2014年8月1日金曜日

麻生さんのakb発言。

なにかというと、akb48についてのコメントのことだ。
 麻生さんの言いたいことの骨子は、例えばヨーロッパにおける「エリート主義」と、日本でみられる「その他大勢主義」との比較だと思えるのだが、その解釈がはずれてきているようだ。

 こういう風に導いて、で、どうしたいのだ?

 以下、抜粋。

 「AKBには1人では一級品はいない」という麻生副総理の発言が、広がりを見せている。
 「講演会で、麻生さんは『日本人は体格的には劣位でも、まとまったときは間違いなく強い』というたとえとして、 なでしこジャパンAKB48を上げた。
 『一級品はいない』直後に『まとまったらいい』と付け加えています」

 ただ、麻生氏はこう“ダメ押し”している。
 「プロポーションもいい、歌もいい、顔もきれいと、みんな言う。しかし、“せーの”でまとまったら必ずAKBだ」
 微妙な表現である。

 「麻生氏だけに『またか』と問題視する向きもあるにはありました。
 でも、経済再生、地方の活性化をテーマにした話のなかで、ユニットとして人気を誇るAKBに日本の底力を見たと、 麻生氏なりにAKBを評価していることは伝わり、『たまにはいいことを言う』と支持する人が多かった」

 とはいえ、「一級品はいない」と言い切られて、関係者たちはどういう思いなのだろうか。
 芸能プロ関係者はこう解説する。
 「彼女たちはアイドルとして選ばれ、AKBのメンバーだから人気があるわけ。 1人の芸能人として特別優れているわけではなく、それは当人たちも自覚しているはずです」

 実際、卒業していったメンバーたちの苦戦は続いている。
 「sが関わっていたアパレル会社が破綻して騒がれ、女優に転身したoはもっぱらoとの熱愛が話題になるだけで、 仕事の方はAKB48時代の人気に相応しい成功は収めていません。

 oが女優としてどこまで伸びるかは未知数ですが、 トップに立つのは生き残るのも並大抵ではありません」
 麻生副総理の鼻を明かす一級品の出現が待たれる。


▲補足、感想など

 ヨーロッパの科学技術などの進展に行き詰まりが見えているのは、階層社会とそれをベースにしたエリート主義というものが原因であろう。
 エリート主義に対比されるものは、日本での「その他大勢主義」とでも言うべきものか。

 この理屈をもうちょいと数字で表現してみようか。

 ここにヨーロッパのある国があって、10人の国民がいる。
 対して、日本は同じく10人の国民がいるとする。

 エリートというものは、どんな国どんな民族でも数%存在している。

 ここでは、ともに2人としよう。
 エリートだから、当然能力は高い。ヨーロッパでは10点満点中8点としよう。日本は7点だ。
 問題はエリート以外(要するにその他大勢ということ)だ。ヨーロッパでは4点ぐらい、日本では6点としようか。

 これで、能力の総合点はどのくらいだろう。

あ、ヨーロッパ  8✕2人=16  4✕8人=32 合計 48
い、日本      7✕2人=14  6✕8人=48 合計 62  ぐらいか。

 これが、日本とヨーロッパとの違いであり、「差」なのだ。
 いい加減な数字を当てはめて妙な結論へもっていくなよ--てな言葉が聞こえそうだが、そうピントの外れた推論でもあるまい。

 上の推論をみて分かるように、エリートだけを比較すれば日本は負けてしまう。
 でも全体をみていると、ヨーロッパに10点以上の点差をつけて勝つ。<その理由は上の推論で分かるように、その他大勢の人達のレベル・能力の高さだ。これこそ、麻生さんが指摘したかったことだ。まぁ、ついでながら、ヨーロッパの人達が日本人と真っ向勝負しても勝てないな--と感じている理由でもあるのだ>

 ここで対比しているのは、「エリート主義」と「その他大勢主義」だ。
 それは、また、上の例示で分かるごとく、ヨーロッパと日本との違いであり、また欧米の芸能人と日本のakbを比較する場合に利用してもそうおかしなことでもあるまい。

 だから。
 決して、akb を貶(おとし)めている発言ではない。

 「その他大勢主義」こそ、日本の生きる道だと麻生さんは言っているのだ。