2016年8月5日金曜日

大笑い。日本政府の申し訳ないを捏造慰安婦は待っているとさ

なんのことやら。
 日本人・日本は、未来永劫、捏造慰安婦に対して謝罪も賠償もしない。

 あれっ、すべてを言ってしまった。
 まぁ、いうなら勝手だ。お好きなだけ言ったら。

 えっ、申し訳ないを待っている  申し訳ないを待っている 申し訳ないを待っている 申し訳ないを待っている 申し訳ないを待っている 申し訳ないを待っている 申し訳ないを待っている 申し訳ないを待っている 申し訳ないを待っている 申し訳ないを待っている 申し訳ないを待っている----
 いくらでもどうぞ。

 以下、新聞から抜粋。

 小説『一人』は、日本軍「慰安婦」被害ハルモニの生存者がたった一人になった時点を想定。
 小説が始まると、主人公の「彼女」は二人だった慰安婦被害者のうち一人が昨夜亡くなり、残った被害者が一人に減ったというニュースを聞きながら、つぶやく。「ここにもう一人が生きている…」

 小説の結末は主人公が人工呼吸器に頼っている最後の生存者を探しに出かける場面だ。 
 家を出るまでの数日間、80年間にわたる傷と怒り、羞恥と絶望の歳月がよみがえる。

 13歳の時、カワニナを取っている最中、男たちに捕まって満州へ連いかれた主人公のプンギル。  慰安所を運営するおばさんから軍人を相手しなければならないと言われ、世間知らずだった少女は、それから7年間、慰安所生活を耐えなければならなかった。

 作家は慰安婦被害者の証言を記録したパンフレットや記事、映像ドキュメンタリーなどに目を通し、慰安所の悲惨な実態を再現した。
 被害者ハルモニたちの経験と発言を小説の随所に盛り込むことで、この作品が慰安婦問題の客観的真実に近づくように努めた。

 当事者たちの証言に基づいた慰安所生活の描写は、悲惨で無惨極まりない。
 「証言集から捉えた実状を可能な限り刺激的すぎないように、書こうと務めた」と作家は言っているが、そうして作家のフィルターでろ過された叙述と描写にもまた、耐え難いものがある。

 言うことを聞かないからとの理由で、ムチや付け木、金串で殴り、熱した鉄の棒を膣に入れてえぐる慰安所の管理者や、自分の性器がうまく入らないとして、幼い少女の性器を小刀で切り付ける将校、 結核で死んだ仲間の遺体が焼かれる最中にも、軍人たちを相手しなければならなかった少女たち、耐え切れず逃げ出し、憲兵隊に捕まって足を切られる主人公…。
 獣以下の生活を耐え抜くために麻薬に溺れる人や、自ら命を絶つ人も少なくなった。

 そんなに地獄のような7年の歳月を送り、戦争が終わってから国境を越えて故郷に帰るまで再び5年。
 13歳で離れた故郷に25歳となって戻ってきたが、戸籍簿にはすでに死亡届が出されており、故郷の家にはもう居場所がなかった。

 「日本軍慰安婦というと、よく知っている存在だと思われがちですが、実は私もちゃんと分かっていませんでした。証言集を読みながら新たに知った事実が多いです。この小説で読者に慰安婦被害者たちのことをきちんと知らせることができるなら、本望です」

 今月3日、日本大使館前の少女像を訪れた作家は、最近発足した「和解・癒し財団」について、「被害当事者たちが排除されたまま一方的に進められた点で、話にならない。ほかの誰よりも当事者たちが当惑しているだろう」と話した。

 「すべてを、最初から最後まで全部憶えていたなら、今日まで生きられなかっただろう」
 主人公はこう思う。
 彼女はさらに、「満州の慰安所でのことなら、何も記憶したくない」と憤りを隠せないながらも、「認知症になって自分が何も思い出せなかったら、どうしようと思う」。

 被害当事者の記憶闘争が真相究明や事態解決の鍵という事実を、ここでも確認できる。
 時間と争う記憶や証言の切迫さを強調した「一人」という題名も、同じ文脈で考えさせられる。
 小説の前半と後半には「神様も代わりに言ってあげられない一言」という表現が相次いで出てくる。

 前半では「その一言を聞く前には絶対に死ねないと言っていた」同僚の慰安婦被害者ハルモニの話として登場し、後半では主人公の独り言として繰り返される。
 「自分に起きたことを許せない」と何度も言っていた主人公が「その一言を聞いたら許せるかな?」としながら、物思いに深ける場面だ。その一言とは何だろうか。

 小説では明らかにされないが、慰安婦被害者が加害者である日本政府から待ち望んでいる一言、「申し訳ない」だ。
 主人公が生涯隠してきた慰安婦被害事実を公開しようとする小説の結末部分でも、「いまだに怖い」としながら思いとどまろうとする場面は、加害者の謝罪を引き出し、他人に理解してもらうまで、彼女がそして人類共同体が目指すべきなのは依然として長い道のりであることを示している。

 チェ・ジェボン先任記者

補足、感想など

 まぁ、と思う。
 息をするようにウソを吐き出す民族ではある。
 自分で自分のウソに酔う・虚言症ではあるまいか。

 朝鮮半島は、昭和10年代、日本が統治していたが、無法地帯ではない。
 ある日、13才の少女がいなくなって、大騒ぎにならない訳がない。
 記事の文章では、「誘拐」ではないか。

 当然、少女の両親は必死で探すし、警察は誘拐事件として捜査する。
 ところが、記事では、すぐに慰安所で働くことになるのだ。
 誘拐されて、慰安所へつれていかれたならば、両親も探しにくるし、警察がそんな慰安所の存在を許すわけがあるまい。

 13才の少女の失踪 → 慰安所で働く → 両親も警察もでてこない ---この不可思議な現象をうまく説明できる方法は一つしかない。
 それは、この少女の両親が、高額な前払金を受け取って、自分の娘を民間の女衒業者へ売り飛ばしたということだ。

 さらった男というのは、民間の女衒業者に雇われた男たちであろう。
 だから、警察沙汰にならなかったのだ。
 文中でああされた、こうされた—てな部分があるが、それは女衒業者とそこに雇われていた売春婦達の間でのトラブルであろう。

 で。
 この流れの中で、どこに日本政府が出てくるのだ。なにも関係ないではないか。
 まぁ、売春という仕事であるから、需要という意味で日本軍という若い男性の多い場所に、慰安所というものがあったであろうが、それは需要に対する供給ということでしかない。
 当然、日本軍兵士達は、キチンと報酬を支払ったであろうから、「仕事」として成立しているではないか。

 どこに日本政府、日本軍との間で、トラブルがあるのだ?
 オランダに飾り窓の女という売春婦達が存在するが、飾り窓の女達が、お客様に対して、被害がどうたら言うか。

 ああされた、こうされた—というなら、自分の両親に対して、民間の女衒業者に対して言うことだ。
 申し訳ない—と元慰安婦達にいう人間は、少女の両親及び女衒業者ではないか。
 日本政府、日本軍になにも関係もない。

 また、こういう元慰安婦に絡むこともふくめて、1945年までの日本と朝鮮半島の間での、一切合切が1965年の日韓基本条約で完全に解決済みだ。

 いまさら、日本はなにをする必要もない。
 謝罪? 賠償? 申し訳ない? なにそれ、美味しいのか。

 ウソ吐き民族国家=韓国は、日本が見捨て縁切りした国家だ。
 関わらない、教えない、助けない-どうでもいい国だ。

 さらば、韓国。
 さらば、日本にいるevenki族工作員達。
 戦後レジームは楽しかったよ。