▲韓国系・北朝鮮系の先生達がなぜ、日本の国旗、国歌をいやがるか---という「謎」<それほどのものじゃないか>を説明した文章をみたことがある。ご紹介したい。
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在日って正月を嫌がるよ。
俺の知ってる在日がそうなんだが、何やら疎外感みたいなものを感じるらしい。
日の丸や国歌を異常に嫌うのもそのためで、いろいろ左翼的な理由づけをしてはいるが、本音はようするに「仲間に入れない」から。
だから日本的なものが全てうっとうしく、気に入らない。
日本の良さみたいな話をされると、激しく嫉妬し、それが右翼的な所作にみえてしまう。
(在日から見れば…)
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要するに、仲間はずれにされていると感じるのだ。
そう感じさせるものが皆、嫌い—だと表現することのようだ。
これが、記事にある「思想の弾圧」か。このばかばかしさを見よ。思想というほどのものか。
以下、新聞から抜粋。
「君が代起立斉唱の職務命令に3回違反したら分限免職」−−。
教育基本条例案の修正案を巡って8日開かれた 大阪府と大阪市の統合本部会議で、処分の規定が決まった。
卒業式シーズンは間近。
がぜん現実味を帯びてきた 「免職」に現場では波紋が広がっており、自らの思想信条を守るため「卒業式には出られない」と思い詰める教員もいる。
府教委は先月、君が代の起立斉唱を求める職務命令を初めて出した。
すると、ある府立高校では今月に入って 「前もって不起立を宣言したら、卒業式で座席を指定されるらし
い」とささやかれるようになった。
校長が職務命令違反の教職員を確認するためだという。
起立斉唱に反対し、不起立を繰り返してきたある府立高の男性教諭は「露骨な思想弾圧。
日の丸・君が代反対よりも、強制によって排外主義が助長されることの方が問題だ」と憤る。
卒業式で「何で立たへんの?」と生徒に問われるたび、歴史的な経緯や自分の思いを語ってきた。
指紋押なつを拒否する外国籍の生徒の苦しみに触れた経験もある。
若い教師が無意識に起立斉唱を受け入れることに怖さも感じる。
「クビになってもいいという同僚もいる。でも、自分を貫けば家族にも迷惑をかける。
面倒なことに巻き込まれて消耗するのも嫌だ」。だから、今年は卒業式の会場に入らないつもりだ。
「公務員だからといって、生き方まで否定していいのか。生徒に多様性を教えている教員が画一的に支配されようとしている」。
教員を指導する立場の校長も戸惑いを隠さない。
ある府立高の校長は起立しない教員とじっくり向き合った結果、 その教員が起立するようになった経験を持つ。「『ルールだから』では何も解決しない。
条例が成立しても自分のやり方を変えるつもりはない」と話す。
別の府立高校長は「教育公務員である以上、命令違反、条例違反は許されない。
職務命令が出た以上、起立斉唱するのは当然だが、強制の色合いが強くなり現場がぎすぎすする」と条例化には反対の立場だ。
▲補足、感想など
日本の国歌・国旗が気に入る・気に入らない—など、確かに個人の勝手だ。
しかし。
少なくとも、公立の学校で、先生達が子供の前で率先垂範することではない。
国に対しての敬意を表現するなど当然の行為だ。
だから。
朝鮮・韓国系の私立の学校で教師をすればいいではないか。
思想がどうだとかなんのことだ。
冒頭でふれたように「オレを仲間はずれにしやがって」という恨み・ツラミを表現しているだけではないか。
排外主義とかいうのは、韓国系・朝鮮系の先生を公立学校から追い出すな---という意味なのか。
日本の国への敬意も表さない教師に、子供たちの教育を任すことはできない。
私立の学校で、思う存分、国家斉唱の時、座っていればいいじゃないか。