▲自分に自信がないということはこういうことか。
自分自身の「精神が萎えている」ということだろう。
それでも、母と妹を襲い、放火し、最後は自分の腹を切っている。
自分の腹を切る「勇気」があるなら、なんでもできそうだが--。
このあたりになにか、「解決への方向性」がありそうだ。
このブログでなんどもふれた。
誰にでも効果があるのかどうかは分からないが、自己暗示で「精神が萎えている」という状態から開放される人もいるのではないのかなぁ。
筆者は、中村天風さんの話が好きだ。
--ここから--
夜、寝際には必ず
「おまえは元気になれ」
と命令暗示をかけた。翌朝は、
「私は元気になった」と断定的な暗示を施す。
これを電車の中でも、ところかまわずやった。
「暗かったら、窓を開けろ。光りがさしてくる」
この言葉は、「心がマイナスになったら、一層の積極精神を心がけよ。すると、大宇宙の生命力が注ぎ込まれ、生きる力が湧き上がる」と。
--ここまで--
自己暗示は、これくらいにして、表題の記事を抜粋。
2019/06/01(土)
◆
息子が引きこもりで、仕事をしないことで親子げんかになり、頭を殴られた」
31日午後5時10分ごろ、福岡市博多区板付4丁目の路上で「女性が倒れている」と警察に通報があった。
駆けつけた警察官が、女性の自宅とみられる近くの市営住宅を訪れたところ、3階の室内で男女が倒れていた。このうち男性の死亡が確認された。
県警などによると、死亡した男性は40代とみられ、腹部から大量に出血していた。
室内にいた女性は70代ぐらいで男性の母親とみられ、頭を金づちのようなもので殴られ、意識不明の重体。
路上で倒れていた女性は40代ぐらいで男性の妹とみられ、胸を刃物で刺されて重傷だという。
妹とみられる女性は警察官に「自宅で兄に刺された」と説明。
警官が市営住宅に向かったところ、部屋から黒煙が出ていたという。
室内にいた女性は意識を失う前に「息子が引きこもりで、仕事をせえ、という話から親子げんかになった」との趣旨の話をしたという。
県警は死亡した男性が母と妹を襲った後、自殺した可能性もあるとみて、殺人未遂容疑で調べている。
住民らによると、3人はこの部屋で暮らしていた。
同じ棟に住む60代女性は、けがをした女性2人は普段よく見かけたが、男性はここ約10年で1度ぐらいしか見たことがないという。
「(高齢女性は)とても優しい方で自治会の役員をしていた。びっくりしたし、不安だ」と話した。
市営住宅の隣の棟に住むパート女性(71)は、友人からの電話で事件を知り、隣の棟を見ると、同じ階の玄関から黒い煙が出ていた。
搬送された高齢の女性とは5月にも団地の掃除で会ったという。
「ごく普通の方だった。顔見知りだし、ショックです。家庭で悩んでいる雰囲気はなかった」と驚いた様子で語った。
現場の市営住宅は、JR博多駅から南東約4・5キロの住宅街にある。
◆
母と妹襲い男自殺か 2人重傷「生活巡り口論」 博多区
31日午後5時10分ごろ、福岡市博多区板付4丁目の路上で、通行人から「女性が倒れており、家族に殴られたと話している」と119番があった。
博多署によると、女性は「帰宅したら兄に刺されたので逃げてきた」と話し、近くの市営板付南住宅の一室で、男女2人が血を流して倒れていた。
3人は病院に搬送され、男は死亡し、女性2人は重傷。3人は母親と兄、妹とみられる。
署によると、路上で倒れていた40代の女性は、刃物によるとみられる刺し傷が胸にあった。
室内にいた母親とみられる70代の女性は署員に「息子は引きこもりで仕事もせず、注意したら口論になり殴られた」という趣旨の話をしたという。
頭を金づちのような物で殴られていた。
この団地の一室では、署員が駆け付ける直前に、布団などが燃える火災もあった。
死亡した男は腹部から出血しており、署は2人を襲った後に自殺したとみて、殺人未遂事件として調べる。
近所の小学6年の女児(11)は「部屋で友達と遊んでいたら、隣の住民から『火事だから外に出て』と言われた。
頭が血で染まった女性が救急車に運ばれているのを見た。本当にびっくりした」と話した。
一家と長年付き合いのある70代女性は「母親と一昨日に会った際も変わった様子はなかった。
息子さんは10年ぐらい前に1人暮らしを始めたと聞いていたので、戻ってきたのも知らなかった。最近は会っていない」と驚いた様子だった。
▲補足、感想など
冒頭でふれた。
自分の腹を切る勇気があるなら、なんでもできるだろう。
ましてや、自己暗示なんてお金がかかるものでもない。
中村天風さんの本を古本でも探してみて、読んで見ればいい。
「お前は元気になった」「お前はプラス人間になった」「私はなんでもできる」てな「断定的な言葉」で繰り返せばいい—と導いている。
毎日、毎日、毎日、これを繰り返せば、必ず効果があるさ。
いわば、自分で自分自身を騙(だま)しているのだ。
自分で、自分自身を騙(だま)して、いい方向へ転んでいこうという「一種の技術」だ。
こういうことも「教養の一部」なのだろうなぁ。
教養とは、苦しい時、自分を内側から支えてくれるものだ。
そして、こういう「解決策」もあると、家族全員が「常識」として知っていて欲しい。