2015年5月23日土曜日

安部談話に謝罪などの文言を含めず。

当たり前であろう。
 どんなイベントにも開始と終結とがある。

 戦争でも同じだ。
 戦争の開始 → 終戦 → 賠償 --これで、「戦争」を巡るイベントが完了する。

 大東亜戦争でも同じだ。
 戦争の開始 → 終戦 → 関係各国との賠償の完了 --これで、大東亜戦争(太平洋戦争)というイベントの終結なのだ。

 中国との間では、賠償問題は周恩来首相から日本に対して賠償を求めず—ということで、これで完了した。
 韓国とは、1965年の日韓基本条約の締結で、完全に解決済みだ。

 だから。
 もはや、中国・韓国から謝罪の、賠償のなんたらとか—なんら言われる筋合いはない。
 なにを言われても、日本は「すべて解決済み」を繰り返せばいいことだ。

 ところが。
 1945年-2000年頃まで、日本においては米軍が立案し、日本にいる朝鮮系工作員が関与した戦後レジームという「日本人洗脳工作」「世論誘導工作」が機能していた。

 日本の新聞放送業界、日教組を中心とする教育業界へ大量に朝鮮系の工作員が潜りこみ、新聞テレビを主として「日本人洗脳工作」をし続けていたのだ。
 そして、この朝鮮系洗脳工作員達は、韓国政府と国際的な結託をし、それにより慰安婦が捏造され、自虐史観なるものがでっちあげられたきたのだ。

 この流れから、韓国人にとっては、「日本を叩けばお金がとれる」「慰安婦で謝罪させればお金がとれる」という「思い込み」ができあがったのだ。

 今、韓国の朴大統領に頭にあるのは、この甘い汁を散々吸った「日本人を叩けばお金がとれる」「慰安婦で謝罪させればお金がとれる」--という思い込みなのだ。
 これが、世界各国への告げ口外交につながっているのだ。

 話を元に戻せば、中国との前の戦争での賠償を含めていざこざは全て完了している。
 すべて解決済みだ。
 同様に、韓国との間のいざこざのすべてが、1965年の日韓基本条約で完全に解決済みだ。

 1945年から2000年頃までの戦後レジームの中で、朝鮮系の工作員にミスリードされてきただけなのだ。

 もはや、戦後レジームは完全崩壊している。
 日本人の意識も原則に戻るべきだ。
 もう、すでに中国とも韓国とも先の大戦のあれこれはすべて解決済みなのだ。
 中国、韓国からなにをいわれようが、「すべて解決済みだ」と日本人は繰り返せばいいことだ。

 以下、新聞から抜粋。

 安倍首相は、今夏に発表する戦後70年談話について、先の大戦への「謝罪」の表現を盛り込まない方針を固めた。
 未来志向を前面に出すとともに、戦後の歴史に区切りを付ける必要があると判断。

 ただ、米国内には首相の歴史認識を「修正主義」と警戒する向きもあり、首相は同国の動向なども見極めながら慎重に最終判断する。
 戦後50年の村山首相談話、小泉純一郎首相談話とも「心からのおわび」が明記された。
 中国や韓国はこれらの談話の継承を求めており、首相方針に反発するのは必至だ。

 これに関し、首相周辺は「首相には『自分がおわびをしたら、いつまでおわびしなければいけないのかという問題を残すことになり、次の世代に悪い』との思いがある」と指摘した。

 戦後70年談話に関する有識者会議「21世紀構想懇談会」の西室座長も、「いたずらに謝罪することを基調にするのではなく、これから先を考えて、未来志向を決して崩さない」と語った。

 首相は、米議会上下両院合同会議の演説などで、先の大戦について「痛切な反省」を表明する一方、「謝罪」には触れていない。西室氏の発言は、こうした首相の姿勢に沿ったものだ。

 有識者会議の第5回会合が開かれ、アジア諸国との戦後和解をめぐり意見交換した。
 出席者からは「和解は一方的な謝罪ではできない」などの意見が出た。


補足、感想など

 村山さんか---
 まぁ、一種のキチガイだからなぁ。

 冒頭でふれた戦後レジームの中で、半キチガイのような首相が出した談話など、まっくろに塗りつぶすべきであろう。

 戦後レジームという日本人洗脳工作体制を立案したのは、先の大戦直後の米軍であろう。
 その戦後レジームの中で出た村山談話なとを戦後レジームが崩壊した今、修正するなんて当然ではないか。

 それを修正主義とかいうのか。
 少なくとも、アメリカ人から言われる筋合いはあるまい。

 日本は最早、「次なる150年」と言う新レジームの中へ突入している。
 もう、産業革命組という先達(せんだち)の背中さえ見えない、不透明な手探りで前に進むしかない—そういう時代へ突入しているのだ。

 西洋風にいうならば、戦後レジームという古い革袋を捨てて、「次なる150年」という新レジームの革袋に新しい葡萄酒を注ぐことになった—とでも言えばいいのかな。

 今夏の安部さんの出す「談話」とは、この「次なる150年」という新しい革袋に注ぐ葡萄酒の最初の「一滴」となるものであろう。