▲おかしい—というのも、妙な表現ではある。
どこにひっかかるか—というと、普通に教育を受けてこういう反応をするかな、と思うのだ。
日本人なら、また、理系の人間ならまずこういう反応をしない。
なにか、中国人って妙に情緒的・感情的だ。
ものごとを突き放してみることができない。
妙な感情を抱えたまま、反応する。
韓国人に実によく似ている、いや、朝鮮半島の人間が中国人に似ているというのが本当なのだろう。
明治のはじめ頃、日本に軍事を教えに来た西欧のお雇い外国人が最も嫌がるタイプの人間だな。
報告に感情を入れるな、と。
知的正直を守れ---、平易に言えば、ウソをつくな--ということだ。
明治のはじめ頃の日本人も今の中国人に似ていたのだろうな。
だから。
感情が絡んだ対応というか返事をしたのだろう---その部分をお雇い外国人は、口がすっぱくなるまで直させたという。
以下、中国の新聞から抜粋。
李克強氏の「中国はボールペンのボールすら作れん」発言が話題
「中国はボールペンのボールすら作れない」。
中国の李克強首相が今年、会議で語った言葉がネット上で話題を呼んでいる。
「言われるまで知らなかった」や、「原子爆弾は作れるのに、ボールペンのボールすら作れなかったのか」「日本製のボールを使っているのに、当の日本は原爆は作れない」などとの書き込みが見られるなど、反応が出ている。
李氏はこのように発言した。
「中国は昨年、鉄鋼が生産過剰だったが、それでも高品質で特殊な鉄製品を輸入しなければならなかった。我々は生産の質を高める能力が備わっていない。
例えば、ボールペンのボールすら、輸入に頼っている。今後、調整していく必要がある」
この発言について補足説明によると、中国では年間400億本のボールペンが製造されているが、1本当たりの利益は1分(約2銭)にもならない。それは、ボールペンのボールなどの部品は日本が製造したものを輸入しているから。
李氏は中国が、製造大国として生き残るには、独自の技術による、独自の製品を生み出す必要があることを強調。
李氏が嘆くのも無理はないが、ネットでの反応が面白い。
「作れないのではなくて、作らないのだ。なぜならば、あまりにも利益が小さすぎるからだ」とか「中国にとって、ボールペンのボールなんかよりも、ロケットや高速鉄道をつくる技術の方が重要だ」これらは、どちらかというと“負け惜しみ”派のコメント。
次は「李克強は中国の首相なのに、中国がお嫌いのようだ。だったら、ボールペンのボールを作れる国へ行ってしまえ」「でも日本は核爆弾一つ造れないけどね」「日本製品のボイコットを叫ぶ人々は、使い捨てライターやボールペンすら使えなくなる」と。
▲補足、感想など
中国人の反応をみると、冒頭でふれた「感情を絡めるな」という意味が理解できるであろう。
はっきり言って、こういう反応をする人間は、まともな科学者とはなれない。まともな技術者にはなれない。
これは、そもそも、中国での教育のシステムがおかしいのだ。
こんな人間ばかりを卒業させて、独自の技術、独自の製品など生まれてくる筈もあるまい。
独自の技術たら、独自の製品たら言う前に、初等教育から大学までの教育のシステムを見直せ。
知的正直の価値を見直せ。
科学的思考の価値を見直せ。