2013年10月10日木曜日

断層評価というものの核心はなにか。

断層評価—って、
 まず、この言葉。なにを意味しているか、理解できるだろうか。

 これは、原発の敷地・地盤内にある断層が、今後50年以内くらいに「動くか」「動かないか」--判断しろという話なのだ。

 こういう理学系の話って難しい。
 実験室で繰り返し、現象を観察できるってものじゃない。
 だから、傍証というか、周囲から推定できそうな証拠を集めて、ぼんやりとした話を少しでも詰めていくしかない。

 上の論議が、「活断層」か、否か—という議論である。

 傍証として、過去40万年前に遡って、動いた形跡がないなら、「活断層」ではない—と、「定義」したもののようだ。
 40万年前に遡って—というところに、この学問の「精度」のようなものを推定できるであろう。

 ここで、少しまとめてみよう。
 原発敷地の断層評価の核心は、今後50年以内くらいに動くか動かないか—ということだ。

 そのことを、次のようにして立証することになった。
 この断層面に沿って、今後50年位以内には「動かない」だろうとの立証とは、過去40万年前に遡って「動いた形跡がない」--という証拠を示せ--となったということだ。

 さて、これが妥当な判断なのかどうか—筆者には分からない。
 ただ言えることは、この断層がこれから50年位以内の動く動かない—を断言できるほど、学問の精度が高くない—ということだ。
 そこで、安全率を高めにとって、40万年前まで調べろ--となったものだろう。

 次に。
 では、「動かなかった証拠」とはなんだろうか。
 断層とは、地盤の割れ目である。周辺から大きな力<プレートなどの動きも一因だろう>をうけて、3次元的にズレたものだ。
 地表面では、数キロとか数十キロの長さとして現れることになる。

 ここでは、既に原発が建てられている地盤内の断層のことだ。
 そんなに大きなものである訳がない。<建築後、探査機能の進化などで見つかったということだろう>

 だから、その数キロ~数十キロと続く、断層の上に、ズレていない部分を見つける—ということが、上の「動かなかった証拠」なのだ。

 火山灰が降下して—とか、過去、海となって上に土砂が堆積して--とか、断層の上に重なる理由は様々だ。
 この断層の上に重なった堆積物の中に含まれる炭素の同位体などから、堆積した年代を推定できる。
 そんな風にして、過去40万年前まで遡ろうとしているのだ。

 以下、新聞から抜粋。

 原子力規制委員会は、北海道電力が再稼働を目指す泊原発3号機(後志管内泊村)の審査会合で、 北電が「原発敷地内に活断層はない」と主張している根拠に不明確な点があるとして、評価の見直しを求めた。
 作業が長引いた場合、審査がさらに長期化する可能性もある。

 原発の新規制基準は、大地震を起こす恐れがある活断層の上に原子炉などの重要施設を設置することを禁止し、 耐震設計上考慮する活断層の範囲を「12万~13万年前以降に活動」と定義。
 ただ、この時代の地層が発見できないときは「最大40万年前までさかのぼる」としている。

 泊原発敷地内の12万~13万年前以降の地層は、建設時に取り除かれている。
 このため北電は「22万年前の火山灰層に変形がない」ことを理由に、その下の断層は活断層ではないと主張する。

 これに対し、規制委は北電が地層の鉱物に含まれるウランから年代を特定したことを問題視。
 この手法は、地層の年代によっては誤差が生じるため、審査官の一人は 「別の方法で年代を確定しないと(他の地層の年代が)信頼できない」と指摘した。


▲補足、感想など

 記事を読んで。
 原発を再稼働させたくないために、様々なナンクセをつけている—と思わないか。
 また、再稼働というものを「規制委員会」で認めて、後でなにかあったら—という恐怖心で一杯だ—という気分が伝わってこないか。

 本来は、原発を再稼働させるか否か—だけの問題なのだ。
 それが。
 原発の敷地内に断層がある → 活断層か否か → 過去数十万年は動いた形跡はない → その数十万年とした検査のやり方がおかしいのではないか   と。

 通常の人には理解できないまるで「迷路」の世界へ引き釣り込んで、原発を再稼働させないように誘導している。
ないしは、再稼働という「決断」をした責任を取りたくない—という気持ちで一杯だ—と感じないか。

 これはなぁ、と思う。
 このブログでなんどもふれた。

 先の大戦の初期、日本は南方の石油を求めて、南進作戦を採用した。それは、日本という国が存立するか否か—という国家の命運を左右するほどのものだった。

 今、記事にあるような規制委員会に、大戦での「南進作戦を採用するか否か」を判断させているようなものなのだ。
 規制委員会では荷が勝ちすぎる。
 だから。臆病になるし、決断に責任を負う「覚悟」がないのだ。

 この決断は、安倍さんがすべき。エネルギー問題は、国家の命運すらも左右するものだ。当然であろう。
 それしかない。

 委員会の人達に責任を押し付けるな。決断の重圧から解放してあげよ。

 それだけの報酬ももらっていない—と、委員会の人達からの声も聞こえてきそうだ。