2013年2月13日水曜日

世界経済が回っているのは麻生のお陰。


▲もう、20年くらい前かなぁ。
 かわぐちかいじさんの「沈黙の艦隊」というマンガがあった。
 その中で。
 日本の政治家が、ヨーロッパの政府?要人と話す場面がある。
 その要人、曰く。
 「人類の進歩のためになんの貢献もしたことのない日本人から、そんな話を聞こうとは」---とかいうセリフがあって、そうか、日本人とはヨーロッパ諸国のエリート達からそう思われていたのか--と改めて認識した。

 もう、上でふれたように20年程前のことだ。
 時は移り、2008年の夏にリーマン・ショックという世界中を巻き込んだ金融危機が発生した。
 その時、日本は麻生さんが首相だった。
 当時、日本は1990年のバブル崩壊から、15年以上もバブルの後始末に苦労していた。
 ハッキリ言えば、バブル経済の後処理の先達というか、プロだったのだ。

 リーマン・ショック発生後、ヨーロッパ諸国の首脳、アメリカの首脳達も、解決の方向性が見えず、アタフタしていた。
 日本の麻生さんは、上でふれたように既に15年以上もアレコレ苦労していたから、国が資金を投入するしかない—と方向を示した。
 2008年秋から2009年の春にかけて、麻生さんは世界中を飛び回り、各国の首脳たちを説き、世界的な金融危機を今振り返ればあの程度のことに収めた—と言えよう。

 そんな2008年-2009年頃のことが改めて記事になっていた。

 以下、新聞から抜粋。

 安倍総理が、何より麻生氏を信頼しきっているから。
 原因は総選挙時から二人三脚の戦いを繰り広げてきたからに見えるが、長きに渡る“蜜月関係”が横たわっている。

 政治アナリストが語る。
 「麻生と安倍の蜜月関係がスタートしたのは'06年の総裁選時。共に出馬し小泉総理の後継を争ったことからなのです。
 2人はほとんど口を利いたことがなかったが、その際、経済政策通で 麻生の意外な一面に、安倍が舌を巻いた。
 そのため、安倍は総理・総裁に選ばれると、麻生を外務相に登用。
 さらに改造内閣でも幹事長に大抜擢した」

 加えて、この両者の関係が深まったのには、別の理由も存在する。
 それが、安倍総理を驚嘆させた経済手腕なのだ。
 麻生内閣が誕生した'08年に、世界経済を揺るがす「リーマンショック」が起きた、その際に麻生氏は抜群の経済手腕を発揮している。
 「実はこの時、誰よりも早く打開策を発信したのが麻生なのです。

 麻生は同年緊急サミットに乗り込むと、 ブッシュ米大統領らに緊急財政出動論(=国債発行で公共投資する景気刺激策)を展開し、米中仏を従わせた。
 さらにG7(7カ国財務相・中央銀行総裁会議)に、中川昭一財務・金融担当相を送り込み、 破綻寸前の新興国に国際通貨基金から10兆円の融資を引き出させ、世界経済を救った。

 この偉業を称え、海外のエコノミストの中には、いまだに『世界経済が回っているのは、麻生のお陰』 『麻生の国家経済経営論はピカイチ』と口にする」(財務省関係者)
 要は、世界経済救済のために米国を中心に行われた財政出動は、麻生氏がその発起人だったという話だが、 これが契機となってさらに安倍総理は同氏に心酔。

 「完全に麻生教の信者になった」と言われているのだ。
 「そのため、総理になると安倍は麻生を財務相に抜擢。デフレ脱却の総監督に仕立て上げた。


▲補足、感想など
 まぁ、リーマン・ショックの後始末の経緯はそのとおりだろうなぁ。
 冒頭で、ヨーロッパの要人の話をした。
 だから、2008年の麻生さんの活躍は、非コーカソイドたる日本人が、「人類の進歩のために貢献した」--第一歩ではあるまいか。
 なぜ、貢献できたか-と問われれば、バブル崩壊からもう15年以上も苦労していたから—だ。

 このあたり、このブログで何度もふれたなぁ。
 いま一度、明治維新から振り返りたい。
 19世紀後半に日本は、英国の産業革命に約100年遅れて、出発した。
 維新をなしとげた長州・薩摩の伊藤、大久保等の元勲達は、日本が欧米列強と肩を並べる時がくることを願っていた。
 約130年くらいを経過し、21世紀に入ろうという頃に、肩を並べたというか、欧米諸国に優越感も劣等感も感じないタイミングを迎えた。まぁ、雲を見上げながら坂を登り切ったのだろうなぁ。
 そして、2008年にリーマン・ショックが発生。

 日本人が「人類の進歩に貢献するまでに」--明治維新から数えて約140年か。
 一旦、世界の最先端から脱落すれば、遅れた時間以上の時間を掛けなければ追いつけない—ということが理解できる。
 2位じゃ駄目なんだ。最先端でいるためにはなんでもしょう—という気になるな。

 いや、話がそれた。
 過去の麻生さんの活躍に遅ればせながら、脚光があたって、筆者としては嬉しい。