2011年11月4日金曜日

判決が「死刑」だということと、「死刑」は違憲だとの主張は、まったく別の問題だ。

▲裁判が奇妙な展開となったものだ。

そもそも、死刑制度云々をこの裁判の中で議論するということが間違いなのだろう。

これは裁判長の判断ミスというべきであろう。

もし、死刑制度がおかしいというならば、刑法から死刑というものをのぞく運動を世間に向かって、まずもって、すべきではないのか。この裁判の上で行うことではない。そもそも裁判における「争点」ですらないではないか。

これは、弁護側からみて判決が死刑となる可能性が高いことで、死刑が残虐とかいう論理で、裁判の方向を反らそう(死刑という判決を回避しよう)としたものだろう。

弁護側のなんとも姑息な主張は、もっと世間から非難されて当然ではあるまいか。

以下、新聞から抜粋。

殺人などの罪に問われた無職、高見素直被告(43)に31日、1審大阪地裁の裁判員裁判が死刑を宣告した大阪市此花区のパチンコ店放火殺人事件。

弁護側の控訴により、審理は大阪高裁に移る見通し。

1審では死刑は違憲だとする主張を前面に押し出した弁護側に、遺族らは「事件と死刑の問題は関係ない」「裁判とは別の場で議論すべきだ」と反発。

弁護側は控訴審でも同様の主張を維持する構えだが、 裁判員制度導入後、高裁は1審の判断を尊重する傾向が強まっており、逆転は難しそうだ。

弁護側が「絞首刑は憲法が禁ずる残虐な刑罰に当たる」と主張する方針を明らかにしたのは、公判前整理手続き。

検察側は反対したが、和田真裁判長は弁護側請求の証人2人を採用した。

裁判員法はこうした法令解釈についての判断は、裁判官のみで行うと規定。

一方で裁判員の審理への立ち会いを許可できるとも定めており、 和田裁判長は「意見を参考にしたい」と希望する裁判員の参加を認める決定もした。

しかし、こうした弁護側の主張は、被告への厳罰を求め傍聴を続けた遺族や被害者の強い反発を招いた。

判決後に会見したgさん=(72)=の次女は「遺族にも裁判員にも、余計な精神的負担がかかった」と批判。

nさん=当時(20)=の母も「裁判の本質は違うところにあるはずなのに」と不満をにじませた。

裁判員や補充裁判員からも、「死刑の実態を知る上で参考になった」とする一方、違和感を訴える声が相次いだ。

男性裁判員は「素人では分からない。専門家や国会で議論すべきだ」。

補充裁判員の40代の男性も「遺族の気持ちを思うと、絞首刑の問題と事件とを同じテーブルで話すべきではない」と指摘。

結局、判決は「裁判員の意見も聞いた上」で、これまでの最高裁判例と同様、絞首刑は違憲ではないと判断。

しかも、判例は「絞首刑は残虐ではない」という前提に基づいた合憲判断だったが、今回の判決は残虐性を一部認めながらも「死刑に処せられる者は多少の苦痛は甘受すべき」と踏み込んでおり、 残虐性の立証に力を入れた弁護側にとって手痛い結果となった。

弁護側は判決を不服とし、今月2日に控訴。

最高裁の統計によると、平成21年5月の制度導入から22年末までに裁判員裁判後、控訴審判決も受けた被告は263人。

このうち高裁が1審判決を破棄したのは12人にとどまっている。

▲補足、感想など

どこらに核心があるのかなぁ。

まず、この裁判で「死刑制度」について争うべきことなのかなぁ。

最高裁の判決があるならば、それを踏襲する形で充分なのではないのか。

この地裁での裁判の核心は、被告の行った犯罪が「死刑」に相当するか否か…という一点であろう。

ましてや、裁判員制度の中で行うならば、それ以外の「死刑制度が違憲かどうか」など、裁判での争点でもないし、筋違いそのものではないか。

いわば、弁護側からの撹乱戦法に、裁判長がウマウマ乗ってしまったということではあるまいか。

 被告側は、高裁へ上告するとのことらしいが、まず、被告である高見素直被告の死刑の判決は覆るまい。

筆者は、当然のことだと思うし、この一審の判決を妥当なものと支持する。なお、死刑制度についてこの裁判で云々したのは裁判長の判断ミスだと思う。