2012年10月16日火曜日

大飯原発の再稼働、認めるしかない—と滋賀県知事。


▲滋賀県知事が、大飯原発の再稼働を容認する発言をしたようだ。
まぁ、筆者は当然と思う。
いや、このブログでなんどもふれているように、原発を停止するというなら、原発に代替するエネルギー源を示してみよ。
毎日、食事の準備ができて、電車にのれて、会社へいけば機械のすべてが動くという「有り難さ」を噛み締めよ。
なぜ、通常の生活が営めるということの大切さが分からないのか。
原発に代替するエネルギー源を開発するにしても、この通常の生活ができるという基盤の上で始めて可能なことなのだ。
物事は、二段飛び、三段飛びということはできない。
まず、一段づつ、階段を登っていくしかないのだ。
その現実を直視せよ。
以下、新聞から抜粋。

滋賀県の嘉田由紀子知事は記者会見で、関西電力大飯原子力発電所3、4号機の稼働について「現状では認めるしかない」と述べ、軌道修正した。
橋下徹・大阪市長が稼働に否定的立場を取っていることについても「現実的とは思えない」と批判した。
嘉田知事は大飯原発の再稼働後も「安全基準は暫定的で、一刻も早く再審査に臨んでほしい」などと主張していた。
ある県幹部は「関電と原子力安全協定の締結に向けた協議を進めている今、再稼働の議論をしても仕方がないとの考えがあるようだ」と。


▲補足、感想など
大阪の橋下さんの意見を「現実的ではない」と批判か。
筆者もその通りだと思う。
橋下さんの意見は、奇橋すぎる。現実離れしている。
冒頭でふれたように、まず、通常の生活の維持ありきなのだ。
毎日の通常の生活を維持するためには、「安定的なエネルギーの確保」がどうしても必要だ。
今、それが可能なのは、原発のみなのだ。---そのことを直視せよ---
確かに、原子力というものは、大きな力をもっていて、プラスにでれば、これだけコンパクトでポテンシャルの高いエネルギー発生源はない。ただ、マイナスにでれば、福島の原発の事故のようになる。
しかし、この福島の事故は、言わば1000年に一度の災害に遭遇し、人類の手に余る程の大きさであるための事故であろう。
人類側に手落ちがあったことは確かだが、予想外のことであったことも確かだ。
筆者は、人類はこの事故にたじろいではなるまいと考える。この事故を踏まえて更に安全な原発をつくるということこそ、日本人が福島原発の事故に遭遇したことに対する、真っ当な対応策だと思う。
 この原子力というものを制御できなければ、人類に未来はないとも思える。
 いや、話がどこかに行った。
 将来的に原発をどうするかという議論をはじめるにしても、それは30年後ぐらいの話だ。
 まずは、原発に代替するエネルギー源を開発するということこそ、急務であろう。
 そのためには、繰り返すが、毎日の通常の生活を維持しなければならないのだ。
 そう考えれば、橋下さんの意見は「現実離れ」そのものではないか。