2012年4月7日土曜日

中国人からすれば西洋なんか鳥獣と戯れるサル—か。

▲日本は19世紀後半、イギリスの産業革命から約100年遅れて、西欧化に邁進した。

 明治維新の際、日本は西欧列強に肩を並べたい—という願望だけがあった。この思いが、坂の上の雲そのものだ。

 坂の上に浮かんでいる「白い雲」を見つめながら、細くて長い坂道を登りつづけ、約150年後の21世紀に入った頃、肩を並べたというか、別に西欧諸国に劣等感も優越感も抱かないというところまで来た。

 それはまた、欧米諸国の白人達からも、心の底では有色人種に対する「優越感」をもちつつも、それなりに日本人へのリスペクトを感じるところまできた—ということでもある。

 そういえば、最近、日本人の若者が外国への留学を殆ど希望しない—ということでも分かるであろう。

 外国へ留学することでのメリットを感じなくなったのだ。

 まぁ、欧米諸国の白人達から黄色人種への蔑視というものを奪ったというならば、その栄誉は「日本」及び「日本人」へ与えられるべきであろう。

 まさしく、それは日本の実績だ。

 ところが、これに中国人が安易にのっかろうとする。表題の言いなど、日本のバブル期と同じではないか。

 いや、ならば中国人に聞くけどさ。

 中国人にどういう実績があるのさ?

 以下、記事から抜粋。

 中国サイトの掲示板に「日本の台頭は黄色人種が白人に劣っていないことを 証明した」というスレッドが立てられた。

 当スレッドでは、日本人と中国人が 「黄色人種」と一括りとして論じられることについて議論されている。

 スレ主は、多くの国が西洋諸国によって植民地化された近代でも、日本だけは真の 意味で台頭し、列強の一員となったと述べ、日本の成功は 黄色人種が白人に劣っていないことを証明したと述べている。

 スレ主に対して、ネットユーザーの意見は賛否両論だ。

 賛同する意見としては、

・「日本の台頭は中国の誇り」

・「いいことだ。白人に劣っていないことを証明したんだ」

・「日本は早くから覚醒していたからね。福沢諭吉のような典型的人物が西洋の思想に 賛同したから」

 などの意見があったが、反対の意見も。

・「中国人の台頭では証明できないのか?」

・「誰が差があるなんて言った?数千年の期間で比べたら、中国からしたら西洋なんて 鳥獣と戯れるサルだったんだよ」

 など、中国第一といった意見も見られた。

 しかし、もっとも多かったのは冷静な意見で、

・「人種の優劣を論じること自体、おかしな話だ」

・「人種や文化に優劣はないだろ」

 などのコメントが寄せられている。

 愛国主義者が多くいる一方で、まっとうな考えの ユーザーも少なくないようだ。

 変わった意見としては、

・「日本の台頭は黄色人種の誇り。でも日本が台頭した後は中国の恥」

 全体としては冷静な意見が大勢を占めた。

▲補足、感想など

 フン、いい気なものだなぁ。

 特に、これなんかどうだ。

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 「人種の優劣を論じること自体、おかしな話だ」

 「人種や文化に優劣はないだろ」

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  だとさ。

 →こんなことを言うのは若い人なのかな。

 ここまでくるまでの道のりをしらないのだな。

 まず、マレーシアのマハティール首相の演説から引用してみよう。

 --ここから—

 「日本は、軍国主義が非生産的であることを理解し、その高い技術とエネルギーを、貧者も金持ちも同じように快適に暮らせる社会の建設に注いできた。

 質を落とすことなくコストを削減することに成功し、かつては贅沢品だったものを誰でも利用できるようにしたのは日本人である。

 まさに魔法も使わずに、奇跡とも言える成果を創り出したのだ。

(中略)

 東アジア諸国でも立派にやっていけることを証明したのは日本である。

 そして他の東アジア諸国はあえて挑戦し、自分たちも他の世界各国も驚くような成功をとげた。

 東アジア人は、もはや劣等感にさいなまれることはなくなった。

 いまや日本の、そして自分たちの力を信じているし、実際にそれを証明してみせた。

 もし日本なかりせば、世界は全く違う様相を呈していただろう。

 富める北側はますます富み、貧しい南側はますます貧しくなっていたと言っても過言ではない。

 北側のヨーロッパは、永遠に世界を支配したことだろう。」

(欧州・東アジア経済フォーラム 1992年10月14日)

 --ここまで--

 そりゃ、筆者も日本が日本人が—とか声高にしゃべるつもりはない。
 それでも、アジアの人達からそれなりにリスペクトされるのが当然であろうと思える。

 ついでながら、インドのネール首相のコメントも紹介しよう。

 --ここから—

 インドの初代首相ネールは、次のように述べた。

 「この時、私はまだ16歳の少年だった。
 しかし私はその頃起こった日露戦争、そしてこの戦争における日本の勝利に、非常な感激を受けた。

 私は当時は、日本とロシアの双方について、多く知る所がなかったが、しかし少年の私の胸にも、ヨーロッパのアジアに対する侵略の波を阻止した日本の姿が、アジアの英雄の如くに映った。

 アジアを隷属化せんとする、ヨーロッパの侵略的勢力に対して、当時の日本は、アジアの決意の象徴の如く、立ち上がったのである。

 このときの感激が、私の胸裏にアジアに対する感情を呼び覚まし、やがてインドも独立を達成し、他の民族を助けて、ヨーロッパの桎梏から解放せねばならぬという、自覚を抱くにいたったのである。

 このとき以来、私は常に日本に対して、大きな尊敬を払うようになった」

 --ここまで—

 冒頭で、日本は「欧米列強と肩を並べる」という「白い雲」を見つめながら坂を登ってきた—と書いた。

 それは同時にアジア人に対する白人達からの蔑視という軛(くびき)から脱したいということでもあった。

 21世紀に入ろうとする頃、日本が・日本人が坂を登り切ったが故に、上で書いたような中国人のコメントがあるのであろう。

 日本人の苦労も知らずに--。

 まぁ、これが中国人というものだろうな。