2012年4月5日木曜日

原発の再稼働に賛成する。地元の同意は必要ない。

▲野田さんが原発の再稼働の方針を決めたようだ。

 これに対して大阪の橋下さんが「安易すぎる」として、批判。政権がもたないとコメントした。

 これはなぁ--と筆者は思う。

 そもそも政権がもつ、もたない—という政治的な問題か。

 エネルギーをどこからかもってこないと電車も動かないし、食事の用意もできない。

 そういう社会のシステムが機能するかしないか—という問題ではないか。

 日本という国全体を考えた時、原発を順次再稼働していく—という判断は、正しいし、地元に説明はするものの地元の同意は必要ないというもの当然であろう。

 「フクシマの原発事故を超えて」—というのは、原発の前でお手上げ状態になるということではない、原発というものを・原子力というものを、この人類の手で<もっと言うならば、我々日本人の手で>制御してやろう—と改めて闘志を燃やすということでなければなるまい。

 橋下さんには、その視点が欠けているようだ。

 以下、新聞から抜粋。

 大阪市の橋下徹市長は5日、関西電力大飯原発3、4号機(福井県)の再稼働に向け野田佳彦首相が 同県に協力要請する方針を固めたことに関し「安全性をしっかりチェックした上で動かすという当たり前の プロセスをすっ飛ばした判断だ。

 政権は持たない」と批判した。

 同時に、安全基準をつくる過程が最も重要だとの考えを強調。「(原子力安全)保安院が、 ぱっぱと安全基準をつくって、それでオーケーと判断するなら(政府に)もう統治能力はない」と苦言を呈した。

▲補足、感想など

 橋下さんのコメントは、「アツモノ」に懲りて「ナマス」を吹く—という諺どおりの感じを受ける。

 従前、原発として稼働していたのだから、ほぼ従来通りの点検で「問題なし」であれば充分であろう。

 フクシマの事故の核心は、技術者というものを低く見て、単なる設備保安係のような取り扱いをしていた東電の内部の問題が大きかろう。

 核心の核心は、バックアップの不足だが、リスクを予測できない—技術者の意識の低さであろう。

 --この部分に上でのべた「技術者をバカにしたような、設備保安係としか見ていないような」--東電内部の体質があるのだろう。

 それは、まぁ、他の電力会社も同じかもしれない。

 それでも、昨年の事故を教訓とすれば「バックアップの不足」「技術者の地位の強化」という核心部分も強化されたであろうし、再稼働に対して問題はあるまい。

 大事なことを繰り返したい。

 原発の再稼働とは、

 政権がもつもたない—という表面的かつ政治的な問題ではない。

 社会のシステムが機能するかしないか—ということで、もっと根源的な問題だ。