆らわずにはおられなかったということだろうな。

 まぁ、敗けたことで、今度は負けないぞ—と考えればいいことなのだが。
 この日本人の感覚を逆に利用してやろう、ついでの貶めてやろう—と考える人間が存在する。
 それが、日本在住の朝鮮系の人間達だ。

 日本の新聞テレビの業界を牛耳っていて、日本人を叩いてやろう—と画策している。
 それはなんとか九条の会などという存在だ。

 こんな在日韓国人、朝鮮系の人間の策動に騙されるな。ミスリードされるな。
 日本人は覚醒せよ。

 以下、新聞から抜粋。

 戦後の混乱期、「堕落論」で人気作家となった坂口安吾は、戦争放棄の憲法九条を高く評価していました。
 それは今の時代状況 にも通じる明察です。
 坂口安吾は、明治三十九年、新潟市に生まれました。
 東洋大学卒業後、作家の道を歩み。世評的には不遇の時代が続きます。
 一変するのは戦後です。
 昭和二十一年、「新潮」に掲載された「堕落論」でした。

■本質見抜く洞察力

 <戦争は終わった。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。
 人間は変わりはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。
 義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、 防ぐことによって人を救うことはできない。
 人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない>

 国家のために死ぬことは当然、日本人なら清く正しく生きなければならない、と教え込まれていた当時の人々にとって、堕落こそ 人間救済の道という逆説的な省察は衝撃的でもありました。
 本質を見抜く洞察力に貫かれたこの随筆を機に一躍、人気作家となります。
 太平洋戦争の開戦時、安吾は三十五歳。
 年齢故に召集もされず。
 安吾の 戦場は遠い戦地ではなく、幾度も空襲に見舞われ、降り注ぐ爆弾や焼夷弾から逃げ惑った東京でした。
 
 四三(同十八)年、海軍の山本五十六元帥の訃報 に接し、こう書き記しています。

■根源から問い直す

 <実際の戦果ほど偉大なる宣伝力はなく、又、これのみが決戦の鍵だ。飛行機があれば戦争に勝つ。それならば、 ただガムシャラに飛行機をつくれ。全てを犠牲に飛行機をつくれ。さうして実際の戦果をあげる。ただ、戦果、それのみが勝つ道、 全部である>(現代文学「巻頭随筆」)

 戦争に勝つには、精神力ではなく軍事力、国民を奮い立たせるのは、うその大本営発表ではなく真の戦果、というわけです。
 虚構ではなく実質。今となっては当然ですが、色あせない洞察力こそが、今なお安吾作品が読み継がれて
いる理由でしょう。

 「根源から問い直す精神」。評論家のoさんは、安吾の魅力をこう書き残しています。
 堕落論の約半年後、日本国憲法が公布されます。主権在民、戦争放棄、基本的人権の尊重を三大原則とする新しい憲法です。

 国際紛争を解決する手段としての戦争と、陸海空その他 の戦力を放棄した九条でした。
 <私は敗戦後の日本に、二つの優秀なことがあったと思う。一つは農地の解放で、一つは戦争抛棄(ほうき)という新憲法の一項目だ><小ッポケな自衛権など、全然無用の長物だ。与えられた戦争抛棄を意識的に活用するのが、他のいかなる方法よりも利口だ>(文芸春秋「安吾巷談」)

 <軍備をととのえ、敵なる者と一戦を辞せずの考えに憑かれている国という国がみんな滑稽なのさ。彼らはみんなキツネ憑き なのさ><ともかく憲法によって軍備も戦争も捨てたというのは日本だけだということ、そしてその憲法が人から与えられ強いられた ものであるという面子に拘泥さえしなければどの国よりも先にキツネを落す機会にめぐまれているのも日本だけだという ことは確かであろう>(文学界「もう軍備はいらない」)

 東西冷戦に突入し、核戦争の恐怖が覆っていた時代です。軍備増強より、九条の精神を生かす方が現実的との指摘は、古びる どころか、今なお新鮮さをもって私たちに進むべき道を教えています。

■改憲潮流の時代に

 安吾は五五(同三十)年に亡くなります。四十八歳でした。
この年の十一月に結党された自民党は今、安倍晋三首相の下、党是である 憲法改正を目指しています。

 自衛隊を「国防軍」に改組し、集団的自衛権を行使できるようにする内容です。首相は世界の平和と安定に積極的に貢献する「積極的 平和主義」も掲げ始めました。

 しかし、ここで言う「平和」に実質はあるのか。軍拡競争をあおったり、米国の誤った戦争に加担することが、本当にないのか。
 本質を見抜き、根源から問い直す。安吾の精神が今ほど必要とされる時代はありません。


▲補足、感想など

 ケッ。
 日本人のフリをした中日新聞の在日の朝鮮系の人間に、「戦争放棄」を云々されたくはない。
 汚らしい精神で、日本の「神風特攻隊」とか、「戦争放棄」だとか「憲法九条」に触れるな。言及するな。
 日本人の精神が汚れる。

 筆者は、団塊の世代だ。戦争放棄の精神については、小学生の頃から、繰り返し教えられた。

 でも、と思う。
 現在、2013年の今、世界で、「戦争放棄」をうたっている国が、日本以外どこにあるか—それを考えてもみよ。
 つまり、冒頭でふれたように、戦争は善悪ではない。どうしても我慢ができなくなってなぐりかかるものなのだ。

 日本人は、今、この憲法九条というもので、自らの手足を縛った状況となっている。
 それをいいことに、それにつけこんで中国・韓国が強欲な無礼な言動を繰り返しているのだ。

 そして、上で掲げたような記事を、日本に在住する朝鮮系の記者達が、韓国・中国の意を受けて、「日本人が自ら手足を縛った状況を継続させよう」と策謀しているのだ。

 もう、いい加減、日本人は気付けよ。
 こんな記事に騙されるなよ。

 日本にいる朝鮮系の人間達のミスリードに躍らされるなよ。





2013年10月20日日曜日

日本人を叩けばお金がとれる—と韓国人その2。

安倍さんは、韓国へ慰安婦騒動で賠償も謝罪もする気はない。
 なにもかも1965年の日韓基本条約で完全に解決済みだからだ。

 だから。
 そんなことを蒸し返そうなどいう話にはそもそものらない。
 で、将来に向けて、日韓での首脳会談が開催される見込みはない。

 その状態を韓国側がいらだっているようだ。

 まず、韓国の新聞から抜粋。


 国際会議で隣り合って座る朴大統領と安倍首相の、冷たい表情と気まずい顔合わせの写真が報じられた。
 先週アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議と、東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の席で、各国首脳は、よそよそしい2人の態度を目にして、韓日間のおかしなムードに気付いたことだろう。

 そして、心の中で笑っていることだろう。
 外交とは、心の中にあいくちを忍ばせていても、表面上は何事もないかのように振る舞うのが普通だからだ。
 約30年、韓日関係が今ほど疎遠になったことはない。

 互いの国民感情がどれほど険悪でも、指導者は冷徹で、物事の分別があるべきなのに、今は両国の指導者が互いに知らん顔をしている。

 一国の指導者たる者、未来を見なければならない。今のような状態のままいつまで放置しておくのか。
 韓国は国際的地位の向上で高揚しており、日本は保守政権の発足を契機として、「復活」を試みようとしている。
 必然的に、両者はどこかで交差する。

 それを別の角度から見ると、いまだに過去の過ちを認めない日本の歴史認識と、もはやそれに耐えられず乗り越えることもできない韓国の忍耐の限界が衝突するということでもある。
 現在の安倍政権の順風満帆な状況から見るに、日本が今になって植民地時代の誤りを認め、周辺国との関係をその基盤の上で新しく構築すると期待するのは「木に縁りて魚を求む」ようなものだ。

 今の日本経済は勢いを保ったまま、周辺国を圧迫している。
 そして中国の軍事力増強とG2に浮上したという勢いに対抗し、日本を防波堤にしようとする米国の対中戦略が、日本にとって追い風になっている。
 日本は、第2次大戦から60年以上もの間、「足かせ」から、抜け出す時が来たと信じている。

 現在の自分たちの経済力と立場にふさわしい「自負」を取り戻そうという中興論で沸き立っているのだ。
 集団的自衛権や、神社に参拝する指導者層の妄言などに象徴される右傾化が、まさにその手段というわけだ。

 日本を制御する道は、存在しないように見える。
 米国が日本の手を取り、中国が一歩下がっている上、日本経済に影響を受ける世界各国が沈黙している状況では、なおのことそうだ。

 韓国が日本の集団的自衛権に警告を発したとしても、国民の6割が支持している安倍政権が後ずさりするようなことはないわけだ。
 こうなった以上、韓国は日本と取引する道に進むべきだ。
 日本の「もの」は日本に与え、韓国の「もの」は取り戻すという「取引」だ。

 日本がどこに向かおうが、自衛権であろうが、神社参拝であろうが、韓国が同調しようと反対しようと、それは日本人の選択だ。
 日本はその方向に進むだろう。

 ならば、それらを日本の選択に任せる代わりに、韓国と直接的に関係する独島問題と従軍慰安婦問題については、韓国に有利な方へ引っ張る。
 日本にとっても頭の痛い問題に、出口を用意するという大義名分を提供できるだろう。
 それが指導者の交渉力だ。

 現在の韓国にとっても、日本との関係を正常化することは非常に重要だ。
 経済的にもそうだし、産業・技術の面でもそうだ。
 今の硬直した状態が長期化した場合に、韓国が日本から得られる物と失う物とを比較する知恵が必要だ。 日本国内には、「韓国と共に進むこと」を望む世論も反韓世論に負けないくらい存在していると聞く。

 さらに韓国が考えるべきことは、アジア安全保障戦略の面で「日本を矢面に立たせる」意図をあらわにした米国と、今度どのように調整していくかということだ。

 韓国は、日中どちらか一方に傾かないよう留意しなければならない。
 両国どちらも遠ざけてはならない。

 そして、その中で米国と歩調を合わせることも重要だ。
 それが韓国の安全保障の難しい課題だ。
 現在、自国を独力で守れない韓国にとっては、それが最上の現実主義だ。
 「植民地時代の歴史が繰り返されかねない」という悪夢に、これ以上韓国が悩まされる理由はない。

 今は19世紀ではないし、現在の韓国はかつての朝鮮でもない。
 今こそ被害意識や敗北主義から抜け出し、周辺国と関係を構築する上で韓国が能動的、主導的、かつ中継的な役割を模索する必要がある。

 朴大統領にとっても、周辺国、とりわけ日本との関係を韓国国内の「人気取り」の手段や国内政治の延長にしないという成熟度、さらには大胆さを示すチャンスでもある。


▲補足、感想など

 長い文章だ。抜粋してもこんなのだからなぁ。
 で。
 一体、なにを言いたいのだ?

 冒頭でふれたように、安倍さんは慰安婦がどうたらで、謝罪も賠償もする気はない。
 竹島については、時期をみて国際司法裁判所へ訴えるという形となるのではあるまいか。
 つまり、直接、韓国の首脳と話しあえば、そこで日本側が譲歩するとか、折れるとかいうものではない。

 新聞では、--日本国内には、「韓国と共に進むこと」を望む世論も反韓世論に負けないくらい存在していると聞く。--とか。
 ふん、先日の日本の世論調査では、80%以上が嫌韓だったぞ。どこに「韓国と共に進む」とかを選択する日本人がいるのだ。

 日本に在住する朝鮮系の呼応集団である国会議員等のいうことを信じていると、とんでもない目にあうぞ。

 日本と韓国の関係は、「助けない」「関わらない」「教えない」--だ。

 日本人は、こういう韓国の新聞にも騙されないが、日本にいる朝鮮系の呼応内通集団—朝日新聞、毎日新聞、北海道新聞をはじめとする地方新聞、テレビ、朝鮮系の大学教授、朝鮮系の国会議員、コメンテーターなどのいうことを信じないよ。騙されないよ。

 日本人の税金が、うかうかと韓国へ流れていくことを絶対に許さない。
 あぁ、韓国の平昌だったけ。冬季オリンピックの設備とかで、日本人の税金が流れていくことを絶対に阻止してやるぞ。




必要は発明の母---と小泉元首相。

▲小泉さんの言っていることはウソではない。
 ただなぁ。

 技術というものに一足飛びということはない。
 飛行機というものが、グライダーのようなものから → レシプロの複葉機 → レシプロの単葉機 →ジェットエンジンの飛行機 と進化してきたように。

 これが、グライダー → ジェット飛行機とはならない。

 どうも、上で書いたような感覚を小泉元首相はもっておられないようだ。
 現場での経験がないためだろう。

 核心はなにか。
 それは「電気は蓄積できない」ということだ。

 可能性がある技術としては、超電導ということだろうが、まだ、目処もたっていまい。
 一国のエネルギーのなん分の一かを担う蓄電技術など、夢のまた夢だ。

 もう一度大切なことを言おうか。
 技術というものに、一足飛びということはない。
 毎日毎日1ミリすつ前進するものなのだ。


 以下、新聞から抜粋。

 「原発ゼロ」を訴える小泉元首相が、ブチ切れた。
 小泉氏は、「原発ゼロ」論を批判した 読売社説に対し、反論を展開したのだ。
 首相経験者が社説にかみつくのは異例中の異例。
 小泉氏だが、自身に向けられた批判に“けんか師”の血が騒いだようだ。

 「政治で大切なことは、目標として大きな方向を打ち出すことだ」
 小泉氏が掲載したのは、「『原発ゼロ』を目指して」と題する論文。
 怒りの矛先は、「小泉元首相発言 『原発ゼロ』掲げる 見識を疑う」と題した読売の社説に向けられた。

 論文は、社説での小泉批判を引用し、これに反論するスタイル。
 原発の代替電源・火力発電で電気料金が上昇し、経済に悪影響を 及ぼしているという読売社説の指摘には「蓄電技術の開発が進んでいるではないか」などと強調した。

 「必要は発明の母」
 「過ちては改むるにはばかることなかれ」
 「『やればできる』は、魔法の合言葉」

 文中では、印象に残るワンフレーズで説得力を持たせる小泉節も健在。
 「挑戦する意欲を持ち、原発ゼロの循環型社会を目指して努力を続けたい」と締めくくった。
 政治評論家のk氏は「元首相が新聞社の社説に反論するなんて聞いたことがない。変人の面目躍如だ」と指摘した上で、 こう続ける。

 「現役を引退した小泉氏が旗を 掲げても、付いていく人はいないだろう」
 小泉氏は「二度と国会議員に返り咲くつもりはない。原発新党は毛頭、考えていない」と述べ、脱原発を主張する 一部野党との連携を否定したばかり。
 だが、批判を浴びれば浴びるほど闘争心に火が付く政治姿勢は現役時代のままだ。

 相次ぐ批判にますますヒートアップするのか、それともご意見番で終わるのか。
 元気に「原発ゼロ」を繰り返す71歳のご隠居は、 今後も注目を集めそうだ。


▲補足、感想など

 冒頭でふれたごとく、まぁ、ウソではない。
 原発ゼロという主張は、筆者は与(くみ)しないが、そう主張されることを邪魔はしない。

 技術は進歩している—か。
 高温超電導のことであろうが、高温物質が発見されて、30年余か。
 30年程度では、まだまだ成果が出るのは、先のことだ。

 あぁ、個別の家庭での蓄電技術というような意味かな。
 乾電池・バッテリー等、確かに少しづつ進化している。
 それでも、一国家のエネルギー供給をどうのこうの—というには早すぎる。

 冒頭にもどって。
 小泉さんのいうことは、ウソではない。
 ただ、技術は原発に代替するエネルギーを云々するほど、進化はしていない。

 今後20-30年という期間、一国家として依存できるエネルギー源は、原発しかない。




2013年10月19日土曜日

日本人を叩けばお金がとれる—と韓国人・中国人-その1。

日本人を叩いて脅せば金になる—と中国人・韓国人は考えているのだな。
 でも。
 単に、外から「叩く」だけなら、日本人に効き目はない。

 ところが、日本の中に、特に新聞テレビの世界の中に、朝鮮系の人間が山ほどいる。ましてや、論説委員、大学教授、コメンテーター、国会議員などにも朝鮮系の人間が一杯いる。

 外から叩くだけではなくて、内からも叩こう—というのが、韓国人・中国人の策謀ということか。
 なるほど、その尖兵が朝日新聞であり、毎日新聞であり、北海道新聞ということなのだな。

 もう、日本人もいい加減、気がつけよ。
 こういう中国・朝鮮の尖兵になっている新聞社、論説委員、大学教授、政治家などに騙されるなよ。
 彼らに反撃を加えよう。

 以下、韓国の新聞から抜粋。

 ギリシャは自国のことを「文明の父」と呼ぶほど、ヨーロッパ文明の発祥地だというプライドを強く持っている国だ。
 だが、 そのギリシャも経済危機の前にはメンツも何もないようだ。
 ギリシャの日刊紙はこのほど、「ナチス賠償金」に関する ギリシャ政府の報告書をスクープ報道した。
 首相が直接関与した機密報告書がそっくりそのまま新聞に掲載されたのだ。

 ギリシャは2010年に国家破綻の危機に陥った後、国外から2400億ユーロ(現在のレートで約32兆円)に上る救済金融を受け、 かろうじて国家財政を賄っている。
 ギリシャに対する救済金融を主導しているのがドイツだ。
 ギリシャは現在、「ドイツの許可」が なければ国家予算を組むことすら難しい状況だ。

 ドイツのメルケル首相は機会があるごとにギリシャ全体が倹約に努めるよう求めている。
 ところが、ギリシャのデモ隊は、自分たちが享受してきた福祉の恩恵を全て奪ったのが ドイツとメルケル首相であるかのように攻撃している。
 ギリシャ政府のナチス報告書は、こうしたギリシャ国民の反ドイツ感情に油を注いだ。

 この報告書はドイツで総選挙が行われた日、ギリシャのメディアに取り上げられた。
 報告書の内容を要約すると、ギリシャは第2次世界大戦時にナチス・ドイツから受けた被害に対する補償金を十分に 受け取っていないというものだ。
 ギリシャ人30万人が餓死したのにもかかわらず、 終戦後に締結されたパリ条約でギリシャはドイツ製機械など2500万ユーロ(同約33億円)しか受け取っていないと主張している。
 当時受け取れなかった賠償金を今受け取れば、現在の金融危機のかなりの部分が解決できるという。

 メルケル首相は総選挙を前にした状況で、ドイツ人有権者たちの反対を押し切ってギリシャを支援した。
 しかし、既に国際条約により決着のついた ナチス賠償問題を再び持ち出したのだから、メルケル首相も大弱りだろう。

 ドイツはこれまで、過去の歴史問題にふたをして、やり過ごすような言動をしたことがない。
 メルケル首相は今年1月、 ホロコースト記念日に合わせ「ドイツはナチスの犯罪に永久に責任がある」と述べた。

 韓国と日本の間の確執に関する討議で、いつも登場するのが「過去の歴史問題の疲労感」だ。
 過去の歴史に関する問題が出てくると、日本側は常に「どれだけ謝罪すれば韓国は満足するのか」 「(ネズミなどを運動させる)回し車のように繰り返される韓国の過去の歴史問題謝罪要求に日本も疲れた」という反応を見せる。

 ドイツに比べれば、日本は過去の歴史問題の疲労感について言及する立場にない。
 韓国も「過去の歴史問題の疲労感」は同じだ。
 最近取り沙汰されている過去の歴史問題の悪循環は、 日本の指導者たちの挑発的な言動に端を発するケースがほとんどだ。

 それほど帝国主義時代の日本が韓国人に残した過去の 歴史問題に関する傷は深く大きく、むやみに手を付けられないのだ。

 日本は今、アジアのリーダーの座を中国に奪われるのではないかと気をもんでいる。
 韓日関係に差し迫っている 懸案は短期対症療法ではなく、互いの気持ちを理解しなければ解決できない問題が多い。

 だが、もし日本の首相が在韓日本大使館前で22年以上続いている元従軍慰安婦たちの水曜集会に来て、 歴史の被害者たちに土下座したとしたら、どうなるだろうか。

 ドイツの首相がしたように、 日本の植民地支配による被害を示した記念館の前で「日本の戦争犯罪に対するわれわれの歴史的な責任は永遠だ」と言ったら、 韓国はどのような反応を見せるだろうか。
 日本が望んでいる国際的な地位を得るには、 こうした発想やアプローチの大転換が必要な時期だ。


▲補足、感想など

 は、は、は。馬鹿馬鹿しい話だ。

 こういう記事を読んでいると、過去、自民党内にいた朝鮮系の議員達(竹下さんとか、金丸さんとか、小沢さんとか)、また、日本社会党の議員の多くが朝鮮系だろうなぁ(--江田三郎さんとか赤松さんの父親とか)、朝日新聞、毎日新聞の朝鮮系の記者達によって、日本人がどれだけ騙されてきたか—よく分かるなぁ。

 言わば、外から攻撃された時、内側に朝鮮系の議員、マスコミという「裏切り者」というか、敵との内通者がいた—ということだ。
 それが、記事にあるような「謝罪」がどうたら---というような世論を作り上げてきたのだろう。<まぁ、朝鮮系の人間の背後にアメリカがいて、この朝鮮系の人間が暗躍することを資金面とか制度面で助けていたのだろう>

 考えてもみよ。
 現韓国人は、1945年まで日本人だったのだ。
 もし、戦争でなにか日本人に罪があるというなら、韓国人も同罪ではないか。
 なにか。
 1945年まで朝鮮人達は、日本人とは別の離れ小島で暮らしていたのか。

 もう、いい加減、アメリカと日本に在住する朝鮮系の人間達が戦後、作り上げてきた「幻影」から脱却すべきだ。
 安倍さんのいう「戦後レジームからの脱却」というのも、こういうことを含めて、覚醒しろ—ということなのだ。

 2000年頃までは、新聞テレビという肝心要のところを押さえられて、日本人の世論を朝鮮系の人間によって、いいように操作されてきた—ということなのだ。
 そんなものに、簡単に騙される日本人だって、アホと言われればその通り。

 2000年以降、インターネットが日本全国津々浦々まで普及して、情報がアチコチから発信、受信されるようになって、上でふれた2000年までの朝鮮系の人間達によって、日本人がいいように操作・ミスリードされてきたかがあからさまになってきたのだ。

<そうか、昔なら、朝鮮系の人間によって、直接的な妨害工作があったのだな。呉善花さんが書いていたが、自宅へ帰ってみたら、入り口の扉にツルハシが打ち込まれていた--とか。インターネットとは、昔でいえば署名のないチラシの集合体のようなものだからな。直接的に妨害工作をしようにも手のだしようがない-ということか。逆にいえば、そのあたりに朝鮮系の人間がいらだつ理由があるのだな。>

 安倍さんのいう「戦後レジームからの脱却」というのは、このインターネットの全国への普及があってこそのものだ。
 それだけ、インターネットというものが、マスコミを牛耳る朝鮮系の人間にとって「破滅的なインフラ」であったということだ。

 話がどこかへいった。
 そんなことで、もう、韓国人への謝罪も賠償もいらない。
 すべて、1965年の日韓基本条約で、解決済みだ。

 河野談話なんて、有名無実なものとしてしまえばいいことだ。
 
 冒頭に戻って、日本人は朝鮮人に叩かれても、お金を出すことも、謝罪もしないよ。
 もう、中国へのoda も終了してしまおう。





霞んでしまって姿がボンヤリの小沢さんの声がする。

在日の星、小沢さんの姿がボンヤリ霞んでしまってから久しい。
 もう、二度と政治の中枢に近づくことはできまい。

 もう、霞んでしまってはっきりは見えないのだが、声だけはどこからか聞こえる。
 しかも、ピントはずれの。

 まず、新聞から抜粋。

 生活の党の小沢一郎代表は、党所属議員の会合で、日中、日韓の首脳会談が実現していないことについて、「最も親しくしなければならない中国・韓国と話し合いさえできない。

 まさに異常な状況だ」と述べ、安倍晋三首相の外交姿勢を批判した。


▲補足、感想など

 最も親しくしなければならない中国・韓国—か。

 えっと、日本の国会議員は、中国へ出向いていくと、お車代で2千万円くれるのだっけ。
 小沢さんは最近、中国へ行ったことはあるのかな。
 お車代を出すだけのポストにいないので、中国から呼ばれていないのかな。

 中国の習さんって、頭が切れる人じゃない。
 資本主義の本質も理解していないし—。

 尖閣諸島については、元々日本の領土だし、トウ小平氏の「棚上げ論」まで譲歩する必要はさらさらない。
 韓国との間で、慰安婦の賠償をする必要もさらさらない—1965年の日韓基本条約で解決済みではないか。

 つまり、どちらとも、日本が「譲歩しなければ会談しない」--と言っているのだ。
 だから。
 会談する必要はない。

 逆に言えば、「会談しろ」と小沢さんがいうのは、「譲歩しろ」という意味なのか。
 そういう売国的なセリフを言っているのか。

 小沢さんは、もう、政治の中枢から遥かに離れた人ではないか。また、二度と中枢に近づく可能性もない人だ。
 記事のようなセリフをいうなら、もう、政治家を引退したらどうなのさ。
 まぁ、引退しなくたって、姿が霞んでみえなくなっているのだから、同じことか。





2013年10月18日金曜日

冷酷な朴韓国大統領だって。

▲いつだったかなぁ。
 昨年の冬?
 女性は指導者にはなれない—とか韓国の政治家がいっていたっけ。

 朴大統領の安倍さんへの対応の仕方とかをみていると、なるほど、「女性は大統領には不向きだな」と感じる。
 外交の本質というものを理解していない。

 なにか拗(す)ねていると、そのうち男性が折れてくれて、手をさしのべてくれる筈—とか思っていそうだな。
 そもそも政治家がすねる? 国の指導者がすねる?
 子どもじゃないぞ。
 すねたところで、誰も手をさしのべてはくれない。だれも助けてはくれないぞ。

 外交というのは、このブログでなんどもふれた。
 テーブルクロスの上では、笑顔で友好が大事だ—とかいいながら、テーブルクロスの下の見えない部分では、相手の足を思い切りけとばしているものだ。

 以下、新聞から抜粋。

 韓国人ブロガーさんは、ブログに「安倍に視線も向けない 冷酷な朴槿恵大統領」と題した文章を掲載した。
 アジアンさんが、朴大統領に関する文章を掲載したのは、インドネシアで開かれたアジア 太平洋経済協力会議(APEC)で朴大統領と安倍首相が並んで座った際、会話を交わす どころか視線すら交えない姿に違和感を感じたからのようだ。

 ブログには、2人が並んで座る写真が 掲載されており、朴大統領が安倍首相から送られる視線に反応せず、まっすぐ前を見つめる姿が 写されていた。
 筆者は、このような朴大統領の態度に疑問を感じているようで、「日本がいくら憎くても国際社会 では最小限の礼儀を守るべきだ」とし、会議には個人ではなく韓国の代表として出席したのであり、 個人的な感情は表出すべきてはないと指摘した。

 筆者はまた、握手を求められれば笑顔で応じるのが国際社会の礼儀だとし、米国は日本との 和解ムードを避ける韓国を負担に感じ、そして親中路線を取っていることに警戒しているはずだと 推測した。
 “外交はポーカーゲーム”だと考える筆者は、「朴大統領はあまりにも簡単に相手に心の状態を 見せている」と指摘。

 「このような場面(安倍首相と視線を合わせない朴大統領)を見た日本の 国民は、朴大統領に親しみを感じないだろう」と韓国のイメージ悪化を懸念した。


▲補足、感想など

 韓国のイメージ悪化?
 まぁ、冒頭でふれた。
 女性は大統領には不向きだ—ということだ。

 政治家にそもそも向かない人だな。
 余りに、個人の感情をむき出しにしすぎる。記事にあるように、韓国という独立国の代表であるのだから。
 少なくとも、柔和な笑顔で対応すべきだろうな。

 それにしても—と思う。

 安倍さんは、歴史認識がどうとか、慰安婦がどうとか—で、韓国側に折れるつもりはさらさらないのだぞ。
 アメリカのオバマさんから、あんまり韓国に冷たくするなよ。韓国を中国側に追いやるだけだからな—とかいわれて、オバマさんからの要請もあぅて、なんとか、話し合いだけでもする--という形をとりたいのだ。

 それにしても。
 話し合い=日本側が折れる—と朴大統領は考えているということだろう。

 バカな—と思わないか。
 そんな首脳会談などありうるものか。

 つまり、この「非常識さ」こそが、朴大統領の本質なのだ。
 つくづく、この人は外交というものが分かっていない。すねていれば、そのうち相手側が折れてくれるはず。
---女性は大統領には不向きだな。

 まぁ、安倍さんもオバマさんに言われているから、大統領にちかづこう—としているが、可能性がなければ、もう気にもすまい

 いつでもドアを開けていますよ—と繰り返すだけになるだろう。

 安倍さんはもう5-6年は続く。あぁ、朴大統領も5年くらいか。
 まぁ、アチコチで会えば、立ち話で挨拶だけでいいじゃないか。

 こんな非常識な、未熟な指導者には近づくまい。
 クワバラ、クワバラ。



日本人からはお金がとれる--と毎日新聞。

▲日本人をミスリードしてやるぞ—と。

 でも。
 毎日新聞社に勤務する朝鮮系の帰化人、在日韓国人って、なにを考えでいるのだろう。
 まぁ、日本人の世論を騙して、日本人の税金を韓国へ流す段取りをすれば、韓国からキックバックがある—今度ももうまく「日本人を騙してやった。ザマアミロ--」ということか。
 そこで韓国政府とウィン-ウィン関係を築いているということだな。

 別に、韓国に・北朝鮮へ貢献している—という感覚はないのだろう。
 事実、在日韓国人って、本国である韓国人から憎まれているものなぁ。

 だから。
 日本人を騙してやった。税金を巻き上げてやった。お金がふところに入った—ということなのだな。

 歴史認識のなんとかも、従軍慰安婦のなんとかも、靖国神社がどうしたも、自分達が稼ぐための・儲けるための単なる「メシの種」ということか。

 日本人を攻撃したり—するが、韓国・北朝鮮の味方というか、なにか利益を得さそうということではないのだな。

 記事にあるような理屈を言って、脅せば、日本人は金を出す。

 日本人からは、お金がとれる。

 日本から韓国へお金が渡れば、そこから自分達へリターンがある  → しめしめ、うまく騙して儲かった---ということか。

 なるほど、やっと、筆者なりに腑に落ちだ。

 いや、話がどこかへいった。

 毎日新聞の朝鮮系の記者が、靖国神社がどうたら—と記事にしている。
 記事の狙いは、上に書いたとおりだろう。

 以下、新聞から抜粋。

 安倍晋三首相は、靖国神社の秋季例大祭に合わせた参拝を見送り、供え物の真榊(まさかき)を神社に奉納した。
 最近の中国、韓国との外交関係悪化の一因が、安倍首相の歴史認識にあることを考えれば、参拝見送りは妥当な判断だ。
 首相は今後も見送りを継続し、靖国問題の抜本解決に取り組んでほしい。

 誰もがわだかまりなく戦没者を慰霊できるようにしたいとの思いは、私たちも共有する。
 だが、靖国は単に戦没者を祭った神社ではない。
 靖国神社は1978年に東条英機元首相らA級戦犯14人を合祀した。

 A級戦犯は、第二次大戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)で、 侵略戦争を行った「平和に対する罪」で有罪になった日本の政治・軍事指導者だ。
 靖国が合祀した背景には、東京裁判を否定する思惑があったことが、関係者の証言などから明らかになっている。

 こうした神社への首相参拝は、中国からは「侵略戦争の肯定」と見なされ、 米国からは日本が東京裁判を受諾したサンフランシスコ講和条約とそれに基づく米国主導の戦後体制への挑戦と受け取られかねない。
 72年の日中国交正常化で、中国は日本に対する戦争賠償の請求を放棄したが、その前提には、戦争責任は日本の一部の軍国主義者にあり、 一般の日本国民と区別するという考え方があった。
 そういう日中関係の経緯も踏まえる必要がある。

 だが、首相はかねて、前回の首相在任中に靖国に参拝しなかったことを「痛恨の極み」と語っている。
 今回は中韓との関係改善や、両国との関係改善を求める米国の意向に配慮して、参拝を見送ったのだろうが、 状況が許せば首相在任中になお参拝を模索すると見られている。

 春と秋の例大祭や終戦記念日に首相が靖国を参拝するかどうかで国論を二分する騒ぎは、終わりにすべきだ。 安倍首相が長期政権を目指すというのなら、A級戦犯の分祀や国立追悼施設の建設案など抜本的な解決策を真剣に検討してもらいたい。

 また今回の参拝見送りを、中韓両国との関係改善にぜひ生かしたい。
 首相は両国との首脳会談が一度も実現していないことについて「対話のドアは常にオープンだ」と語る。
 その一方で、訪米中の講演では「私を右翼の軍国主義者と呼びたいのであればどうぞ」と開き直るような発言をした。

 これでは両国から関係改善の意思を疑われても仕方ない。
 中韓両国にも参拝見送りを前向きに受け止めるよう求めたい。靖国問題を利用してナショナリズムをあおるような言動は慎むべきだ。
 お互いに大局を見すえ、関係を再構築してもらいたい。(終)


▲補足、感想など

 ふ~ん。
 産業革命に500年も遅れる朝鮮民族からとやかく言われる筋合いはあるまい。
 まぁ、500年も経過していないか。<まぁ、下に書いた理由でそのくらいは遅れるはず>

 12世紀、シベリアの原住民であったエベンキ族が、朝鮮半島までモンゴル軍にひっついて南下したことが、現在の北朝鮮・韓国の状況を形成した決定的な要因であろう。

 エベンキ族は、モンゴル軍の真似をして、朝鮮半島で知識人などの殆どを抹殺したのだろう。
 12世紀まで朝鮮半島には、それなりの文化的な蓄積があったのだろうが、ここでいっきょに「原始的な生活」に戻ってしまったのだな。
 
 こうして、李氏朝鮮という国は、シベリア原住民の狩猟採集生活と大差のない生活となり、それが19世紀まで続いた。
 19世紀の朝鮮半島の文盲率が90%を越えていたと記憶する。

 つまり、エベンキ族には、元々、文化的な蓄積もないし、文化を創造する力もなかったのだ。
 日韓併合というのは、こんな国家をなんとか—という話だ。

 現在の韓国政府は、歴史について捏造をくりかえしているが、自分達の過去が上のような状況で、あまりに惨めで直視できないためらしい。

 現在、日本に対して、やれ歴史認識の--等と言っているが、結局、日本から金を巻き上げてやろう--というものだ。

 日本には、新聞テレビの世界に同胞の朝鮮系呼応集団がいる。彼らをつかぅて、日本人を騙したり・脅したりすれば金になるはず。
 
 その片棒を担いているのが、毎日新聞等にいる朝鮮系の記者達だ。

 目的は、冒頭で述べたようなものだ。

 もっともらしいことを言って、日本人をだましてやれば、自分の懐へお金が入る—ということだろう。

 毎日新聞なんて、潰れて当然だな。

 



嫌韓デモが増えた理由。

▲韓国の朝鮮日報の記事で、表題の「理由」を日本の有田議員に尋ねている。

 有田さんの意見が実に面白いというか奇妙な回答だ。
 まぁ、いいのだけれど---
 有田さんも、朝鮮系の国会議員だろうけれど、まぁ、よく言うなぁ—とあっけにとられる。

 まぁ、ともあれ、記事から抜粋。

 「韓国人に対して『出ていけ』『殺せ』などのスローガンを叫ぶデモの現場は、ナチス時代のドイツを 連想させる。日本社会にファシズムが芽生えるのではないかと危機意識を感じた」
 「ヘイトスピーチ」に取り組む研究会「ヘイトスピーチ研究会」を結成した有田芳生参議院議員(民主党)は、本紙のインタビューに対し「ヘイトスピーチは言語暴力を越えた 『ナイフ』だ」と述べ、規制の必要性を訴えた。

 「在日特権を許さない市民の会(在特会)」による嫌韓デモへの反対活動を国会で推進している有田議員は「ヘイトスピーチを放置すれば、日本が戦前(194145年の太平洋戦争以前)に戻る 可能性がある」と指摘した。

 有田議員はかつてジャーナリストとして活動し、オウム真理教 に関する書籍を出版、テレビの時事評論家としても活動してきた。
 有田議員はヘイトスピーチ規制法の制定を主張して以来、事務所に脅迫電話が来たり「お前は日本国民ではない」と批判 されたりするなど、極右派の標的になっている。

 ヘイトスピーチ研究会は、国会で「表現の自由を守るためにヘイトスピーチを処罰する」というテーマでセミナーを開催する など、規制法の制定に向けた本格的な活動に乗り出した。
 この日のセミナーには、民主党、社民党 などの議員14人が出席した。

―韓国を標的にしたヘイトスピーチが増えた理由は。

 「日本の景気が長期にわたり低迷する中、韓国企業が日本企業より優位に立つ分野が増えてきた。
 文化的な面でも女性を中心に韓流ファンが増え、日本人の優越意識が傷ついた。経済 格差などによる不満が外部に向かっているという面もある」

―韓国・中国について敵対的な記事を載せる雑誌も増えた。

 「メディアが韓国と中国に対する差別をあおる記事を書くのは本当に問題だ。一部の週刊誌には 『あなたの隣に中国人スパイがいるかも』などという記事を書いたものもある。
 記者さえも差別表現 に関する認識が欠如しており、残念だ」

―規制法は国会を通過するか。

 「自民党も反対するのは困難だろう。ただ、処罰条項の制定については、表現の自由に関する 問題があるため、立法化が難しいかもしれない。
 こうしたことを踏まえ、まずは罰則条項のない 規制法の制定を目指している。

 これは規制法を制定した後に処罰条項を設けた外国の事例を 参考にした。
 規制法が成立すれば、関連調査機関を設置するなど有効性を裏付けられるように したい」

―韓日関係の悪化を懸念する声が高いが。

 「両国の首脳が会って対話することが重要だ。韓国でも、日本大使館前で日本の国旗を燃やす などの過激な行動を自制してほしいと思う。このような行動が『在特会』のような団体の活動の場 を広げる可能性がある」

▲補足、感想など

 なせ、嫌韓デモが増えたのか?---か。

 答えは簡単だ。
 日本の全国津々浦々までインターネットが普及したことで、今まで新聞テレビを牛耳っていた朝鮮系の記者・論説委員、大学教授、コメンテーター・国会議員等による日本人に対する情報操作が効かなくなった。
 今まで隠されていた在日韓国人・北朝鮮人、朝鮮系の帰化人などの実際の行動・言動が誰の目にもあからさまになったためだ。

<ついでに思い出したので書きたい。
 
 2000年までのインターネット普及以前では、上のような事実に気がついても、それをうまく公表する方法がなかったのだ。下手な発表の仕方をすると、朝鮮系の人間が暴力的な手段で潰しにかかったのだろう。

 そういえば、東北地方でお米とかさくらんぼが盗まれることがある。地元の人によると地元の朝鮮系の人間が関与しているようだ。しかし、それを指摘すると暴れまわるので手が出せないらしい。
 インターネットが普及するまでは、こういう直接的な妨害工作があって、表に出なかったものだろう>

 説明としては、必要にして充分な回答であろう。

 それが。
 有田議員の答えでは。
 -- 韓国企業が日本企業より優位に立つ分野が増えてきた。  文化的な面でも女性を中心に韓流ファンが増え、日本人の優越意識が傷ついた---と。
 また、-- 差別表現 に関する認識が欠如しており—と。

 ふ~ん、有田議員がなにをいっても別にいい。

 それにしても、この朝鮮日報の記事、今の朴韓国大統領の頑なな態度、そして朝鮮系の日本の国会議員の言動---この一連の動きの背景になにがあるのだろう

 核心はなんだろう?

 冒頭で、筆者はインターネットの普及というもので、日本人への世論操作・情報操作は無理となった—と書いた。

 しかし。

 上の朝鮮日報の態度j,朴韓国大統領の態度には、「いや、そんなことはない。まだまだ、日本の呼応勢力を使えば、日本人への世論操作・情報操作は可能だ」--と主張しているということなのだな。

 まぁ、まあ。
 日本人が、ことごとく賢い訳ではないなぁ。アホもたくさんいる。簡単に情報操作される人間もいる。

 ここ数年が「そのせめぎ合い」の峠なのかもしれない。

 まぁ、結果は分かりきってはいるのだが。






気にいらないなら見なきゃいいこと。名探偵コナン映画。

名探偵コナンの映画を韓国人が見たらしい。
 この映画で、自衛隊・海保がでてくる。
 海自が使っている「旭日旗」が、韓国人には気に入らないらしい。

 ふ~ん。
 それなら、見なきゃいいこと。
 他国の旗がどうこうなんて、べつに口を挟むことではあるまい。

 気に入らなければ、映画を見なきゃいいことだ。

 以下、新聞から抜粋。

 日本の名探偵コナン劇場版に戦犯旗(旭日旗)が登場して論難になっている。
 あるオンラインコミュニティには名探偵コナン劇場版絶海の探偵の一場面がキャプチャーされて 上がってきた。  キャプチャーされた場面には日本の自衛隊員らの後ろの壁面の額縁に日本の国旗である日章旗とともに、 浮び上がる太陽の気勢を意味する戦犯旗(旭日旗)がかかっている。

 実際に日本でこの映画を観覧したあるネチズンは「映画の内容のうち、軍艦が日本のイージス艦であり、 この映画が日本の海上自衛隊の協力を受けて製作されたという事実を映画を見た後に知った」と伝えた。
 引き続き「あえてなくてもよい場面と場所に戦犯旗が登場して、映画を見ている間、終始気になった」としながら 「エンディングクレジットに映画の場面と実際の映像を映すのだが、実際の日本イージス艦に戦犯旗が堂々と…」 と不快感を表わした。

 しかしコナンファンたちは戦犯旗の登場が漫画原作者である青山剛昌の意図とは関係がないと伝え、原作者と 劇場版の製作会社は別個であるという立場だ。
 あるファンは「単行本にないエピソードで、単行本には戦犯旗を見つけることはできない」として「作者は(政治的に) 中立であることをすでに明らかにしたことがある」と説明した。

 また他のファンは「劇場版も作者が日章旗で描いたのに製作会社で戦犯旗に勝手に修正したという話が多か った」としながら「作者が再び日章旗に修正したが製作会社で予告篇とポスターだけ修正した」と明らかにした。


▲補足、感想など

 なにか、異様な記事である。
 他国の旗がどうこうなんて、言うべきことか。
 それなら、筆者は韓国のなんとかいう旗などずっと気に入らないが--

 また、戦犯旗ってなんだ。
 戦犯って。

 先の大戦が終了するまで、韓国人は「日本人」ではなかったか。
 仮に、日本人に罪があるなら、韓国人も同罪であろう。
 1945年まで、韓国人だけは、日本人とは別のところに暮らしていたのか?

 こんな、すぐに論理破綻するような理屈をいうものではない。

 まぁ、冒頭へ戻って。
 旗がどうたらはしらないが、気に入らないなら映画をみなきゃいいこと。

 他国の映画の内容に口を挟むな。




2013年10月17日木曜日

再生可能エネルギーで失敗するヨーロッパ。

▲どうも、頭デッカチだぁ、と思う。
 頭がいいのが自慢なのだろうが、現場をしらない—というか。
 ドロのついた手をしていないのだろうな。このヨーロッパのエリートって。
 特にドイツのメルケルさんなんか。

 どうして、こんな風に考えるのだろうか。
 ヨーロッパの階級社会って、エリートというか上のクラスの人の人数が少ないのだろうなぁ。
 いくら頭がよくても、人口比として少なければ、独立国として「知恵の絶対量」が足らないということなのだろう。

 対極にいるのが、日本という国だ。
 どんな国、どんな民族でも数%のとびぬけたエリートというものがいる。
 まぁ、大抵の国では、そのエリート以外はただの人だ。

 そこが日本という国は違う。
 エリート以外の「その他大勢」と言われる層のレベルが他の国・民族より際立って高いのだ。

 だから、頭デッカチの指導者がいても、その足らざるを「その他おおぜい」という人が補うのだ。

 そんなことで。
 日本は、ヨーロッパのエネルギー政策の轍を踏むことはあるまい。


 以下、新聞から抜粋。


 再生可能エネルギーの夢の前に、欧州ではどんな様子になっているのか。
 二酸化炭素の排出を伴うエネルギー源を風力や太陽光などと置き換えると いう夢の実現に、欧州大陸は米国より近づいている。
 そして、その夢は悪夢の様相を呈している。

 欧州の電力会社10社の最高経営責任者は、ついに白旗を掲げ、風力・太陽光発電 への助成金の中止を訴えた。
 彼らは助成金がほしいのだ。彼らは本質的に、収入がほしいのだ。
 すべての根っこにあるのは、欧州大陸のいわゆる再生可能エネルギー固定価格買い取り制度(FIT)だ。

 これは 1990年にドイツで始まった。
 固定価格買い取り制度は太陽光や風力による発電設備で作られた電気を一定価格で 買い取ることを電力会社に義務づける制度で、買い取り価格は市場価格を上回る。
 また優先され風力や太陽光で発電された電気は真っ先に買い取らなければならない。

 電力会社にこうした電気を買い取らせることによって、ドイツは総容量に 対する再生可能エネルギーの比率を25%まで引き上げた。
 ドイツはこの割合を2020年までに35%、50年までには 80%にしたい意向だ。

 ドイツほど野心的な国は欧州には他にない。
 しかし、欧州連合(EU)が全体で目標と する再生可能エネルギーの割合も、20年までに20%にすることだ。

 これらの風力・太陽光発電への助成金はこの4年間で欧州のエネルギーコストを消費者に対しては17%、電力産業 には21%それぞれ上昇させた。

 しかし、これより脅威なのは、電力企業にもたらしている大混乱だ。
 特に火力発電や原子力発電といった発電所は「ベースロード(基底負荷)」 と呼ばれる電力を供給してきた。
 冷蔵庫や信号機など、現代の経済活動に年中必要な電力のことだ。
 これは消費者がまず使う電気だった。

 欧州が再生可能エネルギーに熱狂するまでは。
 問題は、ある特定の瞬間に再生可能エネルギーがどれだけ生産可能なのか誰にもわからないことだ。

 太陽電池パネル を屋根に搭載したガソリン車を持っていると想像してほしい。
 供給可能なときにはいつでもエンジン出力に追加できるようになっている。
 つまり、高速道路を時速60マイルで走行している際に太陽が顔を出すと、アクセルから足を離さない 限り、突然、車が80マイルで走りだすことになる。

 では、こういったエネルギーで経済全体の運営を試みていると 想像してほしい。
 電力会社は、かつては予測可能だった電力需要が、天候と全く同様に予測不可能な需要に取って代わられたことを 経験してきた。
 天候が悪ければ、照明を維持するために発電量を増やす必要がある。
 しかし、再生可能エネルギーの優先順位が高いため、先を越される可能性に留意しなければならない。

 電力会社は、高い固定費と資本ニーズを 抱えている。
 だが、再生可能エネルギーの特権的な立場のせいで、電力需要は風とともに増えたり減ったりするのだ。
 これらすべてが成長の足かせとなっており、この5年間で欧州の電力会社の時価総額を 55%縮小させた。

 方針の変更を先週発表した電力会社のトップは、国が後見人になっているため、事業を続けることに 満足しているかもしれない。
 風力や太陽光発電が不足したときに、その不足を補うために待機するという立場だ。
 しかし、これでは消費者と納税者は割に合わない。

 FITと再生可能エネルギーの強制的な買い取りを止めれば、 エネルギー価格は下がり、欧州の産業が立ち直る一助にさえなるかもしれない。
 それが国家財政に1セントの負担も かけない成長志向の改革になろう.


▲補足、感想など

 核心はなんだろう。
 それは、人類は原発を停止した場合、その後の安定的なエネルギー源をまだ確立していない—ということだ。

 ヨーロッパというところは、安定的なエネルギー源を見つけぬままに、無闇に飛び出した頭デッカチな国だということだ。
 日本の卒原発だとか、脱原発だとか声高にいう人達に、このヨーロッパの苦境をぜひ見てもらいたいものだ。

 技術に一足飛びということはない。毎日毎日、少しづつ前進するものだ。
 風力とか太陽光とかでは、安定的にエネルギーを発生させることはできないし、また、電力は蓄積することができない。

 地熱発電、潮力発電とか様々なアイデアはある。
 しかし、上でふれた原発に代替するエネルギー源となるかどうか、今のところ分からない。
 もう、20-30年くらい試行錯誤するしかないものだ。

 大切なことを繰り返したい。
 原発に代替するだけのエネルギー源を見つけ、実用化するまでにはもう20-30年が必要だ。
 それまでは、原発に依存する以外にない---そのことを理解していよう。

 その一番大事なことを押さえていないと、ヨーロッパの轍を踏むことになる。
 頭がいいのが自慢のドイツ、メルケルさんの真似はすまいぞ。




原発の再稼働に向けての安全審査が遅い。

▲どういえばいいのだろうか。
 エネルギーをどこから確保するか—という問題は、国家の命運を左右するほどのものだ。

 それは、先の大戦の初期、日本が南進作戦を決断したことからも理解できるであろう。
 あの時点では、石油をどう確保するか—ということが日本という国の命運を左右していたのだ。

 今、原発というものが国内では稼働しているところがない。
 その再稼働の審査を、委員会がしているのだが、作業が遅遅として進まない。

 当たり前であろう。
 先の大戦時の南進作戦を採用するか否かと同じことを、一委員会が判断・決定しているということなのだ。
 びびる—というか、慎重の上にも慎重を--と考えるのが普通だろう。

 つまり、一委員会に「南進作戦を採用するかいなか」を決断させるには、荷が勝っているのだ。
 荷が重すぎるのだ。

 そのことを安倍さんは分かってあげよ。
 この委員会を安倍さん直属のものとして、安倍さんが「最終判断」を下す—という形をとれ。
 委員会の会員の「負っている荷の重さ」を軽くしてあげよ。

 なんどでも言いたい。
 エネルギーをどこから確保するか—ということは、一国家の命運を左右するほどの「判断であり決断なのだ」。
 これは国家のリーダーこそが「決断すべき事項」なのだ。

 安倍さんが、すべての責任を負って、再稼働の決断をする—という形にせよ。
 そうでなければ、安全審査なるものがずるずると長引くばかりだ。

 以下、新聞から抜粋。

 原子力規制委員会による原子力発電所の安全審査会合が16日開かれ、4電力6原発の 担当者が、審査に必要な資料を提出し終える時期を「11月下旬~12月中旬」と報告した。

 審査開始から約3か月たったが、29の主要審査項目のうち、最も多く資料を提出している北海道電力泊原発3号機と九州電力玄海原発3、4号機(佐賀県)でも、 まだ11項目にとどまる。

 提出後も審査で不備な点があれば、追加説明などが求められるため、 審査が年内に終わるのは極めて難しい情勢だ。


▲補足、感想など

 先の大戦の始め、南進作戦を決断したのは、日本軍および日本政府のトップにいた人達であろう。
 それと同じことを、記事にある「原子力規制委員会」なるものにさせるのか。

 委員の人達が背負っている「荷の重さ」を分かってあげよ。
 どう考えても、荷が勝ちすぎる。

 だから。
 ここは、安倍さんが出て行く場所なのだ。

 安倍さんは、もう、どこにも逃げていく場所などない。誰にも責任は転嫁できないのだ。
 全責任を負うて、原発の再稼働を決断するというのは、安倍さん以外にはいない。




2013年10月16日水曜日

斎藤投手が暗い顔をしている。

▲う~ん。
 失礼ながら、プロの野球人としては難しいだろうなぁ。

 でも。
 まだ、若いしなんでもできるではないか。

 ただ。
 地道に生きることができるかなぁ。

 もっといえば、「地道さに耐えることができるかな」
 なにかそのあたりがネックになるような気がする。

 なにかを目指しても、ものにならず、挫折する—ということはよくあることだ。
 そして、そこから方向を転換するということもよくあることだ。

 まったく別の道を選ぶということもできる。
 野球となんらかのつながりのある道を選ぶこともできる。

 それは自分の選択だ。

 しかし、それは、いままでとは違って、光を浴びることもない、地道に毎日コツコツすることなのだ。
 それに耐えることができなければ、転身することは難しい。

 当然、収入は減るだろう。

 でも。

 暗い顔をするな。明るく生きろ。
 顔をあげて、毎日の地道さに耐えるのだ—と決心せよ。
 そこから、新しい道が開けるのだ。

 以下、新聞から抜粋。

 右肩痛で2軍調整中の日本ハム・斎藤が13日、故障後初めてフリー打撃に登板し、打者2人に計44球。
 安打性の打球は4本だった。

 打者相手に投げるのは昨年11月の日本シリーズ以来7カ月ぶりで「階段を一つ上った感じ。まだ野球をやめたくないという気持ちでやってきた」。

 栗山監督は札幌ドームで「来週投げさせてと(2軍首脳陣に)言った」と明かし、順調なら22日の2軍若手選手による混成チームのフューチャーズ戦(鎌ケ谷)で実戦復帰する。


▲補足、感想など

 人生は長い。
 一回や二回の挫折なんて、気にすることはない。

 冒頭でふれたように、「地道さに耐える決心をせよ」
 そのところさえ、しっかり押さえて間違えさえしなければ、挫折なんてなんていうことはないさ。
 
 冒頭でふれたように。
 まず、顔をあげよ。ムリをしても明るい顔をせよ。背筋をのばせ。
 新しい人生がオレを待っている—と方向を転換せよ。





パソコン各社、相次ぎ新製品。

▲ウインドウスxpの期限が来年4月ぐらいだったかな。
 そこで、ウインドウズ7とか8に切り替えようという動きが盛んだ。

 筆者も自宅のpcをウインドウズ7に切り替えようと思って、インターネットで適当なpcを探している。

 性能に過大な要求をしている訳ではない。
 メモリーが4ギガくらいで。Cpu がそこそこ早くて—ぐらいしか考えていない。

 ちょっと、候補として考えたのが、エプソン、ドスパラ、ツクモあたりか。あぁ、デルもあったなぁ。
 因みに、中国のレノボなどというpcがあるが、これは中国へ情報がダダ漏れの機械だぞ。ぜひ、注意して頂きたい。あぁ、同じく中国のキングソフト、バイズーなどにも近寄らないことだ。<ウラでなにをされているか分からない。危ないものには近づくまい。クワバラ、クワバラ>

 なにか、新聞では、タブレットがどうこう—とか書いてあるが、そんなものが選択肢にある訳がない。
 なにか方向違いをしているとしか思えない。

 以下、新聞から抜粋。

 パソコンメーカー各社が、年末商戦向けのパソコン新製品を相次ぎ発表した。
 持ち運びやすさとパソコンの高機能を兼ね備えることで、人気のタブレット端末に対抗したのが特徴という。
 消費税率の引き上げやマイクロソフト社の基本ソフト「ウィンドウズXP」の サポート終了が来年4月に控えており、各社とも買い替え需要を期待する。

 NECパーソナルコンピュータが15日発表したノートパソコン 「LaVie(ラヴィ)Z」は、液晶画面13・3型で世界最軽量の795グラムと、 米アップルのタブレット「iPad(アイパッド)」の600グラム台に近づけた。
 富士通の新モデルは、画面とキーボードを切り離して使えるうえ、最大30分間の 防水機能を持つ。

 ソニーの新製品は、画面を回転して折りたたむとタブレット端末のように操作できる。

▲補足、感想など

 記事にあるメーカーの例示はおかしいだろう。
 そんなものを考える訳がない。

 机上のディスプレイをみて、操作するものだぞ。
 軽いも関係はないし、防水も関係はない。

 後、5年くらい、サクサクと動いてくれればいい。
 日本のnecなどのpcメーカーは、もっとなにかに特化すべきだな。

 デスクトップのpcの人気などをインターネットで検索してみよ。
 もう、完全に日本の記事にあるメーカーは方向を違えている。

 この年末に向かって、インターネット上では、pcの宣伝が多くなりそうだ。




いつの日も真実に向き合う記事がある--と朝日新聞。

▲表題は朝日新聞の新聞週間に向けての標語らしい。
 「真実に向き合う」ねぇ。

 ふ~ん。
 じゃ。
 自分達、朝鮮系の韓国・北朝鮮呼応集団については書かないのか。
 韓国からキックバックをもらっていることは書かないのか。
 中国から、中国にとって不都合なことは書かないということで、お金をもらっていることは書かないのか。

 だから。
 日本人は、朝日新聞の記事など信じない。
 日本人は、朝日新聞の朝鮮系の記者・論説委員の言うことなど信じない。

 もう、インターネット普及以前の日本には絶対に戻らない。
 そのことを直視せよ。

 以下、新聞から抜粋。

 「いつの日も 真実に 向き合う記事がある」を今年の標語にして新聞週間が始まった。
 高らかな理念も、しかし、新聞配達という仕事なしにはありえない。
 日本の新聞の95%は戸別に配達され、それを全国の37万人が担っている。
 今日のような朝は、とりわけ頭の下がる思いがする

▼同時に、どうか無理せずにと祈りたくなる。
 大型の台風26号は、ちょうど新聞が届く未明から朝に本州に近づく。
 「苦労に報いるコラムを書いているか」と自問したくなるのはこんなときだ

▼日本新聞協会が毎年募集する「新聞配達のエッセー」を読むと、ねぎらいを寄せてくださる読者は多い。
 青森県の長山和寛君(15)は、3・11の翌未明に、凍てつく道を歩いて届けてくれた若いお兄さんが忘れられないと書いていた

▼配達員も思いをつづる。
 長野県の豪雪の村で、早く起きて自宅前に道を作ってくれるおじいさんがいる。
 道路から離れた家々では、道端に冬用の新聞受けを出してくれる。
 人々の温かさで続けられている、と村山由美子さん(62)は感謝を記す

▼社会をゆさぶる調査報道も、キャンペーンも、読者に届いてこそである。
 バイクの音、新聞がポストに落ちる音で一日が始まる人は多い。
 届けるという行為の素朴さが、夜明けの匂いを連れてくる

▼今朝は多くの地域で嵐をついての配達となるだろう。
 その安全を願うのに自社も他紙もない。
 お手もとに届いた新聞は、皆さんの前で少しほっとした風情かも知れない。人の心を映すように。


▲補足、感想など

 新聞という形式がいつまでもつものか、筆者には分からない。
 アメリカではたいぶ淘汰されたようだ。

 日本で朝日新聞なる存在がいつまでもつものかは見当もつかない。

 どうも、社内が、これだけ韓国、中国に汚染された新聞社が、日本人からこれからも長く支持を受けるとはとても思えない。

 <韓国の朴大統領は、朝日新聞を頼りにしているようだ。頑なに日本を攻撃し続けている。朝日新聞に是非、協力してもらいたい--と心底願っているのだ。慰安婦のなんとか、歴史認識のなんとかで、日本からお金を巻き上げたら、たっぷり、お礼はしますよ--と>

 ただ、1つ筆者には確実に言えることがある。
 それは。
 もう、将来に向けて、二度と「赤報隊事件」は発生しない—ということだ。
 
 日本人は、朝日新聞というものを「信用していない」。
 そんな信用もされていない新聞社を一体誰が襲うのさ。