2011年7月25日月曜日

中国での高速鉄道の事故防止は無理だ。

▲中国人という民族は! と呆れてしまう。

この人達は、根っからの商人で、技術者にも科学者にもなれない民族ではある。

まず、自分自身のことを知れよ。

あれ、どこかで聞いた言葉だなぁ。

以下、新聞から抜粋。

中国浙江省で起きた高速鉄道の追突・脱線事故から一夜明けた24日早朝、中国当局は、追突したとみられる 車両の運転席部分を、現場に掘った穴に埋めた。

夜明け前。現場では、落下した1両の車体が、一部は地面に突き刺さり、高架に寄りかかるように立っていた。

わきの地面の上では、追突した後続列車とみられる先頭車両が、真っ二つになっていた。

切断部分は鉄板や部品がめくれ、後ろ半分は原形をとどめていなかった。
空が明るくなり始めた午前6時ごろ、7台のショベルカーがすぐ横の野菜畑に穴を掘り始めた。

深さ4~5メートル、幅も約20メートルと大きい。

午前7時半過ぎ、ショベルカーがアームを振り下ろし、大破した先頭車両を砕き始めた。

計器が詰まっている運転席も壊した。

そして残骸を、廃棄物のように穴の中に押しやってしまった。

▲補足、感想など

中国人という人達は、「科学」というものに、「技術」というものに畏敬の念がないのだな。

なにもかも他人から他国からパクってきたり、技術供与をうけたり、盗んだりしたもので、自分自身で汗水垂らして生み出したものではないからだろう。

 大阪のなんとかという老舗料亭の跡継ぎと同じだな。

名前のある老舗を親父の代でこしらえても、タナボタ式で受け継ぐと、その価値が分からない。

名前にかまけて、食べ残しを使い回すというようなことをするのだ。

話がどこかへいった。

事故の発生した先頭車両には、こういう事故を再発しないためのノウハウが一杯詰め込まれていたろう。

事故の原因を徹底的に追求することこそ、再発を防止するための最大の防御方法なのだ。

それを、他人の目を恐れて、破壊し埋めてしまうという…もうなんというバカバカしさ・愚かしさであろうか。

ふん、と思う。

中国人に高速鉄道などという最新の機械などもったいない。ろくに使いこなせもしないものを。

中国人は、背伸びをするな。いいかっこばかりをしたがるな。

自分の技術レベルを直視せよ。

ついでながら、中国へ旅行する日本人は、こういう高速鉄道に乗らないように注意することだ。

まぁ、こんな事故処理をみて、なお、中国へ旅行するなんぞ、よほどの怖いものしらずであるう。

あぁ、韓国へ女性一人で旅行へいって行方不明になった人がいたなぁ。

あんな感じなのだろうなぁ。











2011年7月24日日曜日

中国高速鉄道の事故。

▲いつかはこうなると筆者は思っていた。

 中国の高速鉄道で事故が発生し、多数の死傷者がでたようだ。

 死者、怪我人と数の一応の発表はあるものの、どこまで本当のことやら。

 死者の数はもうこれ以上増えまい。(事故を発表しただけでもマシか)

 以下、新聞から抜粋。

 浙江省温州市内で、高速鉄道車両2列車が追突事故を起こし、一部車両が橋から落下した事故で、中国政府・鉄道部の報道官は事故を謝罪し「現在の第一の 仕事は負傷者の救援や復旧作業」と述べた。

 同事故では追突されたD3115列車の2両が高架橋から落下、1両が宙づりになった。

 35人の死亡が確認された。

 負傷者は約210人という。

 追突したD301列車の運転士 (今年28歳)も死亡。

 衝突の瞬間まで運転台にとどまり、ブレーキをかけつづけていたと いう。

 報道官は、事故について「政府・鉄道部門は今回の事故発生について、多くの乗客の皆さん に、深くお詫びする。亡くなった方に沈痛な哀悼の意を表す。

 犠牲者と負傷者の家族にお見舞いを申し上げる」と述べた。

 現状については「第一の仕事は負傷者の救援や復旧作業、さらに、事故で足止めされた乗客への対応」と述べた。

 事故原因については、「落雷による故障」と述べたが、「詳細の判明は、 調査と分析の結果を待たねばならない」との考えを示した。

 被害者への賠償については、まだ具体的な作業に着手できない状態だが「規則に従い、乗客の皆さんにご満足いただけるよう、関連作業を進める」という。

▲補足、感想など

 原因は落雷か。まぁ、直接的にはそうだろう。

 でも、核心は、技術を軽んじるものは、技術に復讐されるということだ。

 中国人の感覚では、最新の機械をパクって、自国へもってきてしまえばもうこっちのものだ…と思うのだろう。

 ところが、実際には最新機械の周辺に様々なノウハウがあって、営業運転にはどちら(技術とはそういう総合的なものであろう)も必要なのだ。

 そういえば、1960年代、アフリカで黒人による独立が盛んに行われた時代に、自国内にある西欧諸国資本の工場をまず国営化したという感覚に似ている。

 新興国の首脳達は、工場と機械さえあれば、自分たちで儲けられると考えたのだろう。しかし、1社すらうまくいったことはない。工場は単なるスクラップ置き場となった。

 中国人は、こういう歴史に学ばないのか。

 昨年の秋頃かなぁ。

 中国の鉄道関係者から、日本の数社の大手メーカーに「なんとかしてくれと泣きついてきた」

が、日本側はほっておいた…と掲示板への書き込みがあったなぁ。

 要するに、中国人のあまりの態度の悪さに、日本のメーカーから誰も助けるものがいなかったということだ。

 これはもう因果応報であろう。

 当然のこと、中国政府は、この事故に対するすべての責任を負わねばなるまい。








2011年7月23日土曜日

スポーツマンシップということ。

▲アメリカの女子サッカーでのソロという選手の言葉はなかなかだ。

 先日の女子サッカーワールドカップの日米の決勝戦は、稀にみる好試合であったし、これからも長く語り継がれる試合となろう。

 アメリカの選手達も、アメリカのテレビにひっぱりだされることが多いようだ。

 ゴールキーパーであるソロ選手は、選手として優秀であり、かつ美人でもあることで人気が高いようだ。

 ソロ選手が、日本の選手について、テレビ番組でコメントしている。

 以下、新聞から抜粋。

 サッカー女子ワールドカップで「なでしこジャパン」と決勝で戦ったアメリカチームの選手が、テレビ番組に出演し、 試合後の秘話などを紹介して日本チームを改めて賞賛した。

 CBSテレビの人気番組「レイトショー」に出演したのはエースストライカーのアビー・ワンバック選手と ゴールキーパーのホープ・ソロ選手。

 ソロ選手は試合前、なでしこジャパンの宮間あや選手と、「お互い楽しもう」とメールを交換したことを明かした上で、試合後、宮間選手が負けたアメリカ選手の気持ちを気遣って喜びを あらわにしなかった態度を賞賛した。

 「試合後、彼女が歩み寄ってきた時、彼女は喜びをあらわにしていなかった。

 彼女はアメリカに敬意を 表したかったのでしょう。

 なぜなら、私たちが負けてどれほど傷ついたか分かっていたから。

 その出来事は本当に日本が尊敬すべき国だということを表しています」(ソロ選手)

 ソロ選手は、試合直後もアメリカのメディアに対し、日本チームの戦い方を賞賛していて、 今回の番組では戦いぶりのみならず、そのスポーツマン精神に敬意を表したもの。

▲補足、感想など

 ユーチューブにその時の様子が記録されている。

 pk戦の最後、日本がゴールを決めた瞬間、日本の殆どの選手はゴールへ向かって走っていった。

 しかし、宮間選手のみはアメリカの選手達のもとにいって、淡々として黙ってアメリカの選手達を一人づつ抱きしめていた。

 ゴールが決まった瞬間に、「アメリカの選手達の健闘を称えよう」という判断ができるものだろうか。

 画像をみる限り、宮間選手は、なんのためらいもなくすぐに行動している。

 これは、決まったら、こうしようと考えていたということなのだな。

 少し、これに関する書き込みをご紹介したい。

--ここから—

□尊敬すべき相手とのガチの戦いって本当に良いな。

□こう言うやり取り好きだなあ・・・ソロのような立派な女性がいる限りアメリカは危機に陥っても何度でも立ち上がるだろう、そして日本も

□試合終了直後の、宮間さんのダッシュ、アメリカ選手へのねぎらい。最高でした。それを拒むことなくしっかり抱擁したアメリカ選手も素晴らしい。最高のフィナーレでした。

□宮間は表彰式の後、日本選手が壇上で喜んだ後、アメリカ選手と列になって健闘を讃えあう場面でも、誰よりも長くアメリカの選手1人1人とハグして健闘を讃えあっていた。結果、みんなが「CHAMPIONS」と書かれたボードの所で記念撮影してる所に、遅れて行ってた。

□本当にこの映像は日本人の誇りだよね こんな激しい戦いの後で、冷静にフェアプレーを讃え合うって素晴らしいよ、宮間はどんな人生を歩んできたんだい?

□宮間の行動は、気遣いも立派だけどその大胆さに感心する。勝った瞬間に相手のこと気にはかけても、いきなり輪の中には入って行きづらいよな。繊細さと同時に図太さも感じる。プレーとか表彰式での振る舞いを見ても。

--ここまで—

 どうやら、宮間という選手の個性が際立っていたようだ。

 日本もやっとこういう選手を生み出せるところまで来たということなのだろうなぁ。

 あっ、思い出した。

 日本では、<強敵>とかいて<とも>と読む。

 この日米での決勝の試合とその後をみて、つくづく納得した。














2011年7月22日金曜日

中国での天才教育の結果。

▲中国のオリンピック級の体操選手が、身体を壊し、コースから外れたばかりに大道芸で飯をくうという境遇になったらしい。

中国のなんとかの名人というもの、すべてこの体操選手と同じやり方で、作り上げられるのであろう。

人間は政府のおもちゃではない。

スポーツであれ、将棋であれ、なんとかオリンピックの選手であれ、こういう天才教育の危うさというものをもっと知るべきだ。

以下、新聞から抜粋。

中国で、元世界チャンピオンの体操選手が、負傷で若くしてキャリアに終止符を打ったために 北京の路上でアクロバット芸を披露して生計を立てていたことが社会に衝撃を与えている。

 話題となっているのは2001年にユニバーシアードで2つの金メダルを獲得した張さん(27)。

張さんは、世界チャンピオンに輝いた翌年に腱を痛め、アスリートとしての成功の道を閉ざされた。

 わずか5歳ほどで親元から離されて特別な学校でトレーニングを積んできたために、選手としてのキャリアを終えても普通の生活に適応する術を持たない窮状にスポットライトが当たることとなった。

体操の訓練のために教育を満足に受けられなかった張さんは引退後、ウエイターや介護士などの職に就いた。

しかし、思うように仕事ができず、ついには窃盗に手を染め、5年間、刑務所で服役し出所したばかり。

北京の街頭で体操演技を披露して身を立てている人物が 元学生チャンピオンの張さんであることに見物人が気づき、メディアが取り上げた。

一方、国家体育総局や、出身地である河北省のスポーツ担当部署に 取材を申し込んだところ、どちらからもコメントは得られなかった。

「皆に知られていない引退選手は大勢いる。何のスキルも持っていない元選手たちは、仕事を 見つけられないでいる。わが国は引退した後のアスリートの生活支援をしていない。

▲補足、感想など

天才教育のあやうさ…といことであろう。

専門的な教育というものが、いかに博打的なものがよく分かる。

日本は、全人的な教育の価値というものが分かっているから、5歳から親元を離れて(このやり方、中国の雑技団のやり方をそのまま踏襲しているということか) そればかりをしているというようなことはない。

世界的な規模で物理とか数学のオリンピックとかあるが、同じくこの雑技団方式でやるらしい。

ある目的だけの教育だから、そこから外れるとその当事者は全く使い物にならないようだ。

これが中国人のやり方だということだなぁ。

人間として常識をもち、普通に生きていくためには「広い知識」が必要だ。

そのことでいきる喜び、梢に光る風をみての喜びを感ずるようになるのだ。

まず、人間として幅広い全人的な教育を与えよ。

個性として飛び抜けたものがあれば、その全人的な教育の上で伸ばしてやるべきだろう。

上でもふれたが数学オリンピックというようなものに優勝する中国人がでてくる。しかし、その本人が偉大な数学者になる可能性は乏しい。

それは、人間として基礎に幅広い知識というものがなければ、その飛び抜けた数学的な才能を支えることができないからだ。












2011年7月21日木曜日

復興増税に反対する。

▲なんて奇妙な論理なのか…と驚く。

自動車を運転する時、ブレーキとアクセルを同時に踏み込もうという論理ではないか。

違うだろう。

まず、復興なのだ。

国債を発行して、借金という形で工事を始めればいい。

その事で、日本のgnp は押しあがっていく。

経済全体が成長することで、インフレ気味となり、国債の償還も楽になっていくのだ。

どのあたりがこんなこと(個人の家計と国とをごっちゃにする)を考えるのかなぁ。

財務省だろうなぁ。

財務省というところは、なにか税金を上げるという仕組みを作り上げ・成し遂げた人間が偉くなるのだそうだ。

要するに、恒久的な国民からの税金として吸い上げに成功し、ひいては財務省の権限を大きくした功労者だとなるのだとか。

なにか、本末が転倒していないか。

いや、話が本筋からそれた。

まず、一番大切なことは、大震災からの復興なのだ。

100兆円くらいの復興国債を発行して、日本なりのニューディール政策を実行せよ。(世界に向かっておおっぴらにできる千載一遇のチャンスではないか)

以下、新聞から抜粋。

政府は、東日本大震災の復旧・復興に向けた財源を賄う臨時的な復興増税を10兆円規模で実施することで検討に入った。

所得税と法人税を5年程度増税する案が有力。

復旧・復興のための事業総額は国・地方合計で20兆円程度と試算。

このうち2011年度第1次、第2次補正予算で計上した6兆円を除いた費用の大部分を興増税で調達することになる。

7月末に取りまとめる「復興の基本方針」に明記する。

事業総額については、震災後の「復旧」に国・地方合計で10兆~12兆円が必要と試算。さらに市街地の高台移転や、 道路、公共施設の整備など大規模な「復興」事業を含めると20兆円程度を見込む。

このうち、1次、2次補正を除いた 必要額は15兆円程度となるが、子ども手当の見直しなど歳出削減や国有財産の売却で数兆円を捻出し、 残る10兆円規模を復興増税で賄う考え。

▲補足、感想など

 5年程度なんとか…ってさ。

こんな期日など、絶対に守られない。

こんなものを信ずるな。

こんな期日とか増税論などに騙されるな。

復興は国債だけでいい。国債を買ってくれる人間はかならずいる。

筆者は、消費税の増税にも、記事のようないかにも5年後には元に戻すような書き方をした法人税などの増税に反対する。

復興国債を発行し、それのみでこの未曾有の大震災から早急に元に戻し、更に、日本全体をも経済成長をさせよう。

政府の増税論のインチキに騙されるな。







2011年7月20日水曜日

スケープゴートではないのか。九州電力やらせメール事件。

▲自分が副社長の指示をうけて、やらせメールを部下に指示した…という人が現れた。

ふ—んと筆者は思う。

自分が…という人は、佐賀支店長→佐賀支社長となっている。

本当にそうなのかなぁ。

副社長のミスを全部自分で引き受けるから…とかいう話で、記者に話しているのではないのか。

そうでなければ、支店長から支社長にはならないだろう。

以下、新聞から抜粋。

九州電力玄海原子力発電所2、3号機(佐賀県玄海町)の再稼働を巡る「やらせメール」問題で、九電佐賀支店長だった大坪潔晴・佐賀支社長が、取材に応じた。

大坪氏は「運転再開をしたいという焦りで視野が狭くなっていた。

県民をはじめとする皆さんに 申し訳ないことをした」と謝罪した。

大坪氏によると、6月21日、段上守・副社長らと会食した際、 段上氏から5日後に開かれる国主催の県民説明会を周知し、会の議論を活性化させたいという考えが示された。

大坪氏は「運転再開への賛成意見を掘り起こしてほしいという期待だ」と受け止め、部下に対応の検討を指示。

部下が新聞記事や雑誌に出ていた論点を参考に6種類の文例を作成し、取引先の会社などに 再稼働賛成の投稿を呼び掛けた。

大坪氏はこれを了承したという。

▲補足、感想など

一連の九州電力のこのやらせメール事件後の社内での対応をみていると、九州電力という会社では、この事件は自社にとってたいした影響はない…と考えているのだな。

ちょっとしたミスだ。社長がどこかの小会社へでも転ずれがそれで終わった、終わった…と考えているということか。

ついでに副社長の名前がでて、やらせメールを指示したように報道された。こりゃまずい。じゃ、佐賀支社長が、副社長のおおまかな指示を、勝手に解釈して、部下に「やらせメールを指示したという」ことにしよう…とか社内の約束でスケープゴートに選ばれたのだろう。

見返りに支店長から支社長(どっちが上なのかなぁ)にしてやるから…とか。

う—ん、この対応の核心は一体なんなのかなぁ。

九州電力という会社は、やらせメールというような後ろ暗い(というより、仮におおやけになった時、世間の人はどう対応するかという想像力のない、まぁ、非常識な人間の多い会社だ)ことをやる会社だ…というイメージが仮にできたとしても、「人の噂も75日」その内、人は忘れるだろう。

なんせ、九州では競争相手がいないのだから、ウチ以外から電気を引くことはできまい、お客は逃げようがあるまい…ということか。

なるほど、地域独占という会社は、こういう風に発想するものなのだな。

やはり、どうしてもこの地域独占を破壊しなれば、この社内の体質は改革されまい。

してみると、太陽光発電の進歩・改革なども急務なのだなぁ。

なでしこジャパンに国民栄誉賞を。

▲女子サッカーという競技は、日本では陽の当たらない競技らしい。観客とかが少なくてプロとして維持できないようだ。

今度のこういうワールドカップ優勝というタイミングで、できる限りの栄誉とか賞金などを獲得させてあげたい。

いいじゃではないか。

人間、一生の間に何度も、これだけの栄誉を受けるものではない。

この数十年に一度というタイミングで、できる限りほめ讃えたい。

以下、新聞から抜粋。

サッカーの女子W杯で初優勝を果たしたなでしこジャパンが、国民栄誉賞を受賞する可能性が浮上。

国民栄誉賞は77年に創設され、過去に18人が受賞。

スポーツ界では5人が受賞している。

第1号は賞創設のきっかけとなった王貞治(巨人)で77年に756本塁打の世界記録を達成し、表彰を受けた。

ほかには84年ロサンゼルス五輪で柔道無差別級金メダルの山下泰裕、

87年に2131試合連続出場の世界記録を達成した衣笠祥雄(広島)、 89年に大相撲で最多勝ち星記録を更新した横綱・千代の富士が受賞。

最近では00年シドニー五輪で女子マラソン金メダルの高橋尚子が栄誉に輝いた。

国民栄誉賞は個人を対象としているため、今回はW杯制覇の立役者・沢の個人受賞が本命となるが 「なでしこジャパン」に授与する案も浮上。

その場合、“ルール改正”が必要となるが、団体表彰の可能性も出てきた。

▲補足、感想など

沢選手は個人では受けないだろう。

これは「なでしこジャパン」という団体を表彰すべきだ。ルールの改正が必要なら、短時間でおこなえばいいことだ。

たしかに、女子サッカーというものが日本で生き残るかどうかは分からない。

だからこそ、この一瞬の栄誉を大きく祝ってあげたい。

そのことが、次の世代を担う選手をつくる一粒の麦となるかもしれない。






負け方、勝ち方にその人の精神の尊卑が表れる。

▲女子サッカーのワールドカップで、日本のナデシコジャパンが優勝した。

まぁ、つきというか、試合中に神様が降臨してそっとアシストしてくれたようなプレーがあって、「奇跡」に近いような優勝であった。

優勝した日本側のコメントもさることながら、敗れたアメリカのチームからのコメントも実にいい。

人間ってものは、全力で戦って勝ったとき・負けたとき、その個人のもつ「精神の気高さ、卑しさ」が露呈してしまう。

今度のアメリカのチームの負けた時のコメントからは、学ぶべきことが多いようだ。

以下、新聞から抜粋。

サッカーの女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会の決勝で敗れた米国は、PK戦の末に初優勝を果たした日本代表「なでしこジャパン」を祝福した。

日本は準々決勝で前回王者の地元ドイツを下すと、続く準決勝では強豪スウェーデンを撃破。

決勝では全選手が身長で勝る米国に2回リードされたが、驚異的な粘りを発揮し、最終的にPK戦を3─1で制した。

米国のGKホープ・ソロは同国代表チームのウェブサイトで「わたしたちは偉大なチームに敗れた」とコメント。

また、「何か大きな力が日本を味方していたと感じた」とし、「勝ちたかったけれど、他のチームが優勝するなら日本が良かった」と述べた。

 また、FWアビー・ワンバックは「日本はいいプレーをしたし、最後まであきらめなかった。

 敗戦の悔しさはしばらく残るけれど、日本におめでとうと言いたい。日本国民は彼女たちを誇りに思うだろう」と祝福の言葉を述べた。

▲補足、感想など

--GKホープ・ソロは「わたしたちは偉大なチームに敗れた」とコメント。

また、「何か大きな力が日本を味方していたと感じた」とし、「勝ちたかったけれど、他のチームが優勝するなら日本が良かった」と。--

→こういうコメントができることが、選手として一流かそうでないかの分かれ目なのだろう。

「負け方」には偉大な負け方と卑しい負け方がある。当然、勝ち方にもあるのだろう。

アメリカのチームの負け方には、そのもつ精神の高さを感ずる。

人として、そうありたいものと思う。

2011年7月18日月曜日

日本人の若者はなぜ飛躍できないのか。

▲まぁ、中国人のいうことなどどうでもいい…と筆者は思う。

 記事を書いたのは日本にいる新聞の編集者らしいのだが、その指摘の仕方に中国人らしい偏見があって、筆者には面白いと感じた。

 なぜ、中国人はこういう風に感じるのだろう。中華思想というサングラスを透しては、本当のことが見づらいか。

 以下、新聞から抜粋。

 東京の街を歩いていると、制服を着た小学生や同じような色のスーツを着たサラリーマン、似たようなメイクや服装をした若い女性などを見かける。

 みな似たり寄ったりで、誰が誰だが区別が付かない。

 こうした「統一」は日本が世界に誇る名刺といえる。

 これは60年代半ば、パナソニックを代表とする日本企業が作りだした企業文化だ。

 企業を我が家とみなし、忠誠を誓い、順序に従って物事を進める。

 これが日本の企業文化の要である。

 70年代、日本経済は飛躍的に成長。

 日本の企業文化は世界中の注目の的となり、各国は争うように真似をした。

 ところが、日本人が終身雇用制や年功序列の素晴らしさに酔いしれていた1991年、バブルが崩壊。

 日本全体が冷水を浴びせられたような状態となった。

 その元凶はいろいろ考えられるが、日本の企業文化に潜むマイナス要素もその一端を担ったことは否めない。

 筆者は、物事を順序正しく進める日本企業の団結力は非常に素晴らしいと思う反面、社員の個性と創造力を奪っているようにも感じる。

 これでは若者の考える力は育たない。

 日本の若者はアニメが大好きだが、それはなぜか?現実では精密機械のような生活を送っているからだ。

 バーチャルな世界でしか、自分の意見や考えで動くことができないのだろう。

 日本の企業文化が若者から「飛躍」する空間を奪っているのだ。

 バブル崩壊後、日本は貴重な20年を失ってしまった。

 未来の20年が明るいものになるかどうか、それは日本社会が今の若者を「飛ばせる」ことができるかどうかにかかっている。

▲補足、感想など

 さて、どうだろうか。

 この中国人の指摘は当たっているのだろうか。

 この人、年齢は50才くらいかな。

 1980年代末の日本のバブル期を知っているようだなぁ。

 上の記事ではなにをいっているのだろう。

1.同じ格好をしている →個性と創造力を奪う

2.アニメが好き  →バーチャルでのみ自分の考えで動く

3.バブル崩壊後 →20年を失った 

4.企業文化 →若者の飛躍する空間を奪った

 か。


ここで上の要点について、筆者なりに解釈してみよう。

1.似たような格好をしていることと、創造力との間に関係はあるまい。

 日本のサラリーマンのような集団での生活では、目立つ格好というものは、返って仕事をする上で邪魔になるのだろう。本質的なこと以外で煩わされる。

 創造力というものは、日本人の勤勉性にのっかったものだ。

 創造性なんて、中国人にとって最も苦手な分野ではないのか。まぁ、日本人は個性というものも目立たないような形で発揮するだろう。(それで分かる人には充分に分かる)

 まぁ、下の「飛躍」がどうとかと関連するのかもしれないが、日本の若者が皆、イイトコのぼっちゃん、じょうちゃんになったことは確かであろう。それは近々数十年の日本社会の繁栄の賜物でもあろう。

 ついでながら、韓国・中国のアイドル達と日本のナントカ48との本質的な違いはここにある。

 日本人がアイドルに求めているのは「多幸感・心からの笑顔」なのだ。(踊りが、歌がとか…そんなものを求めているのではない)

 それは、上で書いた豊かな家庭で温和に育てられて始めて獲得することのできるものなのだ。まぁ、それは裏ではハングリー精神を失わしめたということでもある。一つのことの裏表だ。致し方あるまい。

2.現在のマンガ、アニメは、昭和20年代に天才・手塚治虫が出現することによって生み出されたものだ。元々は確かに子供の娯楽であったのだが、昭和20年代半ばから読み始めた子供たちがそのまま大人となり、現在の形となったものだ。

 逆に言えば、中国ではいつまでたっても「手塚治虫」を生み出すことができまい。中国人の琴線にふれ、魂を震わすようなマンガを描ける「中国版、手塚治虫」が出現しないかぎり、中国人が夢中になれるマンガ、アニメはでてこない。なせ、手塚治虫がでてこないか…その理由が分かるか。

3.バブル後、20年を失ったか。

 なにを失ったのだろう。Gnp が第3位になったってか。Gnp なんて、公共事業をバンバンすればあっという間に大きくなる。今の中国がそうであろう。

 日本はこの夏から、東日本大震災で失った多くの建物などを建設しなければならない。それがgnpの数字をそのまま押し上げてゆく。

 また、最近、お茶とかお花とかをする若い人が随分多くなったようだ。

 昭和30年代に返ってきたような感じがする。

 バブルが崩壊して、世間が落ち着く中で、日本の良さ・歴史等を見直す人が増えたということなのだろう。--これが失われたナントカというならば、そうなのだろう--。

 中国は、もうすぐ不動産のバブルが破裂し、これから日本の「失われたなんとか年」と同じ経路を辿らざるをえまい。

4.若者が飛躍するか…。

 飛躍するかどうかは、その当人が判断し選択することであろう。

 ただ、日本人はそれほど海外に出たがらないだろう。(筆者でも食べ物のまずい、リスクの高いところへ行きたくもない)

 東南アジア、特に台湾、ベトナム、インドネシア、タイ、インドあたりと一緒に仕事をすることが多くなってくるだろう。当然、中国とは関係を維持しつつも、比重はトンドン減っていく。

 また、日本での中国人の人数も制限を加えるようになっていくだろう。

2011年7月17日日曜日

コクリコ坂から…感想。

▲宮崎吾郎監督の「コクリコ坂から」を見た。

 どのあたりから。

 筆者は表題の通り、団塊の世代だ。

 筆者は、未来というものを暗く考えたことがない。もう髪の毛も薄くなったのだが、昨日より今日が、今日より明日がより明るくなる、きっとよりよくなると信じて疑わない。

 ノーテンキ、楽天的だというならそうかもしれない。

 でも、

 そう考えるのは、きっと昭和30年代に青春をおくったせいだ。

 さて、映画の舞台は、昭和37.38年頃。横浜の港近くだ。

 東京オリンピックが昭和39年の開催だ。

 日本は昭和30年代初めに、「もはや戦後ではない」と敗戦の影響がらの脱却を告げ、昭和30年代なかばから年率10%を越える勢いで、昭和40年代半ばまで高度経済成長を続けた。

 映画の背景に、前の大戦(昭和20年終戦)及び朝鮮戦争(昭和25--昭和28年)というものがある。その時代背景を押さえておかないと見る方のピントが外れる。

 主人公達の生まれた年は、昭和20年、昭和21年頃だろう。戦後の混乱期の中で生まれている。

 以下、粗筋にふれながら箇条書きとしたい。

□上で「混乱期」と書いた。でも、筆者は混乱期というものを知らない。

 筆者がものごころついた頃(昭和27.28年頃か)には、もう、日本という国は貧しいながらキチンとした社会であった。

 まぁ、今年の春の東日本大震災後において、日本人がどのように行動したか…を見れば、混乱といってもそんなに長い期間ではありえないということを納得されるだろう。

□少し、粗筋にふれておきたい。

 主人公である海(うみ)は高二。mer(メル<仏語で海の意味>)と呼ばれている。

 父親は、船乗りで朝鮮戦争でなくなる。母親は大学の先生で、妹、弟の3人兄弟。祖母の暮らす元病院で、下宿屋をしている。

 ある日、学校で、高三、新聞部の部長である俊(しゅん)と知り合う。

 グラブの部室であるカルチェラタン館の取り壊し問題の中で、段々、近づいてゆくのだが、海と俊の父親が同じだということを知ってしまう。

 えっ、じゃ、兄弟なのか…。

□高校の部室が集まっている建物をカルチェラタン館というのだが、この語句の説明はなかった。

 ちょっとウイキペディアから説明を。

 →カルチエ・ラタン(Quartier latin)は、パリの地名である。

 セーヌ川左岸、5区と6区にまたがる区域で、ソルボンヌ大学をはじめ大学が集中しており、昔から学生街として有名。

 カルチエは「地区」、ラタンとは「ラテン語」のことであり、「ラテン語を話す(=教養のある)学生が集まる地区」という意味が語源。

 サン・ミッシェル広場やサンジェルマン大通りなど、観光名所も多い

□海は、悩みつつまっすぐに生きようとする。まず、母親に尋ねる。そして、メルの父親の戦友が真実を知っているだろうと…外国航路の船長に会いにゆく。

 恐らく、この映画の元となった話では、先の大戦の戦友(宮崎駿さんの企画書の中では、特攻隊にも触れていた)同士の濃密な関係の部分があるのだろう。

 この映画では、意識的に先の戦争の部分を薄めているようだ。そのことで、俊の父親の特定・断定が、戦友の一人の簡単な証言というだけのシマリがないものになっているような気がする。

□粗筋はこれくらいにして気になったことを。

 日本は戸籍制度が整備されていることでは、世界で冠たる国家だ。

 そもそも、そんな国で「出生の秘密」なるあやふやなことが発生するだろうか。

 俊(しゅん)の出生届を海の父親の名前でだしていれば、俊を養子に出したとしても、戸籍に残っているはず。

(俊の父母<海の父親の戦友とその妻>は、同時に亡くなっている。恐らく、昭和20年の空襲を想定しているのであろう。空襲で父母が亡くなり、子供だけが助かったという例なのだろう。そこで海の父親が自分の名で出生届をだしている。母親の名前はブランクにしているのだろう)

 それを海が知らない…ということがあるだろうか。

 まぁ、子供が戸籍を見るという機会がなかなか無いことは確かだが。

 出生の秘密ものという話の筋としては面白い(キワモノめいている)が、日本の戸籍制度の整備ぶりからはなかなか納得しづらい。(そもそも出生の秘密が秘密にならない筈)

 いや、もし、出生の秘密もので上のような状況となるとするのならば、海の両親の結婚そのものが事実婚(駆け落ちだとかメルが言っていたなぁ、また、海が母親の性を名乗っていることがそれを立証しているのかもしれない)である場合だろう。

 海(うみ)の戸籍の父親欄が、ブランクになっているのならば、なるほど、そうなるかもしれない。

□この映画に対する新聞での評があった。

 曰く、「旧制高校のような」…とか。部室としてつかっているカルチェラタン館の様子からの感想であろうが。(まぁ、評を書いた記者自身がもう旧制高校がどんなものだったかさえ、感覚的に分からない世代だろうに…)

 う—ん、まぁ、確かに大げさな表現となっていたかもしれない。

 それでも、団塊の世代あたりは、似たような雰囲気だった。スマートではありえないし、また、なにせ、人数が多いものだから、様々な人間がいた。個性的な人間も多くいたし…。

 全体として、筆者などが経験してきた数十年前の雰囲気をなんとなく思い出しもした。

□ところで、母親がアメリカから帰ってきて、「時差ぼけで眠れなくって」というセリフにひっかかる。

 昭和37.38年頃だ。1ドルが360円の時代なのだ。

 アメリカへ行くのは、飛行機ではあるまい。(仮に飛行機ならdc-8くらい? 第一、一度では太平洋を飛び越せないだろうに) おそらく船での往来であろう。

 現在と昭和37年頃をごっちゃに(恐らく意識的に観客に違和感を感じさせないため)しているようだ。

□主人公が高二の女子生徒・海(うみ)であるから、筆者が「オレの青春」というにはまぁ、少し違和感がある。

 でも、映画で描かれているように、公害問題(九州では水俣病など)が起きかけた年代だった。

 ただ、貧しいながら、未来を切り開こうという希望と喧騒に満ちた世代であった。 

 それが、筆者が冒頭でふれたように「未来は常に明るい」と考える大元になっている。