2015年1月31日土曜日

安倍首相はどんな気持ち?--と韓国人。

いや、それは。
 えっと、なんだっけ、筆舌になんとか—の経験をされた方だから--なんとか、と言うさ。
 政治家であるし、日本を代表している限り、まぁ、言うのは上のような文言だろう。

 でも。
 そもそも、こんな捏造話に、まともに対応する必要もない—と考えている。安倍さんは。
 当然であろう。

 戦後、半世紀以上にも及ぶ戦後レジームの中で、韓国政府と日本にいる朝鮮系洗脳工作員達の間で、でっちあげられた捏造慰安婦騒動を、まともに対応する必要がどこにあるのか—と、安倍さんも日本人全体も考えているのだ。

 なんせ、朝鮮系工作員である河✕洋平さんとかが一枚噛んだ話ではないか。
 戦後レジームが崩壊した今でも、捏造は捏造なりに歴史があるものだから、表面的には「筆舌に尽くしがたいなんとか」てな表現をせざるを得ないだけだ。

 でもまぁ、筆舌がなんたらと表現としては大袈裟ではあるが、中味はなにもない—ということに気がつかないか。

 要するに、安倍さんも日本人もこんな捏造話、その程度にしか考えてしないということだ。

 以下、韓国の新聞から抜粋。

 2015128日、韓国・ソウルの日本大使館前で、亡くなった元慰安婦ファン・ソンスンさんの追悼式が開かれた。
 追悼式には約300人が参加。

 式に参加した元慰安婦のキル・ウォンオクさんは「慰安婦被害者が全員 死んでしまう前に日本政府に謝罪してほしい。
 そして、私たちはチョウのように飛んで、安らかに この世を去りたい」と語った。

 韓国政府の認定を受けた慰安婦被害者は238人。
 ファンさんの死去により、生存者は54人となった。

 これについて、韓国のネットユーザーは以下のようなコメント。

 「慰安婦問題への関心がどんどん薄れてきたことが悲しい」
 「安倍首相はこのニュースをどんな気持ちで見ているのだろう?」

 「日本政府は必ず反省し、謝罪してくれると信じている」
 「慰安婦問題を解決しない限り、日本に明るい未来はない」

 「慰安婦被害者たちは高齢で、多くの時間は残されていない。言葉だけでなく、日本製品不買運動など、 行動で訴えるべきだ」
 「ドイツと日本は同じ先進国なのに、歴史に対する姿勢はどうしてこんなに違うの?」

 「過去は過去として受け入れよう。被害者のおばあさんたちはかわいそうだと思うけど、慰安婦問題に よって日韓関係が悪化することの方が問題だ」


▲補足、感想など

 慰安婦とは、戦場出張売春婦のことだ。
 昭和30年頃まで、売春は合法であった。
 だから、慰安婦達は、それなりの職業婦人であり、仕事に対してはキチンとした報酬を受けていた。

 また、日本軍に基地近くに慰安所があったが、それは民間の女衒業者が運営していたもので、日本軍が関与していた訳ではない。

 だから。
 日本政府が、日本軍が謝罪のどうのこうの—なんてことは一切必要もない話なのだ。

 要するに、ことの核心は。
 ここまで、捏造慰安婦騒動が大きくなったのは、戦後半世紀以上にも及ぶ「戦後レジーム」と呼ばれる日本国内にいる朝鮮系洗脳工作員達による「日本人洗脳工作」「世論誘導工作」の中で、でっちあげられ、それに韓国等が加担して、大きくされてしまったものなのだ。

 2014年という年に、この戦後レジームが完全崩壊した。
 もう、日本人は、日本にいる朝鮮系洗脳工作員達(新聞テレビにでて偉そうにしゃべる朝鮮系の記者、論説委員、大学教授、国会議員、コメンテーター、義務教育を中心とする教師達)の言うことなど、まるっきり信用していない。
 もう、騙されない、ミスリードされない、扇動されないよ。

 戦後レジームというものは、日本-韓国-アメリカ という三カ国の枠組みの中で、機能していた。
 戦後レジームが崩壊すると、この枠組がリセットされたのだ。
 日本は、韓国という国を見捨て・見放した。アメリカは、日本という「虎」が千里の荒野に放たれることを認めざるを得なくなった。

 戦後レジームが終焉したことで、今、日本は韓国・アメリカの影響を排除した「新レジームを構築中」だ。
 その直接の成果が、この夏に発表されるであろう「安倍談話」だ。

 この談話は、上でふれた「新レジーム」を構築する「決意」を述べる形になろう。
 戦後レジームの崩壊とともに、日本の先の大戦の長い長い「戦後」というものも終焉した。
 いま、日本はポスト戦後レジーム、ポスト戦後—という位置にいるのだ。

 日本は、これから、独自色を強め、自身の判断で動くようになる。
 中国はいま、不動産バブル崩壊寸前、韓国・アメリカはそれぞれの大統領がレームダックを続けている。
 安倍一強時代というものは、日本でも、もしかして世界でも—ということになるのかもしれないな。

 ここは、まず、慎重にことを運ぼう。