2016年11月3日木曜日

ネット上には差別的な言葉があふれているとevenki族工作員

差別的な言葉ねぇ。
 じゃ、ありもしない慰安婦を捏造して、日本人を卑しめるおとしめることは、「差別的」なことではないのか。

 他者を攻撃するときはえらく強気だが、逆襲されるとえらく弱くなるのだなぁ。
 そもそも、中国人も朝鮮人も、日本人を攻撃するとき、日本人からの逆襲されるということを考えてはいまい。

 もう、戦後レジームは完全崩壊している。
 今更、日本人は、日本にいるevenki族工作員達にだまされるということはない。ミスリードされるということはない。

 戦後レジームというアメリカがでっちあげた日本人弱体化工作体制の中で、アメリカ人の手下となり調子に乗って、日本人を攻撃・いやしめ続けていたが、戦後レジームが完全崩壊して、日本人からevenki族工作員達を攻撃・逆襲すると、こんどは「差別」たらどうたらという話になるのか。

 そりゃ、ご都合主義というものだろう。
 逆襲されて当然ではないのか。えっ、毎日新聞のevenki族工作員達。

 以下、新聞から抜粋。

熱血!与良政談 差別の歴史を知らない罪

 100年以上前の1903年。大阪で開かれた博覧会に便乗して、民族衣装姿の朝鮮人や台湾先住民、アイヌなどと並んで沖縄県民(琉球人)が「7種の土人」として見せ物扱いで「展示」されたことがあった。
 沖縄では差別や蔑視の象徴だと今も語られる「人類館事件」だ。

 当時、沖縄の地元紙などは「アイヌや台湾と同一視されるのは侮辱」と抗議したそうだ。
 明治政府が進めた同化政策の中で、差別される側もまた差別的になっていく。
 そんなより悲しく深刻な事件としてとらえるべきかもしれない。

 米軍北部訓練場(沖縄県東村・国頭村)のヘリパッド建設に反対する人たちに対し、大阪府警の2人の機動隊員が「ぼけ、土人が」「黙れ、こら、シナ人」と暴言を吐いたのを目の当たりにして、「100年以上たっても、沖縄への差別意識や構造は変わっていない」と怒り、悲しんだ沖縄県民は多かったろう。

 2人の隊員はそれぞれ謝罪したうえで、「言葉の差別的意味を知らなかった」と説明したという。 
 政府が閣議で決めた答弁書でも発言は「極めて遺憾」としながらも、隊員には「『沖縄の人を見下していた』との認識はなかった」とある。
 だが、差別意識はなかったで済ませてはならない。
 あえて言えば、この隊員のみならず、知らないこともまた罪だと私は思う。

 1879年の琉球処分から終戦直前の沖縄戦、そして戦後の米軍基地集中に至る沖縄の歴史を私たちはどれだけ知っているだろう。他の民族に対する差別も同じ。街頭でのヘイトスピーチだけではない。
 ネット上にはどれだけ差別的な言葉があふれていることか。
 それにどう対処するか。結局教育の問題だと私は思っている。

 大阪府の松井一郎知事が「出張ご苦労様」と隊員をねぎらい、「混乱を引き起こしているのはどちらか」と語ったのも看過できない。
 現場では反対派も激しい言葉を警官に浴びせているということなのだろう。
 確かに反対派も人格攻撃のような言葉は慎むべきだ。

 だが「売り言葉に買い言葉」「どっちもどっちだ」と総括してしまうと本質は何も解決しない。
 いや、そうした決着を狙っている人たちもいるということだ。それを忘れてはいけない

補足、感想など

 ふ~ん、与良ねぇ。
 通名であろう。こういう記事なら、本名で書いたらどうなのさ。
 金とか朴とか李ではないのか。

 なんというか。
 戦後レジームの核心部分ってこれなのだ。
 evenki族工作員が日本人の顔をして、日本人のふりをして、もっともらしい記事を書くのだ。

 戦後70年以上もアメリカの手先として、「日本人弱体化」のために、なんとか慰安婦を捏造し、なんとか歴史認識を声高に言い募ってきたのだ。日本人の名前を使い、日本人の顔をして、日本人のふりをして----

 もう、戦後レジームは完全崩壊した。
 日本人が、毎日新聞に潜り込んだevenki族工作員にだまされるということはない。
 日本人は、工作員からミスリードされるということはない。

 もう諦めたらどうだ。
 戦後レジームの中での、日本にいるevenki族 → 日本人をだます人 、日本人 → 日本にいるevenki族工作員にだまされる人 なんて構図が完全に崩壊したのだ。

 だから。
 日本にいるevenki族達は、日本人と「どう距離をとるか」を真剣に考えなければならない—そういうタイミングとなったのだ。

 戦後、日本人を攻撃だけして、戦後レジームが完全崩壊して、日本人から逆襲されると、今度は、「差別」された---か。

 もう、差別された・どうされたから吹っ切れろ。
 上でもふれたように、日本にいるevenki族として、「日本人とどう距離をとるか」を真剣に考えなければならない局面となったのだ—と覚悟すべき。

 いつまでも与良とかいう「仮面」を被らずに、朴たら金たらいう本名で、真っ当なことを言え。
 それしか、生き残る道はあるまい。