2016年10月4日火曜日

韓国人は、ノーベル賞への適性がない

いや、別に韓国人をバカにしていると取らないで頂きたい。
 そうではなくて、民族として得手・不得手があるということ。
 日本人がどうたらなんて、考える必要もないではないか。

 たまたま、韓国人という民族は、ノーベル賞という「賞」には向かない、適性がないということだ。
 だから。
 民族として適性のある分野に傾注すればいいではないか。

 以下、新聞より抜粋。

 今年のノーベル生理学・医学賞受賞者に東京工業大の大隅良典栄誉教授(71)が決まった。
 これにより、日本の自然科学系のノーベル賞受賞者は22人目(米国籍を取得した2人を含む)になる。

 日本が喜びに沸いている。安倍首相は、発表直後に大隅氏に電話をかけ「先生の研究は難病に苦しむ方々に光を与えた。日本人として本当に誇りに思う」と祝意を伝えた。

 日本科学界の成果を見て気持ちが沈むのは、韓国の基礎科学の研究環境が劣悪であるかを思い知らされるため。
 ノーベル賞を受賞した科学者は、他人が関心を持たない分野で黙々と研究に打ち込んできた。

 大隅氏は東大を卒業し、米国に留学中だった1976年以来、40年にわたり酵母の研究に専念した。細胞の「オートファジー(自食作用)」の仕組みを解明するため、3万8000種類の突然変異の酵母を検査するという作業の末に14種類の遺伝子がオートファジーに関わっていることを突き止めた。

 だが、注目されない分野のため研究費を得るのが難しく、昇進も遅かったという。
 大隅氏は「競争が好きではない」「人がやらないことをやるのが楽しい」と。
 自身の研究に地道に取り組む日本の科学者たちの姿勢こそが、日本の基礎科学の底力を生み出している。

 執念を持った科学者が研究に打ち込める環境をつくるには、政府の惜しみない支援が必要。
 日本は1995年に科学技術基本法を制定、2001年からは総合科学技術会議を設け、新技術や新知識の開発を体系的に支援。

 また、名門大学が人材や研究支援を独占するのではなく、旧帝大と地方国立大などが活発に交流し、競い合う日本科学界のオープンな環境にも注目する必要がある。
 日本のノーベル賞受賞者の中には、徳島大、山梨大、埼玉大など地方大学の出身者だけでなく、中小企業の元研究員も含まれている。

 一方の韓国はどうか。
 理系トップクラスの大学受験生は例外なく医学部への進学を希望し、医学部の優秀な人材は形成外科や皮膚科など仕事が楽で収入は多い分野を専攻するため競争に熱を上げ、ほとんどの人は基礎医学など眼中にない。

 企業が実用技術の研究に打ち込むのは分かるとしても、基礎科学の研究支援に大きな役割を果たすべき政府までもが短期間に成果を出すことを求め、研究費支援を受ける科学者たちを官僚的な規制でがんじがらめにしている。

 こうした状況で韓国の科学者40人が、約1兆7500億円を超える政府支援研究費のうち基礎科学の研究者が提案する課題に配分されたのは6%ほどと訴え、政策変化を求めた。
 世界は今、人工知能(AI)などを活用する「第4次産業革命」の時代を迎えている。
 韓国は先進国が開発した技術をまねるという戦略で産業化を成し遂げたが、今やそんな手法で中国などの新興国と競い合うことは不可能だ。

 基礎科学の土台を固めなければ、新たな時代に何も期待することはできない。
 ノーベル賞をもらうためではなく、国の生存のため、科学界の風土、政策、教育システム、企業の研究開発(R&D)、産学連携など基礎科学の振興に関わる全ての要素を見直し、時代遅れの古い制度と慣行を改めていくべき。

補足、感想など

 なにか、的外れな---
 冒頭でふれた。
 民族として、ノーベル賞がどうたら—とか考えなくていいのではないか。

 韓国人という民族には、民族なりの適性がある。
 記事にもあるとおり---先進国が開発した技術をまねるという戦略で産業化を成し遂げた---が、得意なら、その部分を磨けばいいのではないか。

 「技術をまねる」というところに適性があるなら、その適性を徹底的に推し進めれば、また、新しい展開が生まれてくるのではないのか。

 冒頭でふれた。
 ノーベル賞がどうたら言うが、世界を見渡してみれば、大部分の国は、ノーベル賞など関係はない。

 民族には民族なりの特性というか、得手・不得手があるのだ。
 得手の部分を伸ばすという方向へ考え方をもっていくべきだ。




中国は日本に20年遅れている---とさ

なにを言っているやら--
 どうも、中国人は、自分の姿を直視できないようだな。

 英国の産業革命に200年も遅れるノロマ民族が、なにを言うつもりなのか
 あぁ、数年前に一人目のノーベル賞受賞者がでたか--
 日本は明治維新から約70年以上を経過して、戦後始めてノーベル賞を授与された。

 対して、中国人は、1980年代の改革開放政策で覚醒し、その 後、約35年が経過して授与された—ということか。

 まぁ、日本人ももっと早くにもらっても当然だったのだが、なんせ、人種差別が酷くて----
 今なら、もう、笑い話の世界に入るのかなぁ。
 1980年代だったかな。
 ヨーロッパのある技術者が、日本人に頭を下げて教えを乞う—という真似は絶対にできない--とか言ったとか新聞に載っていた。

 要するに、1980年代頃まで日本人は、黄色いサル扱いだったのだ。
 サルに頭を下げて教えを乞うなんて、できる訳がないわなぁ。そりゃそうだ。
 1980年代、日本人がサル扱いなら、中国人なんてサルどころか虫けら扱いだろう。
 そういう時代だったのだ。

 そういう侮蔑に耐えて、日本人はここまで来たのだ。
 最近は、ヨーロッパから日本人・中国人を見る眼も変化したのだろう。
 人間扱いしてくれるようになった。

 ノーベル賞の授与についても、そういう「人種差別の時代を経過して」ここまできたのだ。
 21世紀に入ってからは、ノーベル財団の視線も変化してきたものだろうな。
 それは、業績とか実績は「事実そのもの」だから、「人種差別」がどうたら、関係ないからだ。

 以下、新聞から抜粋。

 2016104日、今年のノーベル医学生理学賞に東京工業大学の大隅良典栄誉教授が選ばれ、澎湃新聞は「中国の生物医学は日本より20年以上遅れている」と北京大学教授の言葉を紹介。

 「日本との差は20年以上」と指摘するのは、学者として知られる饒毅(ラオ・イー)教授だ。
 同氏は「日本の研究は1980年代に相当のレベルに達し、大隅氏の『突破』は90年代の最初にあった」と述べ、「中国は90年代の日本に追い付いていない」と指摘。

 さらに、大隅氏と同じ細胞の「オートファジー」を研究してきた清華大学の兪力(ユー・リー)教授は大隅氏の受賞は「決して意外なことではない」とのコメント。
 記事は大隅氏がこれまで賞を受賞してきたことを指摘、1例として2015年のガードナー国際賞を挙げる。
 また、「オートファジーが存在しなければ細胞内の除去されるべき物質を取り除くことができず、その蓄積によって問題が引き起こされる」という兪氏の言葉も紹介。
 兪氏は「具体的な治療への応用はなされていないが、オートファジーの解明でがんやパーキンソン病などの治療の見通しがさらに明るくなる」と述べ、「大隅氏は他の研究者に道を切り開いた。 
 この分野が現在の姿を成したのは彼の研究のおかげ」と同氏の業績をたたえた。

補足、感想など

 ほう、本物らしい学者が中国にいるのだなぁ。
 なるほど、中国は、王毅外相とかエラソガリ報道官のように他者に向かって、上から目線で横柄にもの言う人間ばかりじゃない—ということか。

 これなら、30-40年後には、ボツボツ、ノーベル賞の受賞者がでてもおかしくはないな。

 ただ、習近平国家主席を見ていると、中国の教育制度がどこかおかしく感じる。
 現在の中国の識字率40%強というものをせめて60%とか70%に押し上げる努力をする—というのが、第一に国家主席としてやるべきことだと思えるのだが、そのあたりに力を注いでいるとも思えない。

 なにか、全体としてバランスのとれていない奇妙な教育制度ではある。





身の丈五輪運営より、3兆円の仕事創出の方が大切だ

どうも、東京五輪運営の3兆円予算が叩かれているようだ。
 たかが、2週間のエベントに3兆円か—というセリフは、胸に刺さるセリフではある。

 でもと思う。
 3兆円という金額は、それだけの「仕事が存在する」という意味なのだ。それだけの仕事を創出するということだ。

 いま、アベノミクスがもたもたしている感じを受けるだろう。
 それは、マイナス金利を含めて、金融政策では、うまく経済を刺激することができないということなのだ。

 --ここから--

 九月の日銀短観は、企業が景気の停滞を感じていることを鮮明にした。
 円高が徐々に製造業の収益を圧迫し、個人消費の落ち込み懸念も強まった。
 かつての「アベノミクス」による上昇の気配はもはや感じられず、先行きの好材料も少ない。

 製造業が停滞している最大の要因が円高だ。
 企業側の想定を上回るスピードで進行しており、収益計画の下方修正を余儀なくされた。
 消費者が将来不安から財布のひもを締める傾向が強まり、大企業の小売業も景気の悪化を感じている。

 海外経済は英国の欧州連合(EU)離脱問題が一服したものの、米国の利上げの有無が見えず先行きが不透明だ。
 中国経済の先行きも不安が根強い。

 政策面では手詰まり感が明らかだ。かつて円高の修正を演出した日銀の大規模金融緩和は限界が近づき、九月に政策変更に追い込まれた。
 政府は大規模な経済対策をまとめたものの、巨額の借金を抱えた国の支出増は、将来不安を増す。

 中小企業の景気の見方はわずかに改善したとはいえ、大企業よりさらに低いレベルでの「低位安定」にすぎない。
 政府日銀による下支えはもはや期待できず、日本経済の真の実力が試される局面が近づいている。

 --ここまで--

 記事にある日本の巨額の借金なんて言葉にだまされるな。
 日本国民からすれば、国債って、日本という国へ貸し付けている金融資産だ。
 日本人が日本という国を信頼しつづけている限り、大丈夫な資産ではないか。

 2013年始めからの株高は、円が70円台くらいから →100円以上の円安となったことでの反応だった。
 それから、3年が経過すると、日本としては円安へもっていきたいが、中国の経済があぶないとか、ヨーロッパも難民問題を抱え、これから先が不安だとなると、世界の金融機関は、円に替えてしまおうとするのだ。世界一の安全な通貨だから。
 だから。
 日本国内の円安へもっていこうという努力が、世界中の金融機関の意図的ではないが、円高へもっていこうとする「大勢」により、相殺されてしまう。
 これが、今の日本経済の苦しさなのだ。

 だから、こういう場合、国として「仕事を創出」するしかない。
 総需要を大きくするしかない。

 その格好の名目が、「東京オリンピック」だ。
 積み上げてみると、3兆円となったという。
 身の丈に応じた金額かどうかは分からない。

 しかし、3兆円という数字は、日本の経済を刺激するには丁度いい、大きさであろう。
 ここに「3兆円分の仕事」が存在しているということだ。
 これを使わない手はない。

 このあたり、経済評論家の三橋さんの文章をご紹介しよう。

 --ここから--

 日本銀行はインフレ率の定義を、これまでのコアCPI(生鮮食品を除く総合消費者物価指数)から、「除く生鮮食品・エネルギー」に変更した。コアコアCPI(食料(酒類除く)及びエネルギーを除く総合消費者物価指数)に変更していた。

 「インフレ率をコアCPIから、コアコアCPIに変えろ」とは、以前から主張した話で、きちんと「説明」する必要があるはず。<筆者注:原油価格が乱高下していたので、これを外したということ>

 直近のデータでコアコアCPIは+0.3%、元々のインフレ率の定義であるコアCPIでは▲0.5%。三年半が経過し、インフレ目標2%の達成にはほど遠い状況。

 9月21日の日銀金融政策決定会合では、日銀当座預金残高の金利を▲0.1%、長期国債買入れも約80兆円で据え置き、現状維持となった。この判断は、正しいと思います。
 
 「玉虫色」の、分かりにくい総括になったが、日本銀行はインフレ目標を達成できなかった理由として、
 (1) 2014年夏以降の原油価格の下落と消費税率の引き上げ後の需要の弱さ
 (2) 2015年夏以降の新興経済の減速とそれを受けた世界的な金融市場の不安定化の逆風
 と、これまた微妙な言い回しで説明しています。<筆者注:新興経済って、中国等のこと>

 「消費税率引き上げ」という言葉が入っていることは評価できますが、日銀のレポートを見ると、日本の予想物価上昇率(期待インフレ率)が上昇しない理由として、
 『予想物価上昇率は、①「中央銀行の目標である2%に向かっていくだろう」という予想の要素と②「過去の物価状況が続くだろう」という予想の要素の2つで決まる。
 日本の場合、ほかの国に比べて、②の要素が強い、つまり過去の物価上昇率に引きずられやすいといわれています。
 レポートでは「財政」という言葉が出てきませんでした。

 もっとも、黒田総裁は会見で、
 「政府の財政運営、成長力強化の枠、取り組みとの相乗的な効果によって、日本経済をデフレからの脱却と、持続的な成長に導くもの」
 と、語っており、「問題」が何なのかは認識しているように見えます。

 要するに、デフレは「貨幣現象」とやらではない。「総需要の不足」であり、日銀の金融政策だけでは限界があり、政府の財政(需要創出)が必要であるということを認めたわけです。
 日本銀行は、今回の「総括」で、金融政策の目標を「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」に変更した。

 何を言っているか分からないと思いますが、日銀のレポートから引用すると、

 『具体的には、物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、通貨供給量を増やし続けると約束する。これによって、「2%が実現する」ということに対する人々の信認を強めることを狙う。
 日本の通貨供給量は、経済規模対比で80%と欧米の4倍です。これがあと1年少し経つと100%を超えていきます。その位大規模な金融緩和を、実際に「2%超」の物価上昇を目にするまで続けるということ』

 とはいえ、
【日本国債所有者別内訳(総額は955兆円)】
 からも分かる通り、銀行(預金取扱機関)が保有する国債が、尽きつつあります。
 現在の年間純増80兆円の量的緩和(日銀の国債買取)は、二年間は継続できないでしょう。
 
 ポイントは、お分かりでしょう。日本がデフレから脱却できない主因は日本銀行の金融政策ではなく、政府の財政出動が「不十分」という点に尽きる。そもそも、安倍政権は今年の6月1日まで、財政を縮小する緊縮財政を強行してきました。
 問題は日銀ではなく、政府にあるのです。

 --ここまで--

 三橋さんの言葉を使えば、東京オリンピックへ3兆円というのは、総需要拡大にぴったんこなのだ。






VWとトヨタとの未来への一手の違い。それはドイツと日本との未来をどう切り開くかの違い

いや、仰々しい表題となった。
 今、世界でものつくりに関しては、日本とドイツが双璧であろう。
 アメリカという国は、どうも品質管理という小難しい理屈が嫌いで、合わないようだ。

 で。
 先日のvw の電気自動車へ社運を賭ける—という判断をみて、VWの追い込まれている、その窮状というものにちょいと感慨を抱いた。

 このVWの「窮状」は、西欧諸国の階級社会というものの「破綻」を意味していよう。
 逆に言えば、西欧諸国の「階級社会」というものが、完全に崩壊しなければ、VWは、トヨタを追い抜くことはできないという意味でもある。

 VWが、電気自動車という「日銭稼ぎ」に注力している限り、「未来を切り開く一手」を打つことはできまい。
 対するトヨタは、「共に暮らすロボット」というものを発表した。

 高齢化社会において、つれあいを亡くして、一人暮らしという人が増えるだろう。
 「共同生活をしてくれるロボット」というものは、高齢化社会において、現在の「コンビニ」のような存在となる可能性があろう。
 <話相手となり、緊急の際に助けを求める手段となり、近縁者への連絡の手伝いをしてくれるとか--

 まず、VWの電気自動車へ傾注するという記事から。

2016/9/30
 欧州自動車大手がディーゼル車から電気自動車(EV)へのシフトを強める。
 先頭を行くのが独フォルクスワーゲン(VW)だ。
 パリ国際自動車ショーでは1回の充電で最長600キロメートルを走れるコンセプト車を発表。
 背水の陣でEV開発を急ぐ。独ダイムラーも同じ波に乗り、欧州発のエコカー競争が始まる。

✦VWが披露したEVのコンセプト車。1回の充電で600キロメートルの走行をめざす
 自動車産業に次の変革をもたらすモデルになる。
 VWのヘルベルト・ディース氏が世界で初めて披露したのがコンセプトEV「I.D.」だ。
 開発中のEV専用プラットホーム(車台)「MEB」を採用し、2020年に生産を始める。
 電池など部品の配置を柔軟に組みかえられ、様々な派生モデルを造れる。
 部品共通化で量産効果を引き出し、「発売時にはゴルフ並みの価格に抑える」(ディース氏)。

 VWは25年までに30車種以上のEVを投入し、年間販売台数に占めるEV比率を現状の1%から最大25%に引き上げる。
 1年前に発覚した排ガス試験の不正問題が方針転換の引き金を引いた。

 欧州勢のEVシフトはVWにとどまらない。背景にあるのは燃費規制の強化。
 EUは最も厳しく、21年に走行距離1キロメートルあたりの二酸化炭素(CO2)排出量を15年規制値より約3割減らす必要がある。
 三井物産の西野室長は「ディーゼル車の進化だけで数値目標を達成するのは困難」と指摘。

 独ダイムラーはEV向け新ブランド「EQ」を立ち上げ1回の充電で最長500キロメートルを走れるコンセプト車を公開。独オペルや仏ルノーも新型EVを披露した。

 部品生産や充電インフラの投資も急ぐ。ダイムラーは電池企業を完全子会社にし、今年3月には5億ユーロ(約570億円)で第2工場を建設する。ドイツではEV普及のために官民が折半出資で総額10億ユーロを拠出、うち3億ユーロで1720年に計1万5千カ所の充電スタンドを整備。

 日本車大手は欧州でのEVシフトに距離を置く。
 トヨタ自動車が披露したのは今冬に日本で売り出すプラグインハイブリッド車(PHV)「プリウスPHV」。電気だけで走れる距離は現行車の2倍強の60キロメートル。
 日常生活ではほぼEVとして利用できる点を訴えるが、純粋なEVとは異なる。

 トヨタ、ホンダは燃料電池車(FCV)を次世代エコカーの本命に据える。
 「電動化」という点では一致するものの、水素をエネルギーとするためEVとは違うインフラが必要だ。

 欧州は現在、新車販売の約5割をディーゼル車が占めるが、次世代車はEV、PHV、FCVの三つどもえの競争となる。欧州勢は先端技術のデファクトスタンダードづくりにたけている。
 そのEVシフトのスピード感を甘く見ていると、日本車大手は思わぬ劣勢に立たされる可能性がある。

補足、感想など

 電気自動車か燃料電池車のいずれが、最終的な勝者となるのかは、分からない。
 自動運転というものと関連して、どっちか使いやすいか—てなことかもしれない。

 燃料電池車は、将来の「水素エネルギー社会」をいうものを見据え、この仕組の一部として機能する「動く機械」というコンセプトであろう。

 使う人間と、どうつかってもらえるか—とメーカー側は提案しながら、いずれ勝者が決まっていこう。

 それはそれと、トヨタは「次の一手」を打ってきた。それが「共同生活をするロボット」だ。
 まぁ、ロボットという言葉がなんならば、邪魔にならない無機的な共同生活者とでも言えばいいのかな。

 --ここから--

 トヨタ自動車は、コミュニケーションロボット「KIROBO mini」を39800円(税別)で今冬以降に発売する。
 高さ10センチと小型で、ユーザーと雑談などが楽しめる。
 個人向けロボットという「トヨタが全く経験したことがない」新製品だが、「人が愛車とパートナーになるように、心を通わせることができる存在を目指した」という。

 --ここまで--

 上でふれた。
 共同生活者としてのロボット—というコンセプトであろう。
 主として、団塊の世代を狙ったものかもしれない。
 話相手であり、なにか伝言とか、軽く反応してくれる存在ということなのだ。

 この「共同生活者としてのロボット」に対する外国人の反応もついでにみてみよう。

 --ここから--

・う~ん、それでも玩具みたいだ。

・日本の人口問題は、ロボットの赤ちゃんでは解決できない。

・子供の代わりにはならないよ。

・私は赤ちゃんよりもこれがいい。(笑)

・私は犬の方がいいな。

・本物の赤ちゃんには、392ドル以上金がかかる。これはお買い得品だ!

・↑私はこれを言いにきた。392ドルなんて、1年目に払うオムツの消費税と同じくらいだよ。

・↑赤ちゃんにかかる維持費は狂っている。

・↑それに午前3時に黙らなければ、電池を取り出すことが出来る。

・これが大学に通うために金を出さないといけないか?

・十分に可愛くない。

・誰にでも持ち運びできる友は必要だ。

・代わりに犬の里親になれよ。

・人類の滅亡が始まった。ロボットによって支配される。

・世界中が完全に狂ってしまった。最寄りの非常口はどこ?

・我々の人生は、なんて悲しいのだろうか?

・これを持っていたら、本当に悲しい人だよ。

・何が問題なんだよ?人間は少ない方が良いんだろ?

・私はこのロボットを気に入ったよ。一つ欲しい。

 --ここまで--

 外国人には、この「共同生活をしてくれるロボット」の価値が理解できないようだ。
 それは、日本人と外国人との「ロボットに対する親密度」の差かもしれないな。

 日本でしか売れないものかもしれない。
 しかし、今のコンビニのごとく、その価値が数十年後にやっと理解される—そういう「共同生活者としてのロボット」というものだろうな。






日本は圧倒的に不利な条件で経済大国となったと中国人

なにかなぁ。これって。
 日本へのスリヨリか?

 まぁ、いいか。
 でも、表題のごとき、「圧倒的に不利な条件」とは中国自身のことであろう。
 日本は別に普通程度だ。

 なぜ、中国人が不利か—てか。
 このブログで何度もふれた。
 日本と中国との差は、日本語と中国語との差であり、両国の識字率の差だ。

 18世紀、日本の識字率は80%、対して中国の識字率は5%くらいだ。
 80%と5%とを比較してみよ。
 中国人の「圧倒的不利」さがよく分かろう。

 そもそも、識字率5%でなにかできるか?

 以下、新聞から抜粋。


 中国は経済成長を遂げ、国内総生産(GDP)は日本の2倍以上となっている。
 だが、中国のGDPは13億人を超える人口と広大な国土がベースであり、1人あたりGDPでは日本に及ばないのが現実だ。

 中国メディアは、日本は国土が狭く、人口も中国より圧倒的に少ないうえに資源も乏しい国でありながらも、長きにわたって世界第2位の経済大国に君臨していたのは「尊敬に値する」と記事を掲載。

 記事は、日本が「資源の乏しい国」であることを指摘し、石油や天然ガス、石炭などのエネルギー資源のほか、銅をはじめとする非鉄金属資源のほぼすべてを輸入に依存していることを紹介。
 資源を輸入し、付加価値の高い工業製品を作り、世界に向けて輸出することで世界第2位にまで上り詰めたと指摘、中国より不利な条件のもとで経済成長を遂げた日本は「尊敬に値する」と論じた。

 続けて、日本経済が発展を遂げることができたのは「勤勉な国民性」、「米国の支援」、「技術と教育を重視する環境」、「軍事面に資金を投下せず、経済面にのみ注力できたこと」の要素が挙げられるとし、要素の積み重ねによって今では日本経済は多くの産業で独占的な地位を確立するに至ったと論じた。

 また記事は、中国も経済成長の点では世界が驚くほどの成果を挙げたとしながらも、まだ経済強国とは呼べる水準にはないと指摘。
 中国が本当の意味で経済強国となり、質の高い経済を確立するためには日本を始めとする経済強国から素直に学ぶ必要があるとの見方を示した。

補足、感想など

 ふ~ん。
 現時点での中国人の識字率についての文章があった。ご紹介したい。

 --ここから--

2014/1/4

 実際中国では字の読み書きができない人はもっと多い。
 義務教育と言うけど、義務教育ではありません。
 中国はお金を優先にする国家です。
 字の読み書きが出来ない人はおそらく50%弱だと思う。

 現在中国の総人口は13億人ですが大学生が1千万人足らず高校生が700万人前後で中学生も700万人前後で小学生が1千万人足らずの状況です。
 ちなみに後に中退する生徒が30%前後。小学生の中退率も極めて高い国だ。
 普通じゃありえないですけどね。

 日本語ってのは、とても少ない過程で覚える事の出来る優秀な言語であり、敷居は低いが、変化が多彩で深めるのはとても難しい。
 中国語にはカナがないから外来語にも漢字をいれる。
 中国にいったらどんだけの漢字が判る事やら。

 --ここまで--

 この文からは、現在の中国人の識字率が40%強ふきんだろうということが分かる。
 そこから、中国で産出する野菜等の安全が確保できない理由が分かる。
 農民が字が読めないために、農薬などの使い方が理解できないのだ。

 先の大戦から70年以上を経過して、今、中国人の識字率が40%強、義務教育でも30%もの中退するということなのだな。

 毛沢東が先の大戦直後に、中国語に「日本のカナ」を導入しようと言ったとか。毛沢東の「慧眼」に敬服してしまう。
 そして、その提案を日本留学組の幹部が反対し、頓挫したという。

 なぜ、反対したか?
 共産党の幹部からすれば、中国人が賢くなってもらっては困るからだろう。
 賢い人間は扇動しにくいし、付和雷同しない。
 中国語にカナを導入していれば、1960年代から10年も続いた文化大革命なるものも発生しなかっただろう。

 記事では、国土の広さがどうたら、資源がどうたら—となっている。
 国家が繁栄するための条件として、かならずしも国土の広さ、資源がどうたらは、必要ではないということなのだろう。

 つまり、第一に必要な資源とは、「人的資源」なのだということ。
 そして、人間を「人的資源」たらしめているのは、「識字率」なのだ—ということなのだ。

 大切なことを繰り返そう。
 日本と中国の差は、日本語と中国語との差であり、その習得の難易さに基づく、識字率の差だ。



 


2016年10月3日月曜日

日本の稲作の朝鮮半島起源説

まぁ、韓国人のいうことって。
 稲作は、中国の揚子江付近から多分竹の筏に乗っかってきた人々が伝えたものだ。

 稲作の伝わった年代を日本では、縄文時代と弥生時代の境界と捉えているのだが、段々古くなっていくようだ。
 まぁ、紀元前300年~500年ぐらいを考えているようだ。

 そこで、韓国人学者が、韓国国内で紀元前500年より古い時代に稲作をしていたという証拠を提示して、韓国の方が稲作が先に始まり → 日本へ伝わったのだ—と言い始めたのが、下記の記事だ。

 以下、新聞から抜粋。

 日本よりも600年も早い炭化米を発見
 学界は興奮した。
 稲作の起源について、日本の学者の韓半島への伝播説が崩れたからだ。

 1970年代まで日本の学界は、福岡県板付遺跡で発見された炭化米の年代(紀元前34世紀)が、金海貝塚より古いという理由で、稲作が中国南部から日本列島を経て、韓半島に広まったという主張を展開していた。
 しかし、郡欣岩里の炭化米発見をきっかけに状況が逆転したのだ。
 これで世界の考古学の教科書の内容も変わった。

 イム・ヒョジェは稲作の黄海横断説を提起した。
 「中国の揚子江から、黄海を渡り、韓半島の中部地方へ稲作が入ったと見ます。以降、漢江に沿って広がり、日本列島に伝えられたのです」…

補足、感想など

 冒頭でもふれた。
 揚子江付近から竹の筏に乗った弥生人達が、東へ向かったとしても、どこに流されているか-見当もつくまい。

 九州に流れつく人もいただろうし、朝鮮半島へ流れついた人もいるだろう。
 紀元前、1000年頃の稲作の証拠だけで、朝鮮半島から → 日本へというのは、ちょいと強引だろうな。

 また、稲作の伝搬が 中国・揚子江付近 → 日本列島(九州付近) → 朝鮮半島 へだろうと推定される根拠は、年代だけではない。
 稲の遺伝子の種類の多さにもう一つの根拠が示されていた。

 そのあたりの文章をご紹介しよう。

 --ここから--

2007/1/28()

 米の伝来ルートについては支那南部から直接伝来したという説が定説だったが、考古学、歴史学の分野では朝鮮半島経由という考え方が有力だった。
 しかし、7,8年前から考古学の分野から変化が起き、次第に支那南部から直接伝来した説が有力になり、現在ではほぼすべての学界で定説になった。
 また支那の稲作研究界ではむしろ水稲種は日本から朝鮮半島に伝播したという説が有力になっている。

 この流れが加速したのは主に2つの理由がある。
 遺伝子工学の分野からの研究の成果、支那政府機関が20年以上かけて満州で行った品種の調査だ。この2つが決定打になり朝鮮半島経由で米が伝来した可能性がなくなった。

 米には品種特性を決定づける遺伝子が7種類ある。うち古代から現代に至るまで日本で発見された米の遺伝子は2つしかない。日本に存在する遺伝子をNO.1とNO.2とする。
 NO.1とNO.2の遺伝子はそれぞれ温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカという品種の特有遺伝子だ。

 稲作の発祥地である支那はもちろんNO.1からNO.7まですべて揃っている。
 朝鮮半島の米はNO.2からNO.7までの6種類が揃っているが、NO.1だけは存在しない。
 これは気温が低いと存在できない遺伝子のため支那北部より北では存在できないためだ。

 往来が盛んになるほど、多くの種類の遺伝子を持つ米が入る確率が高まるが、日本には2種類しかないのが確認されていて、これが稲作開始の初期から分布し、米の伝来はごく限られた回数で特定の地域から伝来したと考えられる。

 近年、炭素14年代測定法という年代測定法の成果で朝鮮半島の稲作より日本の方がかなり古いことが分かっている。日本の稲作開始は陸稲栽培で6700年程度前まで、水稲栽培で3200年程度前まで遡る。

 対し朝鮮半島では水稲栽培は1500年程度前までしか遡れない点、九州北部と栽培法が酷似していることや遺伝子学的に日本の古代米に満州から入った米の遺伝子が交雑した米が多いことなどから、水稲は日本から朝鮮半島へ、陸稲は満州経由で朝鮮半島へ伝わったことが判明。
 支那政府の研究機関でも調査が進み間違いないという結論が出ている。

 また、支那南部の日本の米の起源と推定される地域は熱帯ジャポニカも温帯ジャポニカも同時に存在しているので、両者を1品種ずつ持ってきたと考えられる。
 往来回数が多くなると別遺伝子品種が紛れ込む可能性が高くなるので、古代人が遺伝子選別技術を持っていない限りはこの地域だけから流入したと考えるしかない。

 また朝鮮半島の米はNO.2の遺伝子が70%を占めるので、米が朝鮮半島に導入された初期段階でNO.2の遺伝子が多く伝わっていなければならない。
 日本から2種類の遺伝子を持った米が朝鮮半島に渡ったものの、NO.1の温帯ジャポニカ種は朝鮮半島に根付かずNO.2の遺伝子のみが広まり、そこに満州から米が入ってきて、NO.2の遺伝子を持つ米と交雑したと考えると朝鮮半島の米に遺伝子的な説明が付く。

 支那にはすべての遺伝子があるので、特定の種類の遺伝子だけを多くして朝鮮半島に伝えるのは無理。
 韓国の学者は学術的見地よりも感情が先に出ているので相手をしにくい。
 実際にBSEの研究会をイギリスで開催した際は韓国からは招待者なしという事態もあった。

 米の伝来は支那南部から日本へ来たものであることを説明したが伊勢神宮にはこれを裏付けるような伝承がある。
 「米は斉の御田から天照大神が持ってきた」というもので、現在の学界では日本の米は支那の山東省付近という説がもっとも有力だ。
 また、同地域にも一部部族が日本へ渡ったとする伝承がありこれを裏付けている。

 さらに台湾の学者が鵜飼に着目した研究をしているのだが、これも日本への米の伝来が支那からであることを裏付けている。
 鵜飼の風習は支那の楚の国(湖南省と湖北省とその周辺)とその稲作文化圏である四川省、雲南省、広東省など中国南方の地方によく見られる。日本でも普通に見られる。

 ところが鵜飼は朝鮮半島では古来見られない。台湾や琉球文化圏でも鵜飼の習慣はない。
 このことは最初に米を日本へ持ってきたのが、支那南部の楚に起源を持つ人たちで経由なしで直接日本に伝来させたことを裏付けている。
 その人達が伝えた鵜飼が日本に広まったということだ。

 なお、日本の品種改良技術は奈良~鎌倉時代に飛躍的に伸びたが、飛鳥時代にも籾の選別技術等が確立しており、5世紀頃には単位収量がアジアでトップクラスになっている。
 日本が朝鮮を併合した時に朝鮮に日本の耕作技術が移出され、単位収量が併合前に比べて2.2倍という爆発的増加をみたが、これは灌漑設備の他、植物防疫、施肥法の伝授によるものだ。

 単位収量の増加は朝鮮における生活の安定をもたらし、食料計画の研究資料によると摂取カロリーが一日あたり併合前に比べて一人あたり400カロリー、摂取タンパク質量が一人あたり7グラムも増えた。栄養状態の大きな改善などにより併合後の朝鮮の人口は2倍以上に増加した。
 支那も朝鮮と同程度の収量であったことなどをみると日本の稲作技術は20世紀初頭のアジアでは飛び抜けてトップであったことが伺える。

 --ここまで--

 冒頭の韓国の学者の説など、ふっとばすような説明だと思える。
 稲作は、 中国南部 → 日本列島 → 朝鮮半島 と伝わったというのが、定説だ。





シベリア鉄道の北海道延伸は、採算がとれない

なにか、ロシア政府が望んでいるようだ。
 しかし、その地域に住んでいる人間の数などを見ればとっても採算がとれるようなしろものではあるまい。

 可能性があるとするならば、列車を載せるフェリーを新潟-ウラジオストクを運行させ、ウラジオストクからシベリア鉄道を利用して内陸部へ行く—というなら、多少は可能性がありそうだ。

 鉄道は、作るだけではなく、そのメンテが大変だ。
 ロシア-樺太、樺太-北海道と橋梁などを考えると、その費用は膨大だし、メンテの大きな費用は、鉄道を利用する沿線の人数から考えるととても意味があるとも思えない。

 逆に言えば、ロシア人の「シベリア鉄道延伸」という発想自体が、どこか「ピントが外れている」。
 ロシア人って、その程度のことしか思いつかないのか—と感じてしまう。

 むしろ、ウラジオストクを自由に行き来できるような「特区」を作って日本人が簡単に観光できるような場所にするとかの方が意味が大きかろう。

 以下、新聞から抜粋。

 政府が検討している対露経済協力について、ロシア側がシベリア鉄道を延伸し、サハリンから北海道までをつなぐ大陸横断鉄道の建設を求めることが分かった。
 ロシアは要望の「目玉」として、日露の物流のみならず観光など人的交流の活発化を期待。

 一方、日本側もロシアの生活の質向上や、資源収入に頼る産業の多角化につながる協力策の原案をまとめており、ロシア側要望への対応を精査している。
 シベリア鉄道の延伸は、アジア大陸からサハリン間の間宮海峡(約7キロ)と、サハリンから北海道・稚内間の宗谷海峡(約42キロ)に橋またはトンネルを建設する構想だ。

 実現すれば、日本からロシアの首都モスクワを経て欧州を陸路で結ぶ新たなルートを構築でき、プーチン大統領もかつて「シベリア鉄道を日本の貨物で満載することにつながる」と期待感を示したという。

 併せて、モスクワの東約800キロにあるカザンからウラジオストクまでのシベリア鉄道高速化構想も浮上している。
 シベリア鉄道の輸送期間短縮でロシア国内の経済活性化に貢献するほか日本企業の商機拡大にもつながる。

 将来の現地生産をにらみ、車両や信号システム、レールなど日本の技術をパッケージで売り込む構想で、既に一部の関連企業は事業性の検討を始めたとみられる。

 ロシアは日本に対し、シベリア鉄道関連を含む50項目のプロジェクトを提案。
 極東の発電所から電気を海底ケーブルで北海道または本州に運ぶ「エネルギー・ブリッジ構想」も注目株だが、重要なエネルギーインフラをロシアに握られるリスクも懸念される。

 一方、日本側も経済協力でロシアの国民感情を軟化させ、北方領土交渉の前進につなげたい考えだ。

補足、感想など

 シベリア鉄道高速化—か。
 冒頭でふれた。
 鉄道は、その鉄道を敷設した地域に相当数の住民がいて、その鉄道を利用してもらわないと維持できない。

 いま、日本のJR北海道が苦しんている状況を見れば理解できるであろう。
 今度、上場するJR九州でさえ、鉄道事業自体は、赤字なのだ。

 シベリア鉄道で内陸部へ—と上では書いたが、数日も掛かってヨーロッパへ行くという日本人は少ないだろう。

 そう考えると、「シベリア鉄道の延伸」は、採算にのらないし、無闇矢鱈と膨大な赤字を垂れ流す施設になってしまおう。
 日本が協力して多少でも住民にとって意味がありそうなのは、シベリア鉄道の高速化—メンテなどの向上、レールの補修等で、従来70km/h → 100km/h てな感じのことではあるまいか。

 エネルギーについてならば、日本のエネルギー供給の根幹を揺るがさない程度で、電気を輸入して、ロシア側に一定額のお金を落とすというやり方は、可能性があるのかもしれない。

 なにより、とっかかりは、ウラジオストクへ日本人が簡単に観光に行ける—近くの温泉旅館?で宿泊するてな感じのことができる「ロシア版観光特区」のようなものを作ったらどうなのかなぁ。

 ウラジオストクは、約60万人が暮らす町だ。
 日本式のショピングモールなどがあれば、もっと活気に満ちた町になるかもしれないし--


  


2016年10月2日日曜日

お好きなだけ言えば--。日本人は捏造慰安婦なんぞしったことではない

日本にいるevenki族の弁護士が捏造慰安婦でどうたら言っている。
 いや、お好きなだけ言えば---
 これは声闘だ。罵り合いだ。罵倒のしあいだ。

 言いたくば、好きなだけ言えばいい。日本人も倍にして罵り返すだけ。
 捏造慰安婦なんぞ、知った事か--。おとといこい--ってさ。

 以下、新聞から抜粋。

 「慰安婦」問題の真の解決をと9月30日、「『日韓合意』後も賠償は可能―被害者の賠償請求権は今も消滅していない―」が開かれた。
 主催は「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワークで、約80人が参加。
 「慰安婦」問題について、日本政府は2015年12月の「日韓合意」に基づき韓国の財団への10億円の拠出などで「最終的に不可逆的に解決」させるとする立場をとっています。

 講演した川上詩朗弁護士は原点は被害者の人権の問題だと指摘。
 「政治・外交問題なら国家と国家の間で解決するが、個人の人権問題なら被害者自身が納得する形での謝罪と賠償があって初めて解決だ」と訴えた。
 国家の賠償請求権の放棄が国民の請求権を放棄したことにはならないと。

 大森典子弁護士は、日本軍の関与のもとで多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけたことに「お詫び」表明した、河野談話を安倍内閣も継承していることを強調。
 歴史教育や謝罪、賠償など「河野談話を足がかりにより高い解決をめざす」ことを提起した。

 韓国の状況について梁澄子氏が報告。
 韓国の9月2日の世論調査では、日韓合意について「再交渉すべきだ」が63%と1月の調査時より上がっていることを紹介し、10億円の拠出で「日韓合意の責務を果たした」とする日本政府に反発があることを指摘しました。
 日本共産党の紙智子参院議員が参加し、「解決のためにともに頑張りたい」とあいさつした。

補足、感想など

 はい、はい。
 お好きに言えば---

 この慰安婦騒動は、日本人と朝鮮人の間での「声闘」だ。罵り合い、わめきあいだ。
 理屈もへったくれもない。
 だから。
 お好きなだけ言えば---

 日本人は、慰安婦騒動なんて1965年の日韓基本条約で完全に解決済み。もし、日韓基本条約に文句があるなら、国際司法裁判所へ訴えればいいことだと言い返す。
 以上のことを何回でも、何万回でも繰り返すだけ。

 解決なんて、どちらかが疲れて諦めた時だ。
 どちらかが、諦めるまで、わめき続ければいい。
 日本人は、絶対に負けはしないし、諦めもしない。




東京オリンピック準備に3兆円とは、それだけの仕事を作ったということ

経済でのある現象を一家庭の視点でみるか、国家としての視点で見るかでその有り様はことなる。
 一家庭で、これだけの支出をして、収入がいくらあったのか? と見ると、たしかに大赤字となる。

 しかし、国家としての視点でみると、3兆円分の「新しい仕事を創出」したということになる。
 中国の鬼城と同じだ。
 鉄骨、コンクリートが動き、人が動き、様々な重機が稼働していく。雇用が増え、賃金が支払われるのだ。
 こうして、仕事をすることで日本のgnp は拡大していく。

 東京オリンピックの準備に3兆円という数字でなんやら言われている。
 まず、一つの面から見た場合を見てみよう。

 --ここから--

 ビートたけしが、出演する「新・情報7days」で当初、約7300億円と試算されていた 東京オリンピックの費用が3兆円に膨らむ可能性が出てきた問題について言及。
 「ただ損するだけじゃん」とあきれた。

 たけしは以前、東京オリンピック誘致について、石原慎太郎元都知事と話した時に 「オリンピックを誘致したら3兆円儲かる」と説明されたことを明かし、「3兆円なんて、 (費用が3兆円超せば)話にも何にもなんないじゃん。3兆円超えてんだから、もう、すでに。
 ただ損するだけじゃん」と発言した。

 さらに「で、誰が得するの?って、建設会社だけじゃん」と指摘していた。

 --ここまで--

 確かに、2週間ほどのエベントに3兆円とはなにか—とか思うし、費用対収入からすれば、儲かる筈もないと見える。
 その通りだ。

 しかし、この3兆円を日本という国家の視点でみるとどうなるだろう。
 経済評論家の三橋さんの意見をみてみよう。

 --ここから--

 わたくしは、我が国は「五輪」を開催するような資格がないのではないかとの、疑念を持ち始めています。
 理由は、国民の「緊縮思考」です。
 厳密には、緊縮的な政策を打てば打つほど、世間的に受けてしまうというこの「空気」です。

 東京都の小池知事は、オリンピックの予算などを検証している調査チームが、競技会場を都外の施設へ変更するなど計画の大幅な見直しを提案したことを受けて、ボートやカヌーの会場をめぐり宮城県の村井知事と会談するなど調整を始めていて、提案の実現に向けた取り組みを進めることにしています。

 東京オリンピック・パラリンピックの予算などを検証している都の調査チームは、開催費用を独自に推計した結果、3兆円を超えるとしたうえで、コスト削減に向け、都内に整備する予定の3つの競技会場を都外の施設に変更するなど、計画の大幅な見直しを提案しました。』

 五輪開催費用が3兆円。
 これが全て消費や投資に回ると仮定すると、日本のGDPが最低でも0.6%増えるわけです。
 結構なことではないですか。
 GDPが0.6%増えると聞いてもピンと来ない方には、「皆さんの所得の合計が0.6%増える」 では、いかがでしょうか。

 わたくしたちは生産者として働き、モノやサービスを生産。
 お客さんに消費、投資として支出をしてもらう(=買ってもらう)ことで所得を得ます。
 誰かがお金を使わないと、皆さんの所得は生まれません。
 すなわち、給与が発生しません。
 誰かがお金を使うのを削ると、皆さんの給与が減ります。 

 この当たり前の事実すら認識せず、自分たちがデフレ環境下で節約に努めているからと言って、国民が、通貨発行権を持つ日本政府や、日本で最も貯蓄がある自治体、東京都に対しても、「無駄な支出をするな!」 と、緊縮を求める。
 結果、自らの所得を減らす。つまりは、貧乏になっていく。
 愚民、以外に表現のしようがありません。

 無論、例えば東京五輪向けの3兆円が、単なる所得移転&誰かの貯蓄に回ってしまうのであれば、まあ「無駄な支出」と呼んでも構わないかも知れません。
 とはいえ、実際には五輪に向けたインフラを整備する「民間企業」の売上になり、働く生産者に給与として所得が分配され、次なる消費や投資が生まれ、別の誰かの所得が生まれるのです。

 無論、東京五輪向けのインフラ整備の支出がなされたところで、皆さん個人の所得は短期で増えないかも知れません。
 とはいえ、インフラ整備という「需要創出」でデフレギャップが解消に向かい、日本経済がデフレから脱却すれば、いずれは皆さんの所得にも好影響を及ぼすのです。
 誰かがお金を使わない限り、誰かの所得は生まれない。

 この当たり前の事実すら認識せず、小池知事が調査チームの提言を受け、「ロンドン大会でも2年前に計画が覆った例もある。IOC=国際オリンピック委員会などが錦の御旗になっているときもあり、信頼を失わない範囲でトライする価値はある」と、発言したのを見て、
「小池、やるじゃん!」「小池、いいぞ! もっと無駄な出費を削れ!」などと拍手喝采する。

 結果、日本経済に必要な需要創出が絞られ、貧相な五輪を開催し、世界に恥をさらし、さらにはデフレ長期化で国民がますます貧乏になる。
 貧乏になった国民は、「金を使うな!」「無駄を削れ!」などと自分の首を絞めていく。
 我が国は、愚民国家になり果ててしまったのでしょう

--ここまで--

 これが、マクロでみた場合の経済の現象なのだ。
 家庭での視点とは異なるのだ。この部分に注目してほしい。
 また、日銀のマイナス金利を含む金融政策の効果があらわれず、上のオリンピックでの出費のごとき、財政政策に打開策を求める傾向となったきたようだ。
 その部分の文章を。

 --ここから--

「財政拡大」へ静かに方向転換する主要国

 世界は何年にもわたって、中央銀行が経済成長てこ入れに向けあらゆる政策手段を動員してくれるのを頼みとしてきた。
 ところがいまや中銀の手段は限界に達し、今度は政府が静かに存在感を増しつつある。
 リセッション(景気後退)終了以降で初めて、先進国は一斉に緊縮財政から積極財政へと軸足を移し始めた。

 こうした動きは、「どれほど大きな価値を持つかがあまり理解されていない2016年経済動向ランキング第1位」かもしれない。
 財政出動の規模は金額としては少ないが、政治の流れが大きく変わったことを示唆している。

 財政政策の転換は気づかれにくい。なぜなら、政府は少なくとも公約上は債務削減に尽力する姿勢を維持しているからだ。だが数字を見ると、実態は公約通りではないことが分かる。
 米国、日本、英国などの主要国では、2016年の財政赤字が前年比あるいは当初目標比で増える見通しだ。
 JPモルガンのエコノミストらは、今年は09年以来初めて財政政策が先進国の経済成長率の押し上げ要因になるとみている。』
 
 後略部で、ピーターソン国際経済研究所のヤコブ・キルケゴール氏が、「低成長が長期化すると、支出を拡大したいと考えるのが政治家の習性だ」「その意味でわれわれは基本に立ち戻ったのだ」と、述べていますが、現実に目の前で起きていることを理解すれば、基本に立ち戻らざるを得ないという話なのでしょう。

 --ここまで--

 東京オリンピックへの準備としての3兆円なんて、名目上からも財政政策の目的にピッタンコではないか。
 大手を奮って、3兆円の新規の仕事を創出しよう。
 結果として、立派なオリンピックを催すことができれば、万々歳だ。






我々は、我々とともに生きる人々を決める権利がある、とハンガリー

まさしく、正論であろう。
 この最も大事な部分を蔑ろにする共同体などというものは、お花畑思想そのものであろう。
 また、未来のないものだと思える。

 欧州連合という「おとぎ話」は、そろそろ賞味切れとなりそうだ。
 そして、賞味切れとなしたのは、軽挙妄動の女王であるドイツのメルケル首相であろう。
 難民受け入れなんぞという軽率な判断は、ドイツを、そして欧州連合というものを谷底に突き落とすような判断であった。

 長谷川慶太郎さんの本を読んでいると、近い将来、欧州連合が解体されユーロという共通通貨を廃止し、ドイツのマルクを通貨とする国々という形態へ移行するのでは—と書いてあったが、その可能性も高いと思える。

 ドイツを中心としてそれにもたれる国家群—とでも言えばいいのかな。
 世界を俯瞰してみれば、米-日-独-中 という並びに変化していくということか。

 以下、新聞から抜粋。

 欧州連合(EU)の「玄関口」のギリシャに留め置かれたシリアなどからの難民が、再び西欧を目指している。
 EU諸国の受け入れが進まず、北上するが、ハンガリーが設置したフェンスがセルビアとの国境に立ちはだかる。
 EUによる難民割り当ての是非を問う国民投票がハンガリーで行われるのを前に、国境地帯を歩いた。

 ◇受け入れの是非、2日国民投票
 高さ3メートル以上の鉄条網が設置され厳重に警備されたハンガリー国境前にテントが並んでいた。セルビア北部ケレビア。EUが「閉鎖」したはずの「バルカンルート」をくぐり抜けてきた難民たちがそこにいた。

 「私たちは動物ではない。人間なんです」。
 シリア出身のムハンマド・アリさん(38)は訴える。内戦下のシリアを出発したのは1月。
 兄妹は昨年、ドイツに到着しており、ムハンマドさんは金をためた後、妻と子供6人で後を追ってドイツを目指した。
 だがトルコからボートでギリシャに着いた3月、EUは国境を閉鎖。
 事態は動かない。7月、ついに前に進むことを決意。

 密輸業者を使い、ギリシャ国境を抜けた。子供を抱きながら山岳地帯などを2週間以上、歩き続けた。立ちはだかったのがハンガリーのフェンスだ。

 昨年、欧州に流入した難民らは100万人以上。
 EUはギリシャなどに入った難民を各国に割り当てることで合意。だが、ハンガリーは難民割り当てを拒絶し、国境から流入する難民らへの対策を強化。

 1日計30人しか通行を許さない。キャンプなどにいる約6000人。通過だけで数カ月待ちで、仮に通過しても「多くの人は拘束される」という。

 国境に侵入すると、警察が「弾圧」する。ドローン数台が監視し、難民らを見つけると、警察官が大型犬を放ち、難民らを警棒で何回も殴ったり、催涙スプレーを放ったりして、セルビア側に強制送還する。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)中欧事務所のバーバル広報官は「ハンガリーは難民の権利を制限し、問題を解決する気が全くない」と非難する。
 一方で、ハンガリーのコバチ政府報道官は「我々には自分たちとともに生きる人々を決める権利がある」と主張。

 ムハンマドさんが、ハンガリー国境前に到着して約2カ月がたった。連絡はまだない。
 シリアでは教師だった。「内戦から逃れるため、土地を売った。密輸業者にも金を払った。でも、今は雨漏りのするテントで暮らし、シャワーにも入れない。なぜこんなことになったのか」

 シリアから逃れたと伝えても、ハンガリーは難民として受け入れてくれないかもしれない。
 記者がそう話すと、ムハンマドさんは笑った。
 「家族を守るため、兄妹に会うためには前に進むしかない。シリアにはもう帰れないんですから」

補足、感想など

 ヨーロッパの国々に行くと、国旗の一部が赤く塗られている。
 これは、自ら「血を流して」、この領土を確保したのだ---という意味である。
 血で血を洗うような戦争をして、やっと確保した領土へ、「密輸業者へ金を払って」たかりに来ようとしている—とハンガリーの人々は、自称シリア難民を見ているわけであろう。

 この根源的な「拒否反応」を、理不尽だのどうだの言えるか。
 つまり、この部分で、もう欧州連合というものの「未来はないのだ」。
 冒頭でふれた。

 欧州連合の解体 → ドイツ・マルク圏というドイツにもたれた国家群 へ変容しようとしているのだろう。
 この欧州諸国の変化に向かって、日本の毎日新聞が社説でなんたら言っている。
 ご紹介したい。

 --ここから--

毎日新聞2016101日 

 中東からの難民を分担して受け入れようとする欧州連合の「割り当て」政策を受け入れるべきか。  
 ハンガリーで行われる国民投票は、欧州統合の基盤を掘り崩す危険性をはらんでいる。

 英国は6月の国民投票で離脱を決めた。一方、ハンガリーの国民投票は、EUにとどまりながら、EUの政策を「民意」を盾に拒否しようとオルバン政権が画策したもの。
 有権者の過半数が投票し、投票者の過半数が「受け入れ拒否」を支持すれば、政権の「勝利」となる。世論調査を見るとそうなる可能性が高い。

 欧州には昨年、100万人を超える難民が流入した。昨年9月、EUは約16万人の難民を各国に割り当てることを決めたが、現段階で受け入れられたのは約5000人にとどまる。
 東欧諸国が割り当てに反発していることが受け入れが進まない大きな理由だ。

 第二次世界大戦後、移民や難民を受け入れてきた西欧諸国に対し、冷戦終結後にEUに加盟した東欧諸国は難民受け入れの経験が乏しい。
 昨年は西欧を目指す難民の通過地となり、駅や道路が難民に占拠されるなど社会に混乱をもたらした。難民の多くがイスラム教徒で、キリスト教に根ざす伝統的な社会の変容を懸念する国民の不安も理解できる。

 とはいえ、東欧諸国はEU加盟で大きな利益を得てきた。EUの一員として「いいとこ取り」は許されまい。政権には、寛容な社会づくりへ国民を説得する責任があるはずだ。
 オルバン政権は違う。
 2010年の選挙で大勝し、ハンガリー民族の歴史と伝統の偉大さを前文にうたう憲法改正を実現した。難民の脅威を誇張して不安をあおってきた。
 経済政策の行き詰まりから国民の目をそらし、政治手法への批判をかわすために国民投票を政治利用しようとしているのであれば無責任だ。

 ハンガリー国民投票の結果は、欧州諸国の反EU勢力を勢いづける可能性もある。
 自国の主張を通すために、国民投票が各国で乱用されるようになれば、EUの結束は乱れ、難民政策にとどまらず、あらゆる統一政策が立ちゆかなくなる恐れもある。
 EUと加盟各国首脳は、こうした「自国エゴ」の連鎖を食い止めなければならない。
 ハンガリーには、EUに加盟した当時の理想と気概をもう一度、思い起こしてほしい。

 --ここまで--

 ふん、この社説、毎日新聞にいるevenki族工作員の文章であろう。
 「金持ちにたかってやろう」というタカリ根性が横溢した文章といってもいいだろう。
 お前、金持ちだろう、オレ達ちゃ貧乏人だ。金持ちが貧乏人の面倒をみるのは当たり前じゃないか—と言っているだけではないか。

 金持ちには金持ちとなる理由あるだろうし、貧乏人は貧乏人である理由があろう。
 国家が混乱するには、混乱する理由があるからであろう。
 それを、金持ちは貧乏人の面倒を見るべきだ—なんて理由がどこにあるか。

 逆に言えば、なんとかいう国の国民であれば、自らの国土・国家を繁栄させるために努力すべきではないのか。
 それを、どこそこが繁栄している。じゃ、そこに行って「たかってやろう」という根性が卑しいといか、民族として不甲斐ないとは思わないか。

 この毎日新聞のevenki族工作員記者も、母国である韓国・北朝鮮という国家が混乱しているなら、みずからの力で、母国を繁栄させてやろう—とは思わないのか。
 そこがおかしいだろう。

 ハンガリーの国民投票はおそらく、難民割当を拒否するだろう。
 これは、欧州連合の解体 → ドイツ・マルク圏国家群 へと変化していく先駆けとなるものだ。



ムスリムに対して「郷に従え」とブルガリア

ブルガリア政府が、難民に対して「ベールで顔を隠す」ことを禁止する法律を可決した。
 要するに、「郷にいれば郷に従え」ということ。

 それができなければ、出て行け—ということだろうな。
 フランスでも元大統領がブチ切れて、「フランス人になれ」とか喚いていたが、同様の意味あいであろう。

 ムスリムは、この世界でも際立って非融和な、非寛容な人々だ。
 郷に入っても、郷の人々が「オレ達のやり方」を受け入れろ—と主張する人々なのだ。

 受け入れ国が、郷に従え—というと、それは民族差別とか人種差別だ--とか言い始めるのだろうな。 ムスリムは。
 これは、ムスリム側が「折れるべき話だろう」。
 それが出来ないというなら、出ていけばいい。
 それこそ、世界中を回って、「オレ達のやり方を受け入れてくれる」珍しい人達・国をさがせばいい。

 以下、新聞から抜粋。

 ブルガリア議会は、治安対策として、政府機関や学校を含む公共の場で、顔をベールやマスクなどで覆うことを禁止する法案を可決。
 イスラム教徒の女性が顔や体を覆う「ブルカ」の着用も禁じられる。

 違反した場合は200~1500レバ(約1万2千~約8万7千円)の罰金が科される。
 フランスやベルギーなどでイスラム過激派によるテロが発生する中、民族主義会派の「愛国戦線」が法案を提出。

 与党の中道右派「欧州発展のためのブルガリア市民」(GERB)は、ビデオによる犯罪監視の強化などが目的で、宗教とは関係ないと主張したが、トルコ系政党は反発して議場を退場した。
 登録された宗教の礼拝所のほか、健康や職業上、スポーツ、文化教育などの活動で必要とされる場合は許可される。

 フランスやベルギーでは既に公共の場でのブルカ着用が禁止されている。

補足、感想など

 冒頭でふれた。
 核心は、「郷に入れば郷に従え」ということ。
 受け入れてくれた国に対して、できるだけ「摩擦」を少なくするというのが、難民の立場として当然ではないか。

 どこに国にいっても、「オレ達のやり方でやる。お前たちが受け入れろ」なんてことが、通用するものか。

 日本でもそうだ。
 「郷に入って郷に従え」ない人達を、日本が受け入れる筈もない。
 出ていけばいい。