2019年12月31日火曜日

隠し剣孤影抄 藤沢周平著  ㈱文藝春秋 1983年11月刊行 感想


なんというか、うまいなぁ—とつくづく感じてしまう。
 藤沢さんの書く時代小説は、他の時代小説の中でひときわ異彩を放っている。
 
 いつものことながら、アマゾンの書評をいくつか転記させてもらおう。

 -ここから-

5つ星のうち5.0 「秘剣」と「深遠な女性心理」の巧みな融合
数々の秘剣の呼称を各作品の題名に付け、その剣技の妙と共に男女の機微を描いた魅力溢れる短編集。特にヒロインの描写が玄妙を極め、剣技が霞む程。旧来の剣豪小説の枠をはみ出した意欲作と言える。秘剣の呼称を「邪剣」、「臆病剣」などと敢えてネガティヴに付けている所も心憎い。
「邪剣竜尾返し」は古代の歌垣を思わせる幻想的な冒頭から始まり、主人公の剣敵の妻の真意を中心として虚実が曖昧模糊としたまま物語が終ると言う奇譚。「臆病剣松風」は「たそがれ清兵衛」を思わせる内容で、ホノボノとした夫婦愛が微笑ましい。「暗殺剣虎ノ眼」は一見平凡な藩の権力闘争と見せかけて、結末でヒロインと読者を闇に落とす手法が卓抜。「必死剣鳥刺し」は主人公の過酷な運命と対比するかのような結末のヒロインの明るさと逞しさが物語に救いを与えている。「隠し剣鬼ノ爪」は木目細かい自然描写を背景に、秘剣の意外な用途、妖艶な美女の悲哀、純情な娘の可憐さが一体となって描かれた秀作。「女人剣さざ波」は既読だったが、何度読んでもヒロインの一途さと健気さに胸が熱くなる傑作。「悲運剣芦刈り」は男女の業の深さを扱ったものだが、秘剣の運命以外はやや平凡か。「宿命剣鬼走り」は二人の藩士と、二人が想いを寄せる尼の数十年に渡る宿縁をミニ大河ドラマ風に描いた異色作。
迫力ある剣技と深遠な女性心理と言う男性にとって魅力的な二大テーマを巧妙に織り交ぜて描いた時代小説の傑作短編集。


5つ星のうち5.0 『武士の生き様』を描いた味わい深い短編集
一撃必殺の技。ただひとりに伝承され、それを受け継ぐ剣客8人。そうした秘剣の継承者でありながら、彼等はほとんどが下級武士で不遇のうちにある。そんな彼らが時に運命に、時に己の心の弱さに翻弄され、その剣を抜く。
彼らの行動とその行く末に、彼らの武士の意地、義を重んじる心、事を前にした潔さといった、『武士の生き様』が真っ直ぐに描かれており、どことなく憧れとも郷愁とも似た想いを感じられるような、味わい深い短編8作が収められている。
個人的には、
・必死剣鳥刺し
・悲運剣芦刈り
・宿命剣鬼走り
に感銘を受けた。この世界観は作者独特の境地だろう。時代小説ファンなら思わず唸る作品だと思う。


5つ星のうち5.0 隠された技、秘められた人間ドラマ
名匠として、時代小説の歴史にその名を燦然と刻む藤沢周平。
その匠の技と魅力とを手っ取り早く知ろうとするなら、この「隠し剣」を素材とするこの短編集はまさにうってつけではないか。
そういえばここ数年、「隠し剣」のシリーズから何本か映画が作られたが、それも納得である。
たしかに映画にしたくなるもの、かつ映画として成功するだけの理由が、ここにはあると思う。
「隠し剣」というからには、日ごろは人に知られていない秘密の剣技である。
なんといってもこの設定の着想が魅力だ。
たとえば、かの有名な佐々木小次郎の「燕返し」であれば、世に鳴り響いた技であっただろうし、どのような技かについて、イメージぐらいは一般にあったであろう。
実際には、その技の詳細を知ることは対戦相手にしか許されず、
ということは知ることはそのまま死を意味したかもしれないにしてもだ。

しかし「隠し剣」の場合、技の正体は不明であり、場合によってはその存在すら知られていない。
というわけで、どのような技なのか、というのがまず謎としてあって、読者をひきつける。
ミステリーなのである。
だがミステリーというのなら、謎としてあるのは、剣の技もさることながら、それ以上にそれにからむ人間たちについてのものだ。
秘技が生まれるには当然それなりの経緯がある。
また、それが秘密のベールを破って使われるとなると、それ以上に人間のドラマがからむ。
こうした事情を明らかにする中で浮かび上がる人間像、その心象風景こそが、つまるところこの短編集について真に魅力的な点だろう。
それはまた、この作家の持ち味が最も発揮される点でもあると思われる。
そう考えると、「隠し剣」という共通項のもとに、さまざまなタイプの技が描かれ、同時にそこに潜むさまざまな事情や人間模様が描かれる「連作短編集」という形式はもってこいである。
バリエーションが実に楽しい。手元において、じっくり読み味わえる本だと思う。
とはいえ気軽に読める話かといえば、必ずしもそうではない。
若い頃はひたすら暗い作風だったというこの作家の物語は、ときに重い。
描かれた真実が心に沁みるわけだが、重さを敬遠する読者があっても不思議はないだろう。
そうなると好みの問題といわざるを得ないわけだが、それでも語りの巧みさは疑いようがないと思う。
特に印象深かったのは、最近、豊川悦司の主演で映画になった「必死剣鳥刺し」。
映画についてはほとんど知らないが、なるほど注目すべき作品なのはよくわかる。
寝る前に読んだのが、翌朝まで深く深く心に残った。

5つ星のうち5.0 著者の技量に感服
 なるほど、うまいものだ。と、当たり前のことを思わされる。
 一見臆病者風だったり、妻の方が強かったり、と、ありがちに思える設定でありながら、みな新鮮だ。
 それぞれ、主人公は、他者の知らぬ秘伝の技を身につけている。だからといって剣豪もの、というわけではない。どちらかといえば人情ものだ。
 何と言っても書名がいい。
 作者が考えたのか、編集者が考えたのか知らないが、「秘剣」や「秘伝」などと言わず「隠し剣」というのがいい。
 また、「孤影抄」というのも雰囲気が出ている。
 およそ3ヶ月に一作のペースで執筆する力量には驚くばかりだ。

 -ここまで-

 鳥刺しと、鬼の爪は、映画になったと記憶する。
 「一撃必殺の技。ただひとりに伝承され、それを受け継ぐ剣客8人。そうした秘剣の継承者。そんな彼らが時に運命に、時に己の心の弱さに翻弄され、その剣を抜く。彼らの行動とその行く末に、彼らの武士の意地、義を重んじる心、事を前にした潔さといった、『武士の生き様』が真っ直ぐに描かれて
 --このあたりだろうな。
 武士としての誇りとか意地とか、--そんなものが筆者の胸に届く。