2015年2月15日日曜日

日米政府が、戦後70年で共同文書を作成。

この記事を読んで。
 日本の戦後レジームの完全崩壊というものを、アメリカ側からも認めた—ということであろうと感じた。

 このブログで何度もふれた。
 戦後レジームとは、日本-韓国-アメリカの3カ国が絡んで、戦後70年近くも日本人の洗脳工作、世論誘導工作をやった体制をいう。

 <それにしても、この戦後レジームというものの目的は、いったいなんだったのだろう。恐らく、日本人という異様に活性の高い民族(なにしでかすか分からないという--)に対するアメリカ人の恐怖が原因だろうなぁ>

 立案は、米軍で、具体的な工作は、朝鮮系洗脳工作員によってなされた、実に半世紀以上も機能した。

 その結果というか効果が、日教組という朝鮮系洗脳工作員達による教育界での洗脳工作、新聞放送業界に潜り込んだ朝鮮系洗脳工作員達による自虐史観、捏造慰安婦騒動、歴史認識などなどだ。

 これに対して。
 2000年頃-2010年頃にかけてのインターネットの日本全国津々浦々までの普及により、この朝鮮系洗脳工作員達による日本人洗脳工作、世論誘導工作が日本人全員の目の前で、白日の下にさらされ、この事実を知ることで、日本の戦後レジームは崩壊した。

 この戦後レジームの崩壊と同時に、日本の長い長い「戦後」も終焉を迎えた。
 同じタイミングで、日本-韓国、日本-アメリカの関係も見直された。<日本人が勝手に—という意味だが>
 そこで。
 日本は、韓国を見捨て・見放した。
 アメリカとの関係では、アメリカは日本という「虎」が、千里の荒野に放される—ということを認めざるを得なくなった。

 これが、戦後70年目ということだ。
 こうして。
 日本とアメリカは、戦後70年目ということで、共同文書を作成することになった。

 以下、新聞から抜粋。

 日米両政府は、春に安倍首相が訪米する際、オバマ米大統領との日米首脳会談に合わせて共同文書を発表する方向 で調整。
 今年は戦後70年の節目にあたり、文書ではこれまで両国が世界の平和と安定に貢献してきたことや、さらなる同盟の 強化をうたうことを検討。
 今年上半期に見直す日米防衛協力のための指針についても触れる。

 安倍首相は戦後70年の今年、「安倍談話」を出す考え。
 様々な機会を通じて国際社会に日本のメッセージを 発信する考えで、米国との共同文書もその一環だ。

 一方、中国や韓国は安倍政権の歴史認識に厳しい視線を送っており、終戦の日を迎える今年8月前後に「歴史認識問題」で日本への攻勢を強める可能性がある。

 日本政府関係者は「中韓が声を上げる前に、米国と連携して世界に貢献してきたと世界にアピールすること は重要だ」と指摘。
 共同文書を出すことで、歴史認識問題をめぐる中韓の動きを牽制する意図があることを認める。


▲補足、感想など

 安倍さんは、冒頭でふれた「戦後」の終焉というものを意識しているようだ。

 そもそも、70年も経過して、あの戦争はどうだったこうだったなどと普通言うものか。
 中国・韓国がしっこく言い続けるのは、それが「タカリのネタ」だからだ。
 戦後レジームという洗脳工作・世論誘導工作体制の中で、日本にいる朝鮮系洗脳工作員達が捏造し、日本人の顔とふりをして、日本人を攻撃し、日本人の税金を韓国等へ巻き上げるということを繰り返していたのだ。

 当然、日本人の税金を巻き上げれば、その一部を朝鮮系洗脳工作員達へ成功報酬としてキックバックしていたのだ。
 実に美味しい仕事ではないか。
 韓国からの日本・日本人への攻撃にのっかって、日本人を攻撃して大騒ぎするだけで、がっぽり儲かる—いい仕事ではある。

 これが、戦後レジームの中で、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、地方紙、フジテレビなどに巣食う朝鮮系洗脳工作員達がやっていたことだ。

 どれだけ、韓国(北朝鮮、中国含む)へ、日本人の税金がむしり取られたか---振り返ってみよ。

 <在日韓国人の在日特権なるものも、この新聞放送業界に潜り込んだ朝鮮系洗脳工作員達の策謀によるものだ--ということがよく理解できるであろう>

 このように、韓国政府と日本にいる朝鮮系洗脳工作員達との結託による「日本人を卑しめ → 日本人の税金をむしり取る」陰謀は、実に2010年頃まで、インターネットの普及が日本全国に及ぶまで続いていたのだ。

 2014年に、この戦後レジームは完全に崩壊した。
 この馬鹿馬鹿しくも愚かしい体制がようやくのこと、完全崩壊したのだ。

 今、日本は韓国・アメリカの影響を排除した新レジームを構築中だ。
 この新レジームの構築の中で、冒頭でふれた新日米関係というものを再構築しているのだ。
 日本は、もう千里の荒野に放たれた「虎」として、アメリカとの関係を新たに構築することになろう。

 先の大戦の戦後が終焉したということでもあるが、19世紀後半、英国の産業革命に100年遅れで出発した日本という国にとって、明治維新を成し遂げた元勲・伊藤博文、大久保利通達が、願ってやまなかった「欧米列強と肩を並べる」ということが、本当の意味で成し遂げられる「瞬間」であるかもしれないな。

 (別の言葉で言えば、坂の上に浮かんでいる一朶の雲も見つめながら、営々と・営々と坂道を登ってきて、とうとう坂の上まで登りきった--とでも言えばいいのかなぁ。
 --えっ、なに言ってんだとか思うか。いや、そう感じない人はそれでいいさ。つまらない面白くもない人生を送っているのだな。知識は力なり--とつくづく思う)

 (いや、感傷的になった。明治維新が1868年、今年が2015年、明治維新から147年目か。日本という100年遅れのノロマ国が、100年先行組に追いつくまで約150年掛かったということか。してみると、中国人という産業革命に200年も遅れる大ノロマ民族なんて、気にする必要もないな)