▲アメリカでの話かな。
どうしょうもない両親の下で育っている子供なのだが、アニメを見て「希望」をいだき始めたという話だ。
すべての子供に通用するものではあるまいが、少数でも未来に希望をもたせるものであるなら、十分、価値のあるものではあるまいか。日本のアニメは。
まず、記事とその感想を抜粋して、転記したい。
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アニメオタク外人さん
俺の仕事は5~17歳の子どもたちと関係している。しかし、プライバシー保護のために具体的な名前は明かせない。ここではただ「プログラム」に参加しているとだけ言っておく。
いわゆる「Big
3」アニメから入った人々は年をとっていて、毎期新しいアニメが放送されるたびに新規ファンと古参の間に軋轢が生じている。ファンサービスの効果などは常に議論されていて、多くの場合はエリート(※硬派)主義的な主張がなされ、しばしばその意見は他人に押し付けられる。
まずはっきりさせたいのは、なぜみんなRedditのアニメ板にいるか、ということだ。我々はアニメが好きだシンプルな共通点がこの場所を作り出し、情熱をもって日本のアニメを語る場として成立した。ファンアート、議論、特定の作品、俺の嫁論争、アニメ業界全体、多種多様なスレッドが受け入れられる場。アニメは我々を結びつけた。そして全員に影響を与えている。
ある種のアニメは行動するきっかけになる。またあるときは社会不安を抱えている人が共通の話題で繋がれるツールにもなる。俺がアニメコミュニティを愛する理由がそれだ。
俺の職場にいる特殊な子どもたちはアニメを見、感想を共有してコミュニケーションをとっている。
俺は貧困層が多くいる地域で子どもたちの面倒を見るボランティアをしている。温かい食事、放課後に悪さをしないよう健全な環境を提供すること、感情的なケア、一時的に住むことのできるシェルター、あるいは親の代わり……プログラムに参加してくるのは、いずれも惨憺たる環境で生活していた子どもたちだ。
街はギャングのたまり場になっている。子どもたちの多くは暴力を経験している。ギャングメンバーだったという子もいる。彼らの環境に絶句させられることもある。簡単じゃない仕事だ。
ボランティアは週ごとに計画が組まれているので、たいていはスポーツを主としたケアを行っている。
俺が参加した当初、何人かの子ども(年長者)が俺のバッグについているポケモン&まどか☆マギカの缶バッジを見て興奮していた。彼らは傍によってきて、お気に入りのアニメを尋ねてきたり、ナルトやサクラのスケッチを見せてくれたりした。彼らは純粋に楽しんでいた。
スケッチから推測するに、子どもたちのお気に入りは『NARUTO』『妖怪ウォッチ』『僕のヒーローアカデミア』などの作品だった。絵を見せてくれるとき、彼らは嬉しそうにキャラの説明をする。顔を輝かせながら一生懸命教えてくれる。上で挙げたアニメはどれも叩かれているものだ。「過大評価されている」と自分自身もそういったコメントを書いたことがある。
だけど悲惨な環境で育った子どもたちにはまったく別のものが見えていた。彼らは努力するキャラクター、ヒーローに憧れていた。
ある日、プログラムの責任者と夕食をとる機会があった。子どもたちにクリエイティブな場を与えたいと言い、アニメクラブを作るよう頼まれた。
俺は毎週火曜に子どもたちとアニメを見て、倫理的なテーマを話し合う場を設けることにした。予定では批評的な思考を身につけ、その中でいくつかの重要な教訓を教えていくつもりだった。『僕のヒーローアカデミア』を見ながら、目標を設定し、達成を目的にするのではなく積極的に取り組むこと自体が大切なのだと教えようとした。結果は真逆だった。彼らは俺に聞いてきた。「大学でやってきたことが目標だったのか。それに向かって努力しているのか」と。
自分の人生は何だったのか。俺が大学に行ったのは、それが当たり前だと思ったから。プログラムに参加して、子どもたちと出会うまでは目標なんて考えたこともなかった。ボランティアに参加したからこそ、非営利団体で働くための学位をとろうと思うようになった。子どもたちとアニメを見る機会がなかったら思いもしなかっただろう。
子どもたちと語り合ったものにはこんなものもある。『オーバン・スターレーサーズ』を見て、「親に必要とされない子供はどうするべきか」を話し合った。『妖怪ウォッチ』を見て、喪失の5段階について、一人で苦しむのではなく他人と共有する方法について話し合った。このふたつは、彼らのような境遇の人が若いうちに乗り越えなければならない課題だ。
彼らが個々にどういった経験をしてきたかにかかわらず、感情移入できるモデルがアニメの中にはある。たとえば悟空とナルトは彼らのお気に入りだ。逆境に強いという一点が共感を与えた。
同様にデクとエレンもそうだ(9歳に進撃の巨人を見せるのは若干のためらいがあるが)。これらのキャラは彼らの心と話す。これらのアニメは彼らの心と話す。彼らの楽しそうな顔を見るのが俺の喜びだ。
実際は難しいこともある。子どもたちと『妖怪ウォッチ』を見るのは簡単じゃない。つまらんと思うこともある。しかしこのプログラムとアニメクラブは子どもたちのものだ。彼らのケアは難しい。何もできなかったと思う日も多々ある。それでも彼らの楽しそうな顔には毎度勇気づけられる。彼らは俺よりも強く、勇敢だ。
ポケモンが大好きだという男の子が毎週来る。一度なんでそんなに好きなのかと尋ねたことがある。
すると彼は言った。魔法で戦うクールな生き物、クールなキャラ、冒険が好きなのだと。そしてもうひとつ。サトシは傷ついたポケモンを助ける良い人だから自分もそうなりたい、と彼は言った。彼の夢は獣医師だ。いつか大学に行き獣医師の免許をとるつもりだと話してくれた。
これには驚かされた。彼の両親はどちらも学校に通ったことがない。4ヶ月前まで育児放棄の状態にあった。そんな状況でも前に進む目標をもっている。ポケモンがどれだけ影響したかはわからない。しかし確実に影響はあった。
『NARUTO』を見ている子供がweebだと?だから何だってんだ。見たいと思って見てるものを制限する必要がどこにある?『ソードアート・オンライン』が好きだと言っている子がいたらそれでいいじゃないか。アニメはいろいろな形で影響を与えるものだ。俺たちが「普通」だと思うアニメから学び、感じ取る子どもたちを見るのは新鮮な驚きだ。
2
アニメオタク外人さん
貴重な体験を共有してくれてありがとう!一度ファンコミュニティに入ったら、いやゆる「スターターアニメ」への尊敬、純粋な驚きを忘れてしまうのは事実。子供の視点は、俺たちが失ってしまった視点や、新しい視点に気づくきっかけになるね。もう一度、ありがとう!
3
アニメオタク外人さん
成長し、メディアを消費し、議論に参加するということを「エリート主義」と呼ぶのではなく、嗜好が開発され批評できるようになったと呼ぶこともできると思う。感想を自分の言葉で表現できるようになったと言うほうが、エリート主義よりは現実的な響きだ。
4
アニメオタク外人さん
>>3
好みが変わるのは正常な成長だ。エリート主義というのは好みが変わったときに昔の趣味を忘れること。とくに王道展開は1000回繰り返し見たからといって、最初に見た1回がつまらなかったということにはならない。自己を俯瞰して見ることが大切。
5
アニメオタク外人さん
人気アニメが王道展開だからといって駄作扱いするエリート主義者への反応がこの画像だわ。大部分の批評家もそうだが、彼らはもはやアニメを楽しめない。楽しめないということを分析してる。あいつらは面白い作品が芸術的な傑作である必要はないということを忘れてる。
6
アニメオタク外人さん
>>5
>楽しめないということを分析してる
ワーズワース曰く「我々は分解し台無しにする」
>あいつらは面白い作品が芸術的な傑作である必要はないということを忘れてる
良いor悪いという一次元的な評価基準が大きな損につながってると思う。信じられないほど出来の悪い脚本(あるいは単純なクリシェ)だが、満足できる物語がある(必要な展開だったから)。完璧に描写されているが、見ていられない物語がある(見ていられない展開を描くことが目的だったから)
そこに音楽や撮影技法、展開速度、演出を加えるとさらに複雑になる。次に個人的な趣味趣向が来る。『二都物語』と『カラマーゾフの兄弟』は素晴らしいプロットとキャラクター、テーマ、叙述をもつ小説だ。しかし俺は学校で読まされたという理由で『二都物語』が嫌いだ。『カラマーゾフの兄弟』は何度も読んだ(人々を怒らせないようにわざとアニメのタイトルを例に出していない)
1~10の評価は何も表していない。同時にこの評価は人に見られる。面白い作品は芸術的である必要はないが、作品の批評はしばしばファンの怒りを買う。欠点に気づいても好きだということができる。素晴らしいと感じても嫌うこともできる。個人的な不満があるとすれば、一部の人が過度に考えすぎてること。たとえ欠陥があったとしても、良い部分を無視してはいけない。
ここで言っていることはスレ主の投稿とは無関係だが、ちょっと突っ込んだことを言いたかった
ここにいるほとんどの人が最初に見た少年アニメを覚えていると思う。『ドラゴンボールZ』『NARUTO』『BLEACH(俺はこれ)』『ワンピース』『進撃の巨人』『ソードアート・オンライン』『僕のヒーローアカデミア』どれを見ていようとも、いつしか繰り返される展開に飽きが来る。友情パワーで復活するヒーロー、あるいは根性で、あるいは真の力の開放、あるいは魔法のような力で逆転する。
同じ展開だろうと、憧れだったキャラがバカになろうと、それが初見だという人にとっては新鮮な展開だ。
11
アニメオタク外人さん
これは本当に重要なことだと思う。政治的な理由で特定の作品を叩いてる人がいる。彼らは不快だと感じた展開(ファンサービスや進撃の巨人の漠然とした政治的描写など)を見るとすぐに「これは危険だ」という意見を拡散する。しかしそれらの意見は非常に単純な推論にすぎない。普通人はそういうやり方で感想を共有しない。みんなそれぞれの解釈があるから。明らかなプロパガンダ以外の作品は、解釈がわかれるのは当然だと思う。「これはこういう意味に違いない」と断定することはできない。だから俺はこういうタイプの批評に疲れちまった。「ゲームをやると子供が暴力的になる」と言われていた頃から進歩がない。人々の感じ方が多種多様だということを完全に見落としてる。
12
アニメオタク外人さん
>>11
メディアの影響は確実にある。『Call
of
Duty』と戦争映画は確実に軍隊への志願者を増やした。人間は常にフィクションからインスピレーション得てる。どの時代のどの作品が人々にどういう影響を与えたか論文を書けば学位がとれる。メディアは重要な政治的、社会的メッセージを伝えられる。なぜ風刺漫画が歴史書に載ってると思う?我々が『コモンズの悲劇』『アラバマ物語』『穏健なる提案』を読まされる理由は?国語の勉強のためだよな、うん、しかし読者に影響を与えるためでもある。
▲補足、感想など
う~ん。
アニメが、新しいゴールドラッシュを引き起こすという文章をみようか。
--ここから--
アニメ産業が新たなゴールドラッシュを引き起こす!
アニメに興味がない人や、ブームだと気づいていない人はたくさんいますが、日本のアニメは世界中で人気を引き起こしています。
海外の日本アニメイベントはいつも盛況しており、Netflixなどの大手配信会社も積極的にこれにかかわってこようとしています。今や、アニメは日本にとってとても大切で欠かせない、また世界に誇れる文化の一つとなっています。
日本のアニメ人気は今に始まったものではなく、ドラゴンボールやAKIRA、ドラえもんなど、昔から世界中で愛されているものもたくさんありますね。特にジャンプ系のアニメや漫画は今も昔も世界中で大人気を誇っています。
以下、海外の反応
・日本のアニメ人気なんて今に始まったことでもなく、10年前くらいからネット上では人気だよ。
・日本のアニメが好きで、日本語勉強して日本に渡るよ!日本のアニメで僕の人生は大きくかわったよ。
・やっぱ、ドラマや映画と比べて、アニメって想像をそのまま表せるのがいいよね。そして日本のアニメや漫画はみんなが想像するもの、見たいものを的確に作品にして表現してくれている。
・日本のアニメは面白いね。
・僕もアニメは好きだよ。見るだけでイベントとかはあんま参加しないけど。
--ここまで--
ちょいと、アニメについての種々の記事をみてみよう。
--ここから--
2016/05/01(日)
アニメが進化するんじゃない
総合文化がアニメとして表に出るだけ。だから文化そのものが育たなきゃ、面白いアニメは生まれない。
大革命で文化を断絶し、未だにそれを否定していない中国で
面白いアニメが生まれる訳がない
2009/10/11(日)
ハリウッドに対抗できるサブカルは日本アニメだけ!
儲からないけど、日本という国を世界に印象付けたという点での功績は巨大。
そして日本アニメを見ていると知らず知らずのうちに日本精神に染まっていくのだ。
洗脳し放題なのだw
2010/07/04(日)
まあ日本のアニメで育った外国人が日本に敵意を持つことはほとんどないわな。しかもその子供たちが大きくなってジャパンエキスポ主催したりしてるわけで。
日本を世界の敵国にして孤立させたい連中には面白くない傾向ではあるかもね。
やっぱりアニメは子供の頃に見始めるっていうのが大きいんだよね。
この日本の地位を奪いたいと特アが思うのも当然だね。
今の地位を日本は国をあげて守っていかないといけないと思う。
★今アニメ産業に力を入れている国は多いけど、わかっちゃいないんだな。
子供向けにいくら作っても、望んでいるような効果は得られないんだよ。
「おっきなお友達」向けの作品を作らないとさ。
ま、作れるもんなら作ってみろとは思うけどw
2010/09/15(水)
アニメを制作して外国に輸出して稼げるのは主に日本、その次にアメリカというとこ。
その他の国は外国に出そうとしてもそもそも売れる作品が作れない訳で。
★
(宮田)
───それは、もったいないですね。
(櫻井)
外交という視点から入って、色々な切り口で日本の文化を海外に紹介していくということが、当初の目的だったのですが、最近やっていることは、どちらかというと日本人に対して、日本がこんなに世界に愛されているんだということを伝えることも含まれてきています。
現在、経済情勢の悪化で閉塞感が漂い、右を見ても左を見てもいい話を聞かない、といった状況にあります。
でも、内向きになっていたのでは、なかなか物事を打開していくことはできないと思うんです。
その一方で、世界では、本当に日本が好きだという人が山ほど存在していて、そこに、私はズレとギャップを感じていて、不況脱出の一つの糸口になるものだと感じています。
(宮田)
───文化外交の目的と、これまでの日本の文化外交が主にどんな文化を柱にしてきたかについて教えてください。
(櫻井)
文化外交というのは、自国を好きになってもらうための一つの方法です。
外交の根本は、国民の安全ということがありますが、そのために大事なことは平たく言えば、たくさんある国々と仲良くするということです。
それには、自分の国をよく知ってもらうという働きかけが必要になります。
これまでの日本の文化外交で、主に使われてきたものは伝統芸能です。
私自身、伝統芸能は好きなのですが、それだけだと日本の一部でしかないんです。
今、海外の若者が日本について異口同音にいうことは、「古い伝統と新しいポップの両方を持っている」ということなんです。
従来、霞ヶ関でいわれてきたことは、アニメやマンガを好きな海外の人は、コンテンツそのものが好きなだけで、日本のことが好きなわけではない、ということでした。
私は、この2年間の海外での経験を通じて、これが間違いだということがよくわかりました。
だから、伝統芸能とポップカルチャーの普及活動というのは、二律背反するものではないんです。
日本を知ってもらう入口としてポップカルチャーは、とても大事です。
なぜかというと、そこで日本に興味を持ってもらうことによって、日本文化全体への興味、関心に繋がっていくからです。
たとえば、「NARUTO」に将棋を指すキャラクターが登場することで、将棋を始めたという海外の若者には、たくさん出会いました。
(宮田)
───櫻井さんのアニメ外交活動についてお聞きします。日本のアニメやマンガなどのポップカルチャーの海外における広がり、イベントの様子、エピソードなどについて具体的な国を挙げて説明していただけますか。
(櫻井)
まず、日本のアニメの普及ということについていえば、ある特定の国で起きている現象ではなく、全世界的な広がりだということです。
私がこの道を歩んできて、いくつかポイントになった国々がありますが、最初にアニメ文化外交で訪問した国はチェコとイタリアでした。
イタリアでは大学生の前で講演したのですが、学生に対して「日本のアニメは好きですか?」と質問したんですね。
そうしたら、
「何をそんな質問してるんですか? 僕たちは日本のアニメで育っているんですよ。そんな社交辞令はいりません」といきなり突っ込まれました。
その体験は大きかったです。
海外に行くと海外のメディアから取材を受けることも多いのですが、最近多い質問に、「日本のアニメやマンガは、我々の国の若者の人生観や恋愛観など、色々な考え方に多大な影響を与えているが、そのことを日本人は知っているのか?」という内容があります。
要は日本のポップカルチャーが広がっていることは、すでに前提としてあるわけです。
メディアの方々は、勘のいい人が多いので、海外での日本文化の広がりに関しては海外の若者を中心とした自発的情報収集の行動から起こっている現象であり、日本側から働きかけて生じたものではない、それを当の日本人は知らないということに、薄々気づいているんです。
だから、そのことについて、多くの質問を受けます。
その次に大きなポイントはサウジアラビアでした。
サウジアラビアというと日本では原油産出国というくらいのイメージが浮かぶ程度だと思います。
実際、私もそのような認識で訪問しました。
サウジアラビアは宗教上、男女の分離に厳しい国で、私の講演は、女性の方々は直にではなくスクリーンで見てもらう形だったんです。
それで、たとえば、「こんなアニメが世界で流行っているんですよ。
──『ONE
PIECE(ワンピース)』」と言った瞬間に、隣の女性の部屋から悲鳴が聞こえるんです。
「NARUTO」と言ったときは、壁が破れるかと思ったくらいの声が響きました。
「フルメタル アルケミスト(鋼の錬金術師)」と言ったら、「エドワード!」とか「アルフォンス!」といった叫び声が聞こえてくるんですよ。
講演前まで、そこまで浸透しているというような情報は全く聞いてなく、外務省の方も把握していませんでした。
同様のことはミャンマーでも感じましたし、まさに世界的な広がりだということを目の当たりにした経験でした。
(宮田)
───日本のアニメは、米国と異なり、最初からグローバルな展開を意図したものではない作品が主体ですが、現在のような世界的人気となっている要因はどこにあるのでしょうか。
(櫻井)
基本的に20世紀のエンターテインメントの方程式は、米国を中心に作られたのですが、アニメーションの視聴者層は子供というのが常識でした。
今でも日本人の多くの人は、そう思っていると思います。
そのようなアニメ視聴者層の常識の中で、唯一、その常識を無視した作品を作っていたのが日本だったんです。
ディズニーのアニメ作品というのは、大人も楽しめる要素はありますが、基本的には子供が見るものということが大前提になっています。
ところが、日本では、アニメ作品の製作については、クリエイターが作りたいものを作るというのが原動力になっています。
したがって、もちろん、子供が見て楽しめるものも作られますが、子供が見ても全く理解できないアニメもあります。
日本では、サラリーマンが会社の帰りに居酒屋でグチをいうような物語をアニメにすることができます。
会社における権謀術数をアニメにしようなどという発想は、海外にはありませんでした。
そのような日本のマンガ、アニメの大人も楽しめるストーリーの多様性が世界的人気に繋がった要因の一つです。
<対談の全体概要>
◎
外務省のポップカルチャー外交の一員を任されるようになった経緯
◎
文化外交の目的。これまでの日本の文化外交
◎
アニメ外交活動でのエピソード。現地の人とのふれあい、反応
◎
日本のアニメ、マンガがハリウッドのようなグローバル戦略をとっていないにもかかわらず、世界的な人気を獲得できた要因
◎
アニメ文化外交の意義
◎
日本人が知らない世界での日本ポップカルチャー人気。大規模な集客を実現している海外での日本イベント
◎
大規模な集客を実現している海外での日本イベント
◎
日本のポップカルチャーが世界に伝播した両刃の剣してのインターネット
◎
文化外交のフィールドをファッションの分野にも広げることになった経緯
◎
制服ファッション、ロリータ・ファッションを愛する海外の女性たち
◎
世界共通語となった「カワイイ」という言葉
◎
日本発ファッションの海外への広がり
◎
アニメとファッションが融合する(秋葉原と原宿の融合)海外のイベント
◎
海外のクリエイターが注目する原宿の魅力とは
◎「カワイイ」の発信力をビジネスにどう結びつけていくか
日本のアニメ・漫画が世界を魅了する理由とは?
★:2014/02/20(木)
東京の新宿駅の付近に、一風変わった独特の形状を持つビルが建っている。
外壁が網目のような白い鉄筋に覆われた楕円形の超高層ビルだ。
これは、日本のファッション業界やアニメ・漫画業界の優れた才能を数多く輩出してきた東京モード学園のコクーンタワーだ。
東京モード学園は日本に数多くある漫画・アニメ専門学校の中でもかなりの大手だ。
日本の「専門学校」とは、中国の「大学専科」(大専)にあたるが、
日本社会における専門学校は、中国の大専より遥かに高い名声を得ている。
新華網が伝えた。
「一休さん」、「花の子ルンルン」、「美少女戦士セーラームーン」、「ドラえもん」など、
中国でも良く知られる名作を数多く生み出してきた日本のアニメ・漫画界が誇る強大な影響力は、
その創造力から生まれている。
では、こういった創造力はどこから養われてきたのか?
これについて、日本に留学している中国人に質問してみると、皆、異口同音に、
「創造性を持つ才能の育成や知的財産権の保護を重視していることが、重要な要素となっている」と語った。
日本のアニメ・漫画産業の発展には、日本人のある一つの考え方が大きく影響している。
それは、「アニメ・漫画は子供だけのものではない」という考えだ。
1970年代、日本政府は漫画やアニメのメインターゲットは決して低年齢層の子供ではなく、
もっと幅広い青少年や中年層であることに気付いた。
そのときから、
日本のアニメ・漫画産業は児童向け文化の領域から大きく抜け出し、
映画や商業音楽と同じように独立した形で発展していった。
このため、原作者の思考は完全に開放されている。
1980-90年代、
日本のアニメ・漫画産業は中学や高校、職場、虚構の世界などを舞台にした優れた作品を大量に生み出してきた。
その中から、宮崎駿のような偉大なアニメ作家や秋葉原などの新しいオタク文化スポットなどが生まれた。
「成長」、「青春」、「熱血」などが代表する青春期の少年少女の心理描写を軸に、
日本アニメ・漫画の独特なスタイルが形成されのだ。
これと同時に、知的財産権の保護も非常に重視されてきたことが、
日本漫画の創造力を保ち続ける原動力となった。
日本で一番漫画を買う層は、中学生だ。
中国と異なり日本のインターネットでは無料で見れる漫画サイトがないため、
中学生は小遣いをやりくりして書店やコンビ二などで漫画を購入する。
このため、日本の出版社は著作権の契約を交わすとき、一冊の本をめくって、
ひとつひとつのイラストについて話をする。
なぜなら、
それぞれのページの写真やイラストの著作権の所有者が違うこともあるからだ。
このほか、日本の出版社と作者が印税の契約を結ぶ際には、
通常現在手がけている出版物の件に限られる。
仮に新しい作品を出版する際には、
再び作者と新しい契約を結ぶ。
例えば、漫画作品から派生した関連商品に対して、
出版社は売り上げの4-5%の印税を作者に払う。
また、アニメ化された一話分の印税は1000万円以上にも上る。
携帯電話から電子書籍の漫画がダウンロードされた場合も印税が支払われる。
もし、海賊版を制作すれば、作者は罰金を課せられるだけでなく、刑務所に入ることになる。
日本の売れっ子漫画作家の年収は往々にして10億円以上に上る。
日本最高の初版発行部数記録をつくった「ワンピース」の漫画家・尾田栄一郎氏の
2010年度の年収は250億円にも達している。
漫画の創作によって生み出される経済の収益は
保障されており、作者はおのずと精力を傾けてより良い作品作りに励んでいくことになる。
日本の漫画が世界を魅了するのは、日本伝統の文化的要素を掘り起こしてきたことに
由来するところが大きい。
実のところ、日本の「ドラえもん」にしても、米国の「ウォークラフト」にしても、世界を魅了した文化産業製品の中には、一つとして外国人の好みに合わせて創作されたものはない。
「民族的なものこそ、世界的なもの」という魯迅の言葉は、今もなお現実を映し出している。
--ここまで--
もう、遥かな昔だ。
某漫画の編集者が、言っていた。日本の漫画にはどうしても必要な3つのことがあると。
正義、努力、友情 --だったかな。
この3つを外すと、絶対にヒットしないのだとか。
そういう日本的な価値観が、もしかしたら、アメリカの子供達の「胸を打った」のかもしれないな。
冒頭の話に類することを。
「ブラジルでは日本のアニメや漫画に嵌った連中を中心に、麻薬をやらなくなってきてるそうです。
何かしらの希望を与えてるんでしょうかね?
薬物に逃げなくてもいい何かを。」