2020年7月21日火曜日

ホォ、食人鬼・中国人が日本人は、心が冷たくて残虐だとさ。なんたって、残虐ならば食人鬼・中国人には負けるさ


長江・黄河と今、中国は第二の阿片戦争・水害に苦しめられている。
 中国人って、苦しければ苦しい程、追い詰められれば追い詰められるほど、外に向かって、大声でハッタリ・虚仮威しをわめくのだ。

 これがメンツというやつか。他者に弱みをみせたくない、弱みをみせれば、そこをつかれて蹴落とされる---そういう社会なのだろう。
 前近代的な、非科学的・不合理性に満ち満ちた社会ではある。

 まぁ、英国の産業革命に200年も遅れる大のろま頭脳、わざと難解にした漢字という表意文字を単に羅列しただけの漢文という不完全言語で、情報を他者に正確に伝えることさえできない、歴代の王朝での愚民化政策によって今もって、識字率30%で、国民のほどんどが無学文盲、無知蒙昧。おかげで、人食い、ゴロツキ、ヤクザが跋扈する荒涼たる無頼社会、それが中国、中国社会。

 表題の記事をみてみよう。

 日本人は心が冷たくて残虐だ、と中国紙が口汚く紙面上で罵り日本側を呆れされてしまったと判明
2020/07/21 中国 報道

2019年7月、日本は31年ぶりに商業捕鯨を再開した。世界から批判を浴びながらも、日本はどうして捕鯨をやめないのだろうか。中国メディアの百家号は16日、捕鯨を続ける日本人は「心が冷たい」と批判する記事を掲載した。
 記事はまず、捕鯨は西洋でも行われていたと紹介。9世紀にはすでにノルウェー、フランス、スペインが捕鯨を始めていたとされている。西洋で鯨油はかつてランプに使われていたほか、鯨は装飾品や食糧としても貴重だったと伝えた。しかしその西洋諸国でも、1940年に米国が、1963年には英国が相次いで捕鯨を中止するなどかなり早い時期に衰退している。

 ではなぜ、日本は今でも捕鯨を「かたくなに」続けているのだろうか。記事は、クジラは絶滅が危惧されており、人道面からも批判を受けていると指摘したうえで、「日本はそれに対して納得させる理由を提出できていない」と不満を示している。
 記事によると、日本は捕鯨を続ける理由の1つとして「伝統文化であること」を挙げているが、「人道的な行為に符合しない血生臭い伝統など残す価値があるのか」と疑問を投げかけた。また、日本は捕鯨が「純粋な商業活動」だと主張しているが、経済が十分に発達した今の日本に捕鯨という商業活動は必要ないはずだと論じている。

 さらに、現代の日本人は「クジラ肉をたんぱく源とする必要性もない」と指摘。豊かな日本人はほかの肉を食べることができ、しかもクジラ肉は特においしいわけでもなく、捕鯨の必要性が全くないと主張した。最後に「日本はやはり残忍と言われるだけのことはある」と締めくくっている。
 捕鯨に関しては、実際には海外からだけでなく国内からも批判が上がっているのは事実だ。とはいえ、犬でも猫でも何でも食肉にする中国から残忍だと言われるのは複雑な気持ちだ。(編集担当:村山健二)
ソース
サーチナ 2020-07-18

補足、感想など

 このブログでなんどもふれた。
 文化というものは、儚(はかな)い。
 必死で守りぬかなければ、たちまち雲散霧消する。
 中国だってそうだろう。
 どんな社会でも秋には収穫祭があったし、労働する際には、歌があった筈だ。
 日本の地方にある祭りの多くが、今年の豊作を喜んで、皆で感謝するものだ。労働歌として、草刈り歌なんてものがあって歌い継がれている。

 中国はどうだ?
 1960年代の文化大革命などですべて、その手で潰し、後継者達を・歌い手を殺しまくったせいで、なにも残ってはいまい。
 中国のアニメなどで碌な作品ができないのは、こうした文化の蓄積を「自分の手で」「自分の指で」破壊しまくったせいであろう。
 因果応報、自業自得というべきであろう。
 ちょいと、中国のアニメについての文章をみようか。

 -ここから-

中国のアニメ、マジで一つの例外もなく全部クソつまらない
2017/03/11(土) 

最近、家電やPC市場が中韓メーカーに脅かされているように「アニメ界も遠くない未来に中国が技術を身に着けて日本を追い抜いてしまう!」というような危惧する論調をたまにみかける。 
最近は日本でも割りと中国作のアニメが公式で日本語吹き替えされて配信されてるので、日本のアニメを超えるアニメを見れるのなら見た方が得だろいうということで結構いろいろ見てみた。 

で、結果はタイトルの通り、マジで一つの例外もなく全部クソつまらない。本当にひとつの例外もなく。 
中国への激励もこめて大体は最後まで見たが、まあ普通に日本のアニメと同じ枠で放送されてたら余裕で1話切りしてたレベルだろう。 

客観的な指標として、日本で円盤売り上げが1000超えた、もしくは超えそうな、と思えた作品は0個だった。テレビなどでまともに配信されていないというのもあるが、まあ配信されたところで評価は似たようなもんだろうと思う。 
日本文化のパロディや時事ネタ満載の絶望先生やニャル子さんを日本人以外が理解しにくいみたいな現象もあるだろうけど、お硬い作品もパロディやらが少ない作品でもまあつまらない。 

ディズニーなんかはアメリカと文化が違えど日本でも高い評価をされているし、自分は中国のアクション映画が大好きなので文化の違い、として片付けるのは違う気がする。 
大魚海棠のように超作画のアニメをもう既に作れることから『作画』で日本が中国に超えられることはそう遠くない未来にあるだろうが、『作品』として日本のアニメが追い抜かれることは今のところ日本人が鼻くそほじりながらアニメ作っててもまだまだ遠いの未来のようだ。 


 -ここまで-
 
 日本には、2千年分の「日本人の試行錯誤の記録」が残っているのだ。
 これこそが、日本の文学に、歌に、アニメに、その「幅」、その「深さ」をひろげさせているのだ。
 
 話がどこかにいったか。
 クジラを食べるということも、「守り抜くべき日本の文化」なのだ。

 冒頭で中国人の食人ぶりにふれた。
 その記録もみておこうか。

 -ここから-

2016/05/13()

 【513AFP

 中国では文化大革命(Cultural Revolution)の狂乱のさなかに恐ろしい「人肉宴席」の犠牲となった人々がいた。
しかし、文革開始から50年を迎えた中国共産党は、当時の回想も、文革そのものや残虐行為についての歴史的評価も、 包み隠そうと躍起になっている。

 文化大革命は、大躍進政策(Great Leap Forward)で失敗し政敵打倒をもくろむ毛沢東(Mao Zedong)の主導で 1966年に始まった。
全土で暴力行為や破壊行為が10年続き、党主導の階級闘争は社会的混乱へと変貌していった。

まだ10代の紅衛兵(Red Guards)たちは、「反革命的」だとして教師を撲殺。家族間で非難の応酬が起き、各地で激しい 派閥争いも発生した。

 だが、かつて毛沢東について「70%は正しく、30%は誤り」と評価した中国共産党は、文革の下で起きた出来事や責任の 所在をめぐって本格的に議論することを認めてはいない。

 文革時代の最も行き過ぎた行為の一つに、中国南部・広西チワン族自治区(Guangxi Zhuang Autonomous Region)の 武宣(Wuxuan)県で起きた、粛清の犠牲者の心臓や肝臓、性器が食べられた事件がある。

 共産党が文革を宣言した1966516日の「五一六通知」から50年が経過した現在、武宣県にはフローズンヨーグルトを 売る店が立ち並び、こけむした石灰岩の下を流れる川で男性たちが釣りを楽しんでいる。木々の枝には共産党の人民への 貢献をたたえる赤い旗が掲げられている。

 地元住民の中には、飢えではなく政治的憎悪によって武宣県の路上を血に染めた数十件に上る食人行為について、 聞いたこともないと話す人もいる。

 80年代初頭に公式調査を行った主要メンバーの一人は、匿名を条件にAFPの取材に応じ、武宣県では少なくとも38人が 食人の犠牲になったと明かした。「全ての食人行為は、階級闘争があおられた結果起きたもので、憎悪の表現として行われた。

恐ろしく、獣にも劣る殺人だった」

■歴史に「意味はない」

10年間の惨劇の中、広西チワン族自治区では無数の人々が命を落としたのみならず、ぞっとするような残酷行為と悪意が 吹き荒れた」――この調査団の元メンバーは、未公表のままの報告書草案にこう書いている。

AFPが確認した草案には 「首切りや殴打、生き埋め、石打ち、水責め、釜ゆで、集団虐殺、内臓の抜き出し、心臓や肝臓、性器の切り取り、肉のそぎ落とし、 ダイナマイトでの爆破など、あらゆる方法が使われた」とあった。

 1968年には、中学校の生徒たちが地理の講師を殴り殺した後、遺体を川辺に運び、別の教師に強要して心臓と肝臓を 取り出させる事件があった。学校に戻った生徒たちは臓器を焼いて食べたという。

現在、この中学校は移転しており、現役の 生徒たちに聞いても事件は知らないと首を振る。
地元住民らも、知らないと答えるか、口を閉ざすかのどちらかだ。

 事件について議論することを望むごく一部の人々は、記憶が風化する中、町は過去から逃れることに必死だと話す。
ここ数年で 急激に発展する武宣県にとって、歴史は「何の意味も持たない」のだ、と。

■破られた沈黙と当局の抑圧

 ある中国当局者の推計では最大15万人の犠牲者を出したとされる広西チワン族自治区での大虐殺のうわさは、その後15年にわたって
中国全土でささやかれ、ついに当局が調査団を派遣するに至った。しかし、調査報告書が公表されることはなかった。

 外部が事件について知ったのは、ジャーナリストの鄭義(Zheng Yi)氏が1989年の天安門事件後にひそかに資料を国外に持ち出し、 著作「Scarlet Memorial(邦題:食人宴席)」を出版してからだ。同書は中国本土では発行禁止とされている。

 近年になって調査団の元高官も、中国国内での事件に関する認識を深めようと改革派の中国誌に調査結果に関する記事を寄せたが、 当局によってもみ消されたという。この高官は、地元の元共産党幹部から「反党、反社会主義、反毛沢東主義」だと中央に告発され、 自己批判と誤りの修正、謝罪を要求されたとAFPに語った。

 今、中国政府はメディアや世論の統制を強めていると、この高官は言う。「党の権威を確立するため、世論統制を行っているのは明白だ」。
文革開始50年の節目に、党の公式行事は予定されていない。専門家は、当時の回想によって党の正当性が損なわれるのを指導部は 恐れていると指摘する。

 知識と議論に対する抑圧に、現在米国に居住する鄭氏は懸念を強めている。
「掘り下げた歴史分析を中国政府が頑として容認しない現状では、 何らかの教訓を得たと言うことは不可能だ」と鄭氏はAFPに話した。

 -ここまで-