2011年7月6日水曜日

菅さんは、どこまでも首相でいたいらしい。

確かに、現職の首相を辞任させるということはなかなかできるものではない。

麻生さんだって、2008年の秋頃から麻生降ろしの風が吹き、実際に辞めたのは2009年の夏だ。

 ただ、菅さんは一旦辞めると口に出してしまっているからなぁ。

 国内向けには、なんとかなるとしても、中国、アメリカからは相手にされまい。

 そのあたりの海外からの対応が一つの鍵だろうなぁ。

 以下、新聞から抜粋。

 菅直人首相が、この期に及んでも長期続投を描いているという情報が入った。

だが、菅首相自身は気にしていない。

側近に対して、「あと2年は首相をやりたい」ともらしたという。

内閣支持率が20%未満の「退陣水域」に再突入したにもかかわらず、国民世論

や与党の意向を無視し続ける気。

 5日の後任人事は醜態の極みだった。

 結局、「副大臣の昇格」という最後のカードを切 った。

 求心力低下を象徴する事態だが、菅首相ほど切り替えの早い政治家もいない。

菅首相は先週6月2 7日の内閣人事の後、側近に対して「あと2年は首相をやりたい」といい、「もし、『脱原発』解散・総選挙に勝てば、あと4年間はやる」「いま俺を批判しているヤツら は、みんな悪者になるだけだ」と言い放ったという。

懸案だった国会延長や内閣人事が一段落し、酒の勢いもあって、つい本音をもらしたということなのか。

 長期続投に関しては、別の情報もある。

側近議員が菅首相に対し、「解散・総選挙に 打って出て、4年間政権を担当しましょう」と勧めている、というもの。

また、「菅首相は、来年秋の民主党代表任期までの続投を模索している」との分析もある。

 同22日の国会会期末直前には、政府・民主党 幹部らと激論を交わし、「特例公債法」と「再生エネルギー法」「第2次補正予算」と いう重要法案成立のために70日間の国会延長を勝ち取った。

 ただ、政府・民主党幹部とは「8月末までの退陣」で“合意”していたはず。

 また、産経新聞は、「菅首相『10月訪中』検討」という記事 を掲載した。

つまり、8月末までに 退陣する気などサラサラなく、今秋以降の続投に強い意欲を示している。

 被災地復興のため、与野党が協力して政策実現に当たるべき時に、菅首相は与野党間 だけでなく、与党内でも不必要な対立をあおっている。

さらに、福島第1原発事故を機 に高まった国民の不安に付け込むように、一か八かの「脱原発」解散・総選挙を画策しているとも指摘。

「1分でも1秒でも長く首相でいたい」なのだ。

補足、感想など

菅さんは、首相にしがみついていたい…というのではないな。

  なんというか、無能扱いされたまま、石もて追われるという状況に、菅さんのプライドが耐えられないのだろう。

 そりゃ、まぁ、自分に実力のないことも分かっているさ。経済のことも分からん、人の使い方も集団を統率する仕方も分からん。

 でもなぁ、と。

 それでも、このままオメオメ引っ込めるか。売国奴と言われたまま、引っ込めるか。…

 丁度、ここに脱原発という都合のいい言葉がある。

 これで一発勝負できないか。

 小泉さんのように、「脱原発」をキーワ―ドにして、解散総選挙と勝負に出てみようか…という具合に考えるのだろう。

 筆者が菅さんの立場だったら、きっとそう考える、きっとそう行動するな。

 いわば、男の意地だ。

 菅さんに能力が伴っていれば、まぁ、それもありなのだがなぁ。

 こんな風に菅さんに「男の意地」を見せられてもなぁ。

 ちょっと、考えてみると、これは公私混同ということなのだな。

 本来、首相という立場であるなら、どこまでもどこまでも公人(こうじん)であるべきであろう。

 ところが、菅さんの場合、このままオメオメ引っ込むことができるか…という私(わたくし)の意地が優先して、国政にあたっているのだ。

 なるほど、トコトン追い詰められると私(わたくし)が、むっくり起き上がるということなのだな。

 公(おおやけ)の立場をとり続けることが如何に難しいかをこのことは示している。

 さて、これからどうなるかは分からない。

 ただ、いくら男の意地でも、アメリカのオバマさんに、中国の胡主席に相手にされなければ、さすがにへこむだろう。

 そのあたりを「私人としての男の意地」でのりこえられるか。



2011年7月4日月曜日

グレゴリークラーク氏の日本人論を読んでの感想

▲国際教養大学副学長グレゴリークラークという人がいる。

元々はイギリス人で、確か、英国の中国大使館に勤務し、後、オーストラリアに帰化した人ではなかったか。

 たしかに優秀で博識な人なのだが、元英国人のなんともしれない上から黄色人種を見下ろすという感じでものをいう癖の抜けない人である。

 1940年頃の生まれだから、まぁ、致し方ないか。(若い頃はもう少し、遠慮してしゃべっていたのだが、この年令になると白人優位を隠そうともしなくなった)

 筆者からすると、なにか言わずにはおれない言動が多い。

 そんな訳で記事の内容にふれて一言。

 以下、中国の新聞から抜粋。

 中国では近ごろ、日本についての研究が足りないと取りざたされている。

これは、中国と日本が同じ儒学文化圏にあり、一緒くたにされがち。

蚊帳の外にいる人間のほうが、良く見えているもの。

 グレゴリー・クラーク氏もまた、日本を蚊帳の外から見ていた人である。

71歳のオーストラリアの学者は現在、日本国際教養大学の副学長を務めている。

一人の西洋人として独自の見解を持っている。

日本は島国で、集落文化を中心に発展してきたため、価値観は本能的であり、感情的で現実的であると。

 一方、中国は大陸文化で、長い間、周りとの衝突や接触を繰り返してきているため、価値観はより理性的だ。

これらの観点に基づいて、グレゴリー・クラーク氏は日本人の特徴を13の項目にまとめた。

1.過度な「群れ意識」を持ち、命令に従う習慣がある。

日本人の行動は組織立っていて秩序的であり、その良いところは、皆が従順で統制が取りやすいところであるが、一旦、性質の悪い勢力が権力を握ると、全国民がそれに従ってしまう。

典型的な例が第二次世界大戦のときの外国への侵略である。

2.個人間の関係は誠実なものである。

これについては、印象深い体験した。

大阪付近の小さな村の駅に無人の野菜売り場があった。

袋に入った野菜が置かれ、板切れには、1袋100円と書かれていた。誰も店番をしている人はいない、買う人の良心に委ねられる。

3.日本人は完ぺき主義者であり、極端なほど秩序にこだわる。

世界の観光名所で、旗を持ったガイドの後ろで列を作って黙々と付いていく一塊の人がいたら、それは日本人である。

典型的な例は、トイレの清潔さをどこまでも追い求めるところにある。

日本のホテルのトイレのきれいさは有無を言わさず完璧である。

良いホテルになると、自動水洗トイレが付いている。

 そのほか、グレゴリー・クラーク氏は、

「4.手作りが好きである」

「5.チームワーク意識が強く、家族企業の管理に長けている」

「6.外国のものには、開放的で、広く受け入れるのに対し、外国人に対しては排他的である」と。

3~6の特徴は、日本の工業化が急激に進んだ要因である。

 これらの特徴に対して、中国人は日本人の逆であると言うこと。

 中国人は『知らないふりをしたほうがいいときには、そうしなさい。

 時には一歩引くことも大事である』との考えや、『その時々に応じて、どちらにも偏りがない考え方をしなさい』との考えを大切にしている。

 抽象的な信念について論じることが好きで、具体的な行動には移さない。

 外から来た思想に対しては排他的で、外国人は寛容に受け入れる。

7.イデオロギーが軽薄で頼りない。

 これは日本の政治の世界で見受けられる。

 対立しているように見える自民党と民主党ではあるが、政治理念はほぼ同じだ。

8.感情的で好戦的である。

 中国への侵略、どこまでも自制心が効かず、戦争を拡大させ、南京大虐殺という悲劇をも生んだことがいい証拠である。

9.外交・経済政策において、戦略性に欠ける。

 日本の外交は定まった理念がなく、典型的な日和見主義であると。

 また、短絡的で、日本経済の10年にも及ぶ停滞を招いた主な原因もそこにある。

10.合理性に欠ける。

 日本には整った義務教育のシステムがあるにもかかわらず、大学教育となるとありきたりである。日本に合理主義というものは存在しない。

 周りの影響を受けずに、真に独立した考えができる知識人がいない。

11.政府の力が弱く、派閥争いが目立つ。

 日本は地方自治だけで十分賄えると。

12.道徳観念は根本的に恥を重視し、罪悪感は重視されない。

 日本人は礼儀正しく、よく笑い、規律を守り、人に対して誠実であるにもかかわらず、過去の罪に対しては、目をそむけ真剣に向き合わない。

 その理由はこの道徳観にある。

13.日本人は法律が嫌いである。

 これに関しては、不思議がる人もいるだろう。

 なぜなら日本はアジアの中だけで考えても、法治国家に属する。

 グレゴリー・クラーク氏は、日本人は西洋人と比べて内々に事を解決することを好み、止む終えない場合だけ裁判を起こすのだと主張。

補足、感想など

まぁ、突っ込みどころの多い文章だ。

ただなぁ、問題はこのソースが中国の新聞だということだ。

グレゴリー・クラーク氏が言ったことになっているが、さぁ、どこまで本当のことか。

中国に都合の悪い部分は改変しているのだろう。--中国人のやりそうなことだ

まぁ、いいか。

こういう新聞に寄稿するのだから、グラーク氏も中国人の気性を充分に知ってそんなこともありうると考えてのことであろう。

なお、グラーク氏は冒頭でふれたように中国大使館に勤務された経験があり、中国語も堪能であったと記憶する。また、彼は中国人には親和性が高いようだ。

さて、本筋に戻って。

他のソースで、グレゴリー・クラーク氏は、日本人というものを考える時、忘れてならないのは「日本人というものは、一度も異民族に征服された経験のない民族」だということを強調されていた。

つまり、中国人(及び英国人を含め多くの国民)と日本人の違いの根底というか、核心はこれなのだ…と。

この視点からみると、クラーク氏の挙げた13の特徴の意味がよく見える。

1. 過度な「群れ意識」を持ち、命令に従う習慣がある。

 →日本列島に縄文人といわれる人が存在していた時、全体で三十万人程度の世界だ。紀元前1千年前くらいから稲作と同時に弥生人という人達が中国本土から少しづつ渡ってきて、また、食料を確保することが容易となり、人口が増え始めた。いってみれば、全体が親戚なようなものだからだろう。

2. 個人間の関係は誠実なものである。

 →この閉ざされた空間で数十万の世界から一緒に暮らしていたのだ。

3. 日本人は完ぺき主義者であり、極端なほど秩序にこだわる。

 →これは、稲作というものを続けてきた習慣だろうなぁ。水田は、連作ができる。もう3千年以上も毎年、同じことを続けてきたのだ。

 稲作は、同じ時期に同じ作業をする。水の管理など大変だった。水の配分とか、管理とかは指導する人がいなければ紛争が発生するもとだった。

4.手作りが好きである

5.チームワーク意識が強く、家族企業の管理に長けている

6.外国のものには、開放的で、広く受け入れるのに対し、外国人に対しては排他的である

 →4.5は、農耕民族であるからであろう。

 →6 はどうだろう。大航海時代の始め頃はそうでもなかったと思える。

 やはり、キリスト教というものをイエスズ会という過激な集団が布教したこと、また、ポルトガル人等が日本人を奴隷として東南アジア、南米などへ売り払ったことを嫌悪したものだろう。

7.イデオロギーが軽薄で頼りない。

 →これこそ、日本人が異民族から征服されたことがないためであろう。言わば、親戚付合いのため、誰かを傷つけることを恐れ、対立が弱い。なぁなぁでなんとかことを収めてしまおうと考えるのだ。

8.感情的で好戦的である。

 →岡本太郎だったかなぁ。戦前、フランスから日本に帰ってきたとき、日本人は女性的だと発言したという。

 異民族との戦争の回数が少なく、(白村江とか、元寇とか朝鮮出兵とか経験がない訳ではない)、どこか日本人が負け慣れしていないために、ヒステリックなのだそうだ。

 感情的なことは以上の説明で言い得ているであろう。

 好戦的かどうか、それは自国の名誉が傷つけられれば、どんな弱小民族でも立ち上がる。好戦的というのは、クラーク氏の白人的な偏見であろう。

9.外交・経済政策において、戦略性に欠ける。

 →これはなぁ、日本は大航海時代の中頃17世紀の始めに、海外との交渉を止めてしまう。閉鎖された空間の中で、循環型の社会をつくっていたのだから、外交も経済政策もあったとしても、そう重要ではなかっだ。

 明治維新後150年を経過したくらいでは、元イギリス人からそう指摘されても、そうですか、そうでしょうね・としか日本人としてはいいようがあるまい。

10.合理性に欠ける。

 →これは、その通りだろう。

  日本は、戦国時代末期から、江戸時代にかけて、西欧式の大学というものを生み出すことができなかった。なぜなのだろう。

 鎖国政策というものは、確かに異民族との交渉(オランダ、中国とはあったのだが)を断ち切った中で200年以上を経過したためだろうなぁ。そのことは、やはり、刺激が乏しいのだろう。産業革命にも遅れたし、大学のような研究システムも生み出せなかった。

11.政府の力が弱く、派閥争いが目立つ。

 →政府の力が弱いのではあるまい。いわば、議会制民主主義というものを日本的に利用していると解釈すべきだ。

 ヨーロッパ系の人達には、生ぬるい制度と見えるのだろうが、これはいい、悪いの話ではない。日本式利用方法ということでしかない。

12.道徳観念は根本的に恥を重視し、罪悪感は重視されない。

 →これを本当にグレゴリークラーク氏が言ったのかなぁ。中国人が勝手にいれたのではあるまいか。

 まぁ、いいさ。

 恥を重視し・・・というのはなにかなぁ。武士は名誉を重んじたから、そのあたりと関係するのだろうなぁ。

 罪悪感は重視されない・てなんだろう。日本が戦争に突入したことか。

 上でも書いたが、国の名誉が傷つけられれば、どんな国でもたちあがるさ。

 罪悪感って、中国人にいわれたくはない。

 1960-1970年にかけての文化大革命で教養人等を4500万人も殺害し、畑の肥やしやら、自分たちで食べたではないか。

 そういえば、日下公人さんが、アメリカ・ニューヨークに中国人の人肉食の博物館をつくろう・とか提言されていたが、中国人の言う南京大虐殺と対抗していい案ではあるまいか。

13.日本人は法律が嫌いである。

 →これは冒頭の異民族に征服されたことがない、また、異民族と関わった期間が短いためだ。言わば、法律というものを欧米諸国のように利用することができないためだ。

 まぁ、日本的に法律を使っているという言い方の法が正しいのだろうなぁ。

 以上、グレゴリー・クラーク氏が日本人の特徴としてあげた条項について、筆者なりに考察してみた。

 そこにあるのは、日本という国の成り立ちの影響であり、農耕民族であることの影響であり、17世紀初めに鎖国政策を採用したことの影響が色濃く残っていることなのだ。

 結局、日本人は日本人であるということでしかない。この日本列島という風土により育まれ、そこでの2千年に及ぶ歴史の結果が元英国人から指摘されるような特徴となっているのだ。

 また、欧米諸国から取り入れた制度も、日本的に利用しているということだ。どちらが良くて、どちらが悪いという話ではない

 最後の最後だが、グレゴリークラーク氏の指摘にせよ、中国人の指摘にせよ、日本人との差異を指摘できるということは、中国人、英国人などが、異民族から征服された(混乱し、価値観等が逆転する)経験を有し、また、牧畜を主とする民族であり、そして、大航海時代において、異民族を奴隷として売買した経験を有する民族であったことを如実に示している。

 他者を論じることは、実は自分をあからさまに語ることでもあるのだ。

 注意せねばなるまい。




 




















アメリカで「初音ミク」が初公演。

▲まず、ボーカロイドというものをご存じだろうか。

 ここから出発した。

 日本の地方でソフト会社が、音符と歌詞がついたものを、自動的に歌ってくれるというソフトを開発して、「初音ミグ」という名称で売りだした。

 うーん、このあたりの知識は筆者もあやしいので、ウイキペディアで肝心な部分だけを抜粋・転記する。

--ここから

初音ミクは2007831日にクリプトン・フューチャー・メディアから、ヤマハの開発した音声合成システム『VOCALOID2』を採用した女声の歌声を合成するMicrosoft Windows専用のソフトウェアとして発売。

声に歌い手としての身体を与えることでより声にリアリティを増すという観点からソフトウェア自体をバーチャルアイドルと見立ててキャラクター付けしている「キャラクター・ボーカル・シリーズ(CVシリーズ)」という製品シリーズの第1弾であり、初音ミクは「未来的なアイドル」をコンセプトとしてキャラクター付けされている。

--ここまで

 と、ここまでは、要するに個人的に歌詞と楽譜さえつくれば、勝手に音声合成し、うたってくれるソフトだったのだ。

 ところが、昨年、セガが協力して、ホログラムでこのキャラクター化された初音ミクが三次元で歌っているようにして公演した。--この画像は、you tube にもある。

 →この3次元の画像には、いささか、圧倒される。

まるで、アニメのフィギュアが広い舞台の上で、3次元として踊り歌っているようにみえる。

 この3次元で、初音ミグ他のキャラクター達が、踊り歌うというイベントが、国外で始めて、アメリアのアニメエキスポで行われたというニュースだ。

 以下、新聞から抜粋。

 日本で生まれた架空の歌手「初音ミク」の初めての海外公演が2日、 米ロサンゼルスであった。

映像の歌手が歌い踊る姿に、ファン約6千人が総立ちになり、「ミク! ミク!」と熱狂的な声援を送った。

 チケットは2週間で完売。

 髪や服のなびく様子や指先の動きまで精密に作られたミクの映像が、人間のバンド10人による生演奏に合わせ、24曲を歌った。

ほとんどの曲は、日本のアマチュア音楽家の作曲で、歌詞も日本語だ。

「初音ミク」は、札幌市の音楽ソフト会社が、歌声を合成するパソコンソフトとして

2007年に発売。

 アマチュア作曲家らが、ミクに歌わせる自作曲を動画サイトに投稿し、曲に感動した別のユーザーが曲に合わせた動画をつけて再投稿するという創作の連鎖が続き、オリジナル曲は約3万曲にのぼる。

補足、感想など

別に、人間の歌手でなくても、充分に人を惹きつけることができる…ということを上記の記事は意味している。

  これが、一過性のハヤリモノとして、廃れていくのかどうかは、筆者には分からない。

 ただ、you tube の画像を見ながら、この初音ミグという3次元の仮想現実の歌手を生み出した会社は、とんでもないものの蓋を開けてしまったのではないか…と思った。

 記事にあるように、歌は3万曲以上もあるのだ。日々、その数は増え続けるだろう。

 また、歌手として、顔も衣装も異なるものをいくらでも用意できる。

 人間と違い、pcのソフトの延長上にあるものだから、いくらでも進歩が可能だ。

 なにか、従来の歌手の公演とか、イベントというものを根底から、変化させてしまうのではないか。そんな予感がする。

▲追記。

 アメリカ人?で、このコンサートを見て、感想を書いている。ご紹介したい。

--ここから--

 カナダからすっ飛んできたことや、ホテルを6日間も予約したことを

 俺はこれっぽっちも後悔してないぞ。

 これまでの人生でベストのコンサートだったからな。

 きっと今後の人生でもこれを超えるものには出会えないだろう。

 彼女はまるで触れることができるかのようだった。

 俺は前列中央の良い席で観れたんだがマジで凄い体験だったわー。

 今直ぐ車に轢き殺されても「我が生涯に悔い無し!」ってレベル。

 だが、これで毎年ミクのコンサートに行くという野望に火がついて

 しまったからまだ倒れるわけにはイカンか。

--ここまで--

 このコンサートの前の方は、セガ、トヨタ自動車などの関係者がいたらしい。

 トヨタ自動車?

 こんなところにも、資金等を出しているのか。

 未来を掴むためには、アチコチにアンテナを張っているのだなぁ。




  

2011年7月3日日曜日

アンダルシア 女神の報復 感想

アンダルシア という映画をみた。

 日本のテレビの2時間ドラマ、なんとか殺人事件というようなものは、いつも、日本の片田舎で風光明媚なところで発生する。

 そのノリで、ヨーロッパのとんでない片田舎で事件が発生する。

 外国だから、日本の刑事が・とはいかない。

 そこで、外交官とインターポールという組み合わせになったものと思える。

 掲示板などをみていると、それほど前評判の芳しいものではないようだった。

 でも。

 筆者には、まぁ、評価できる出来ではあるまいか・・・と思えた。

 特に伊藤英明がいい味を出しているなぁ。

 以下、粗筋にふれながら、箇条書きとしたい。

冒頭、日本人の男性の死体が、アンドラのホテルで発見される。

 えっ、アンドラって、どこにあるのさ。

 ウイキペディアでみてみよう。

--ここから

 国土面積は468km2であり、金沢市の面積とほぼ等しい。

 ピレネー山脈東部に位置し、スペインとフランスにはさまれた内陸国である。

 夏季は乾燥し、冬季の降雪が多い地中海性気候である。

経済

 アンドラ経済の中心は観光業である。独自通貨は持たず、EUには非加盟だがユーロを使うことができる。また、タックス・ヘイヴンの国家である。

観光

 冬季のスキーやスノーボード、夏季のトレッキングやスパなどのレジャー産業がさかんで、宝石店や自動車パーツ店、免税店(ブランド品・タバコ・香水)でのショッピングをふくめた観光業が基幹産業となっている。

 近隣の大都市であるバルセロナから、毎週末に週末の観光をかねた買出し客が押し寄せることもあり、国境沿いにはそれらの客を目的にした免税スーパーマーケットやガソリンスタンドが軒を連ねる。

 また、スペインやフランスなどの人々の別荘も多く存在。

--ここまで—

 こうして、アンドラ→バルセロナ→アンダルシアとスペインの都市、観光地を舞台に、進行する。

粗筋は、一人の日本女性(外国の銀行員である)を中心にして、その謎の行動に周囲が振り回されるという展開だ。

 振り回される側が、日本の外交官と、インターポールに出稿している元警視庁の刑事だ。

上で、謎の行動と書いたが、国家の陰謀絡みというような大きくて深いものではない。

 もっと個人的で、生い立ちに関わっているもので、まぁ、いかにも日本的でちまちましている。

 ただ、そこに勤務している銀行の暗部からの干渉が絡んでくる。

 また、日本からのお金も日本の犯罪組織の資金で、政治家、警視庁と関連しており、隠蔽しろと圧力をかけられていた。 

□粗筋は、このくらいにして、全体の印象とかにふれたい。

 これは、スペインの観光案内も兼ねたような映画となっている。アンダルシアの地形なんて、びっくりしてしまう。(絶壁の上に町ができているような感じなのだ)

 また、印象的なのは、映画にでてくるフランス人、スペイン人スタッフの演技の滑らかさだ。

 こんな感じで、日本人と絡められる時代がきたのだなぁと感じた。

 1960年代、70年代、80年代頃の日本映画にでてくる外国人には、どこか「ぎこちなさ」があった。

 根底に、「黄色いサル」と映画をつくるのか式の、なんというかなぁ、お金のために仕方なくやっているんだ・いやいややっているんだぞ式で、自分を納得させているような感じがした。

 21世紀に入ってからかなぁ。

 日本映画にでてくる外国人の演技にそういう「ぎこちなさ」を感じなくなったのは。

 日本人へのさりげないリスペクトを感じるようになった。

 このアンダルシアでも、結構、都市部での銃撃シーン、大型トラックでの衝突シーンなど危険なシーンが多くあるのだが、その部分が実に滑らかなのだ。

 日本人の実力を知った上での、リスペクトなくして、こういうシーンはとれまい。

 そういう意味で、日本人にとってはいい時代がきたなぁ、と感じる。

まとめ

 上ではどんでもないところへ話がとんだ。

 上でもふれたが、伊藤英明の演技がなんともいい味をだしていた。

 日本の刑事ドラマのスペイン版と考えると納得がいくかなぁ。

 アンダルシアの風光明媚さと、アンドラの雪景色が印象に残る映画だ。

 スペイン・アンダルシアに旅行に行きたいなぁ。

 

 


2011年7月2日土曜日

ノキア、日本から撤退。

▲ノキアって、フィンランドの会社だった。

 なにか、機能の単純な機器でケータイを世界中に売りまくった会社であったろう。

 ガラパゴスとか言われる日本の会社と対極にある会社であった。

 スウェーデンのボルボといい、北欧の会社の衰退の根底にあるものはなんだろう。

 筆者には、利用者というものはバカなんだ・式の思い込みが、これらの会社の幹部にはあるのではないのか・と思える。

 バカだからできるだけ、機能は単純明快で、単機能がいい・と顧客は思っている筈だとか。

 言わば、利用者を舐めたような姿勢が、自分の会社の首を締めた形となったのではあるまいか。

 そういえば、ノキアと同じ姿勢をとったアメリカの会社があったなぁ。

 低価格pcのデルの社長も同じようことを言っていなかったか。

 自分の会社には「技術革新」など不要だと。

 お客は、価格が安ければ飛びつくのだ。その時その時、最新の部品を大量に仕入れて、一番安く組み立て提供したところが勝ちだ・とか。

 さすがにデルは、日本から撤退はしていないが、もう一つ伸びないのは、このあたりの経営者の姿勢が原因の一つではあるまいか。

 以下、新聞から抜粋。

 フィンランドの携帯電話メーカー、ノキアは8月末に日本の携帯電話事業から撤退する。

 2008年に通信各社への携帯電話端末 の供給を取りやめて以降、事業を縮小。

 今は富裕層向けの携帯電話に特化しているが、同事業を手掛ける子会社のVERTU (ヴァーチュ)もサービスを取りやめる。

 スマートフォン(高機能携帯電話)市場の拡大などで販売が苦戦していた。


補足、感想など

 ウイキペディアで、みると、今でもケータイでは、シェア世界一なのだな。

 しかし、アップルのアイフォーンが2007年にでると、ノキアの株価は従来の4分の1になったのだとか。

 要するに、自社で技術革新ができないのだ。技術革新ができないことを投資家は、すばやく見抜いてしまう。

 ボルボといい、ノキアといい、この鈍さはどこからくるものだろう。

 新聞の記事では、経営者は、--社風や経営判断の失敗を挙げた—となっている。

 社風? 経営判断の失敗?

 そうじゃあるまい。

 そんなところに核心があるのではあるまい。

 そもそも、西欧諸国は、階級社会で、全体の人口が少ないうえに、下層階級の人達は、「考える」ことを期待されていない。(西欧諸国の企業の経営者達が、顧客をアホ扱いする遠因となっているのが、このあたりではないのかなぁ)

 まして、上流階級の人達は技術者にならないし、仮に技術者となっても作業服を着て、働くということができないのだろう。

 そんな社会から、そんな国家からまともな革新的な技術が生み出される訳がないではないか。

 それこそが、ノキアが衰退する核心なのだ。(なんなら、ボルボもと言ってよかろう)

 アメリカは、移民社会であり、世界中から優秀な人間をひっぱってこれるから、基礎にある階級社会をなんとか糊塗できるのだろう。

 こうしてみると、日本製品の「ガラパゴス」なんて名称は、褒め言葉だなぁ。(日本製品が先端的過ぎて、世界が追いついていないということなのだ)

 世界で唯一階級社会でない国家、日本なりゃこその製品名と言えよう。

 このこと、「階級社会ではない」ということこそが、日本の競争力の源泉なのだ。

 自国の強さを生み出すものをよく認識しておこう。

























2011年7月1日金曜日

三菱商事が中国で不動産事業へ進出する.

▲昨日は、筆者のミスで書き込めませんでした。申し訳ありません。

▲三菱商事が中国で不動産事業へ進出するのだそうだ。

 今の時期に。

 中国の不動産バブル崩壊のカウントダウンがなされている最中に?

 うーん、この記事をそのまま、素直に受けとめてはならない。

 三菱商事という会社は、総合商社なのだ。世界各地で様々な事業をしている。また、中国政府と様々なパイプをもっているはずだ。

 三菱商事は、こういうニュースを公表することで、自社が受けるであろう損害を最小のものにしようとしているのだ。

 このあたり、もう魑魅魍魎の世界だな。クワバラ。クワバラ。

 以下、新聞から抜粋。

三菱商事は30日、中国での不動産事業に本格参入すると発表した。

消費が旺盛な中所得層が増えていることから、ショッピングセンターなどの商業施設の開発・運営や、分譲住宅の建設・販売を手がける方針。

今後数年間で数百億円を投資する。

第1弾として、地元不動産業者と合弁会社を設立し、2012年6月から天津市で約70の専門店が入居するショッピングセンター(床面積約2万8000平方メートル)の運営を始める。

日系企業の手がける住宅は地元業者と比べ割高となるが、 地元で需要の高まっている耐火・防音などの機能性に強みがあるため、商機があると判断した。 

補足、感想など

恐らく、中国政府からの依頼があったのだろうなぁ。

日本国内で、中国の不動産バブル崩壊の噂が喧しいので、ちょっと、水をかけて火消しをしてくれないか・・とか。

中国で損をさせても、アフリカとか南アメリカでの石油とか、lngの 利権を安く譲るよ・てな、裏取引があるのだろう。

 商社だから、こっちで損をしてもあっちで得すればいいから、まぁ、悪い取引ではないし・。

 つまり、商社というものはこういうものだ・・とこちらが、正しく認識しなければならない。

 そして、そう考えると、新しい視点がみえてくる。

 それは、

1.中国政府が、日本の商社に日本人の世論操作を依頼しなければならないほど、この中国の不動産バブルの崩壊が近づいていると認識していること。

2.中国は、日本人の世論というものをよほど注視しているということ。そして、できるなら、世論操作をしてやろう・・と考えていること。

 さぁ、この中国の世論操作で騙される人間も多かろう。

 中国の不動産バブルの発生は、まさしく、中国政府によって発生させたものだ。

 しかし、その崩壊は、あまりに破滅的であり、今の胡主席ではその崩壊を決断できまい。(銀行で、不動産融資への貸出を絞れば簡単にバブルは潰れてしまうだろうに)

 できるなら、習近平氏へ禅譲してから崩壊して欲しいと一縷の望みを託しているのだろう。

 だから、上の日本人への世論操作も、習近平氏禅譲までの時間稼ぎと考えれば納得がいくか。