2014年12月1日月曜日

中韓の反日にどう向き合うか--。

こんなテーマでまともに議論するような話か—と思う。
 そもそも、中国も韓国も「議論」なんぞする気なんて、さらさらない。
 彼らのは「声闘」なのだ。

 中国人・韓国人は声闘をしているつもり、日本人は議論しているつもり—このギャップが様々な日本と韓国・中国とのトラブルを産んているのだ。

 日本人も、堂々と声闘をせよ。
 声闘とは、相手に向かって悪口雑言をわめきたてることだ。罵りつづけることだ。
 相手に倍するほども、罵り続ければいいいことだ。

 以下、新聞から抜粋。


 保✕正康 ノンフィクション作家 昭和14年(1939)。同志社大学文学部卒業後、出版社勤務を経て、ノンフィクション作家。

 昭和史の泰斗が、日中韓で燃え上がるナショナリズムの実体について分析。
 背景にある歴史問題を直視し、憎悪の連鎖に歯止めをかける提言を行う。
 そして、健全な日本人のナショナリズムのあり方についても示す。

 今、中国や韓国との関係の中で緊張感をもって語られているナショナリズムは、より上部のものです。
 国家と国家の間のナショナリズムです。
 おまえたちの国は、戦前・戦中、どうしたこうしたと言ってくるわけです。

 しかし、hさんと私の対談本『日中韓を振り回すナショナリズムの正体』でも言ったんですが、私たちは、中国・韓国との関係を考えるとき、3つのベクトルで考える必要がある。
 この3つのベクトルの中でナショナリズムの妥協点を作らないといけない。

 ベクトルのひとつ目は、国家・政府間のもので、A層にくくっています。
 政府間の外交交渉、あるいは政府間の交流。
 1国と1国のやり取りになる。

 で、A層のやり取りは、基本的に法的関係。公的に、決着をつけなければいけないことは決着をつける、ということになる。
 お互いに、それぞれの関係を、どの時期に、どういう形で清算していくのかという問題です。

 できているにも かかわらず、それでも理解し合っていないのであれば、それはそれできちんと議論しなければいけない。

※友好的な層が多い

 2番目のB層は、普通人の普通の付き合い。
 中国が以前、日本人に対するアンケート調査を全国的にやった。
 各省、年代別、知識人別、職業別などにやりました。
 3万人をベースに抽出して、分析をした。

 6割以上の中国人が、日本人は嫌いだ、信用しないと答えた。
 3割の答えは、日本人は信用できる、日本人と仲良くできるという。

 で、日本人に友好的な3割のほとんどは、日本人の友だちを持っている人、日本に行ったことある人、日本と交流がある人なんです。
 
 ここに重要なカギがある。
 普通の人との普通の交流があり、仕事やいろんな分野で付き合う。
 相互の間に、「そうか」っていう肯定も起きるんですね。
 それがB層です。

 3つ目のC層、深く考えないで嫌悪だけをむき出しにする人たち。
 中国で言えば、中国政府がちょっとあおったら、暴動まがいのデモをやって、「シャオリーベン(小日本)、シャオリーベン」って叫びながら日本のスーパーを襲って、モノを盗む。
 チンピラのレベルです。

 A層、B層、C層の3つがあって、B層がお互いに理解し合っていれば、友好が生まれるし、お互いのナショナリズムを相互に認め合うということもできる。
 そしてA層、C層をたしなめることも可能になってくる。
 この真ん中の層を固めるというのが、大事だと思う。

※子どもは一緒に遊んでいる

 私も、韓国や北京に行ったりします。
 45年前、北京にいる私の日本人の友人は、子どもを地元の小学校に入れていた。
 中国人と一緒に学ばせていた。あるとき、学校の先生から電話がかかってきた。

 「明日は南京虐殺の話をしますから、来ないほうがいいと思うよ」と。
 でも、私の友人は「私の子どもは日本人ですけど、歴史を学んじゃいけないんですか」と言ったそうです。

 そして、子どもは翌日学校に行きました。その日、彼の子どもは頭に23個、こぶをつくって、泣いて帰ってきました。しかし23日すると、子どもはまたワァーと中国人の子どもたちとみんなで遊んでいたそうです。
 で、彼は、それでいいんだと言うんですね。23発、ぶん殴られても……。

 教師から、明日「南京虐殺」を教えるから来ないほうがいいよって言われたからといって、行かないほうがむしろ不自然なんだというのです。
 ほんとうに親しくなるんなら、行かせる。
そして、中国人がどんなことを言うのか聞いて、それで案の定、ぶん殴られ、蹴られ、こぶまでつくって、泣いて帰ってくる。でも、それでいいんだと言うんですね。

 私はその話をその友人から聞いて、「お前はいいことをした」と言いました。それがやっぱり、付き合いの原点になるんだろうなぁと。
 教師の言うとおり行かなかったら、行かない次の日に、また袋だたきに遭うだろうし、尾を引くだろう。けれど、行って、殴り合いのけんかをしても、23日すると、またこれが直って、またみんなとワァ~イって遊んでいる。

 きっと「こいつの国に昔、こういうことがあったんだろうけど、こいつがやったんじゃない」というふうな了解点を、子どもなりに作るんだと思います。
 それが大事だと思いますね。それは耐えるべきもので、逃げてはいけない経験だったんですね。

 その友人の考えこそが、B層の、お互いの相互理解を目指すレベルです。そういう付き合いが大事だと思うんです。

※中国の歴史博物館で謝罪しなかった理由

 私は中国の平頂山の記念館に行ったことがあります。
 それを見ていた僕の説明員に「保阪さん、どう思いますか?」と尋ねられたので、こう答えました。

 「この行為を人間として悲しいとは思う。けれど、僕がこの行為をやったわけではない。だから謝らない。事件当時、まだ生まれてもいない僕に行為の責任はいっさいないし、僕は日本人を代表しているわけでもないから、謝るのも妙なことです。

 ただ、2度とこうしたことはしない。もし日本がこんなことをまたやるような国になりそうだったら、命を懸けても抵抗する。止められるかどうかは別にして、とにかく、努力することだけは約束します」
 そうしたら議論になりました。僕は招待で行ったんです。
 招待で行くということは、彼らからすれば、まあ、謝るまではいかなくても、それに近い感想があってしかるべきだと思ったんでしょう。
 でも、僕は「決して謝らない。謝るということは、かえって失礼にあたる」と言いました。

 で、中国の人は、初めは怒っていました。「中国人を前にして言う言葉ですか」っていうわけです。
 そこで、「え! そうしたら、僕は中国人のあなたといるとき、日本人としてずっとあなたに謝らなきゃいけないんですか?」と言い返しました。
 中国人の説明員は「少なくとも中国人の前に出たら、そうでしょう」というようなこと言います。

 私はそこで、私たちが本当に取るべき態度は何なんだろうと考えました。

 確かに僕も少し涙が出てきました。けれど、それと歴史の中でどういうふうに付き合っていくかというのは、別だと思うんです。

 でも僕は、謝るか、謝らないかといった問題にすること自体、おかしいのではと思います。
 たとえばアメリカの記者から、広島へ連れて行ってくれませんかと言われて、広島の原爆ドームへ行ったとき。僕が「あなた、これを見て、どう思う」って聞いたら、彼は「原爆ってすごいよね。こんなだったんだね」と答えました。

 僕がそのとき、アメリカ人に「あんた、謝れ」って言わないですよね。「あなたの国が投下したんだから謝れ」って言ったら、彼らは何と言うでしょう。「え! なんで僕が謝るの? そもそもなんで、あの戦争が始まったのかという話になっちゃうよ」っていうことになる。

 つまり、謝るか謝らないかという問題ではない、ということですね。
 歴史の中のそういった事実を、自分の中でどうやって自立して考えるかということだと思うんです。
 そういったことが、ナショナリズムの根幹にあるんだと思う。

 私の考え方は、ちょっと右翼的ではないかと思われるかもしれません。
 でも、私は右翼じゃありません。確かに保守的ではあるけど、歴史修正主義者でも右翼でもありません。


▲補足、感想など

 この文章、なんだろうなぁ。
 これを書いた保✕さんてなにものだろう?
 
 自分で「昭和史の泰斗」とかいうのか。
 うさんくさい文章だ。

 冒頭でもふれた。
 中国は、声闘をしているつもり、日本人は議論をしているつもり—だろうな。
 いや、この保✕さんという人は、中国人からの声闘を、声闘としりつつ、日本人からは議論と見えるように、日本人をミスリードしてやろう—という魂胆があるのだろう。
 <そういえば、近頃、中国は、自国の不動産バブル崩壊を視野にいれて、日本人を懐柔してやろう--という動きがある。この文章も中国の意を受けて(お金も?)のものかもしれないな。>

 南京なんとかにせよ、平頂山なんとかにせよ、どれだけの捏造話やら分かりはしない。
 組合関係の日本人が見に来た—とかなっているが、殆どが日本にいる朝鮮系洗脳工作員達であろう。

 声闘ならば、罵られたら、それに倍するだけ、罵りかえせばいいこと。
 そもそも、英国の産業革命に200年も遅れる大ノロマ民族を、まともに相手にするなよ。

 1980年代からの反日政策も、おそらくアメリカのキッシンジャー補佐官に江沢民さんがそそのかされて始めたことだ。

 <ついでながら、このあたり、日本と中国が近づくことをアメリカが恐れた--ということがよく分かるであろう。しかも、1980年代から仕込んでいるということに注意して欲しい。日本プラス中国のgnp がアメリカのそれを越したら、基軸通貨国という国際的な地位を中国プラス日本に奪われてしまう--と考えたのに違いない

 江沢民さんは、戦争時、日本の特務機関に協力していた人の息子だ。
 漢奸の息子という自分の出自の恨みと、共産党独裁の弊害に対する中国国民からの怨嗟を「日本憎し」というガス抜きで、晴らそうとしただけではないか。

 そんな中国国内向けの政治的な反日政策に対してまともに反応して、この人が「昭和史の泰斗」ねぇ。
 なにか、いいそこ間違いではないのか。