▲谷垣さんという人を、自民党総裁であった時は、筆者はそれほど評価しなかった。
選挙後の連立相手を考えていない—とか、昨年、野田さんとの間で「確約」なんぞという言葉を使う--「甘さ」が政治家としては能力不足を感じていたからだ。
しかし。
安倍政権での「法相」としての活躍をみていると、能力がどうこう—ということより、ある「覚悟」を感じる。
どういう覚悟か—判然とはしない。
安倍さんと同じように、「この国のために全てを捧げる」という感覚に近いものだろうな。
将来、毀誉褒貶がどうであろうと、今、目の前にある仕事に全霊で打ち込む。今、決断したことにつき、将来、責めをうけてもこれに黙って耐える—そんな覚悟だと思える。
今日、死刑が執行された。
以下、新聞から抜粋。
2人の死刑囚の刑が12日執行された。
執行は今年4度目。
2~4か月に1回のペースで計8人の刑を
執行した谷垣法相は記者会見で、死刑に批判がある
ことについて「死刑は国民が支持している。
現状、死刑制度を
維持していくことに変わりはない」と述べ、今後も粛々と執行を
続ける姿勢を示した。
「いずれも身勝手な理由で人命を奪っており、遺族にとっても
無念この上ない事件だ」。
谷垣法相は、
淡々とした表情で執行の理由を説明した。
確定死刑囚は2007年に100人を突破。
民主党政権下で
執行が減ったこともあり、11年12月には130人に達した。
未執行の増加に、法務省内には「死刑制度が形骸化しかね
ない」との懸念があったが、自民党政権となり、谷垣法相が執行を続けたことに加え、死刑囚3人が病死した
こともあり、12日時点で確定死刑囚は130人を下回った。
今回刑を執行された加賀山領治死刑囚(63)は、死刑が確定。約1年4か月という
短期間での執行となったが、谷垣法相は「記録を精査して執行
しているとしか答えられない」と述べるにとどめた。
▲補足、感想など
核心は。
法相は、日本の国民を「代表して」決断し、命令書に押印しているということだ。
「代表する」という言葉の「重み・意味」を十分谷垣さんは理解し、そして覚悟をもっているということだ。
前の民主党政権時代、江田五月さんという法相がいたが、言葉だけの人で、「日本国民を代表する」という意味も理解できず、「覚悟」もなかった人だった。
「国民を代表する」とぃう意味も理解できない人間が、そもそも国会議員になるなよ。
世の中には、生きていてはならない人間が存在する。
そこに至るまでの経緯は様々であろう。
しかし、その罪の深さが、その人を生かすことを許さないのだ。
日本人の8割以上が死刑制度に賛成している。
そのあたり、日本人の判断は正常なものだと思う。
アムなんとか—とか、裏側に宗教色の強い、団体が死刑制度に反対しているが、筆者はそこにウサンクササを感じる。
キリスト教の宗教家が、性的な問題でトラブルをよく起こすとか、今年の春頃、橋本さんが、沖縄の海兵隊の長を相手に「風俗云々」と発言したことに通じている。
そこに人間のもつ本能を無視した「頭デッカチ」な建前ばっかりの論理を感ずる。
いや、話がどんでもないところへいった。
元に戻せば、死刑制度を日本という国が維持するということは、常識的であり、少しも非人間的なことではない。
また、谷垣法相の「覚悟」は、もっと、賞賛されてしかるべきだと感じる。