2011年7月2日土曜日

ノキア、日本から撤退。

▲ノキアって、フィンランドの会社だった。

 なにか、機能の単純な機器でケータイを世界中に売りまくった会社であったろう。

 ガラパゴスとか言われる日本の会社と対極にある会社であった。

 スウェーデンのボルボといい、北欧の会社の衰退の根底にあるものはなんだろう。

 筆者には、利用者というものはバカなんだ・式の思い込みが、これらの会社の幹部にはあるのではないのか・と思える。

 バカだからできるだけ、機能は単純明快で、単機能がいい・と顧客は思っている筈だとか。

 言わば、利用者を舐めたような姿勢が、自分の会社の首を締めた形となったのではあるまいか。

 そういえば、ノキアと同じ姿勢をとったアメリカの会社があったなぁ。

 低価格pcのデルの社長も同じようことを言っていなかったか。

 自分の会社には「技術革新」など不要だと。

 お客は、価格が安ければ飛びつくのだ。その時その時、最新の部品を大量に仕入れて、一番安く組み立て提供したところが勝ちだ・とか。

 さすがにデルは、日本から撤退はしていないが、もう一つ伸びないのは、このあたりの経営者の姿勢が原因の一つではあるまいか。

 以下、新聞から抜粋。

 フィンランドの携帯電話メーカー、ノキアは8月末に日本の携帯電話事業から撤退する。

 2008年に通信各社への携帯電話端末 の供給を取りやめて以降、事業を縮小。

 今は富裕層向けの携帯電話に特化しているが、同事業を手掛ける子会社のVERTU (ヴァーチュ)もサービスを取りやめる。

 スマートフォン(高機能携帯電話)市場の拡大などで販売が苦戦していた。


補足、感想など

 ウイキペディアで、みると、今でもケータイでは、シェア世界一なのだな。

 しかし、アップルのアイフォーンが2007年にでると、ノキアの株価は従来の4分の1になったのだとか。

 要するに、自社で技術革新ができないのだ。技術革新ができないことを投資家は、すばやく見抜いてしまう。

 ボルボといい、ノキアといい、この鈍さはどこからくるものだろう。

 新聞の記事では、経営者は、--社風や経営判断の失敗を挙げた—となっている。

 社風? 経営判断の失敗?

 そうじゃあるまい。

 そんなところに核心があるのではあるまい。

 そもそも、西欧諸国は、階級社会で、全体の人口が少ないうえに、下層階級の人達は、「考える」ことを期待されていない。(西欧諸国の企業の経営者達が、顧客をアホ扱いする遠因となっているのが、このあたりではないのかなぁ)

 まして、上流階級の人達は技術者にならないし、仮に技術者となっても作業服を着て、働くということができないのだろう。

 そんな社会から、そんな国家からまともな革新的な技術が生み出される訳がないではないか。

 それこそが、ノキアが衰退する核心なのだ。(なんなら、ボルボもと言ってよかろう)

 アメリカは、移民社会であり、世界中から優秀な人間をひっぱってこれるから、基礎にある階級社会をなんとか糊塗できるのだろう。

 こうしてみると、日本製品の「ガラパゴス」なんて名称は、褒め言葉だなぁ。(日本製品が先端的過ぎて、世界が追いついていないということなのだ)

 世界で唯一階級社会でない国家、日本なりゃこその製品名と言えよう。

 このこと、「階級社会ではない」ということこそが、日本の競争力の源泉なのだ。

 自国の強さを生み出すものをよく認識しておこう。