2013年3月25日月曜日

脱原発は争点にならない。


民主党の細野さんが、ピントはずれのことを言っている。
 脱原発は、争点とはならない。

 このブログでなんどもふれた。
 脱原発というなら、原発に代替するエネルギー源を提示してみよ。
 それもなく、単に「脱原発」を声高に語る人間など、軽率・非常識のそしりを免れまい。

 以下、新聞から抜粋。

 民主党の細野幹事長は、演説し原発政策について 「(民主党政権は)2030年代の原発ゼロを目標に具体的な絵を描いてきた。
 ところが自民党政権になってその政策が棚上げになった」と安倍政権の対応を批判した。
 この後、記者団に「原発政策は国民の大きな関心事だ。

 それを語らない政府・与党の姿勢はいかがなものか。
 都民や国民の関心事なので争点になる」と述べ、 6月の東京都議選やその後の参院選で脱原発を訴え、争点化する考えを示した。


▲補足、感想など
 要するに、「脱原発」というテーマしか残されていないのだな。
 民主党にとっての「駒」は。

 自分なりの経済政策もない、金融政策もない—だからといって、外国人へ選挙権を与えようとか、人権委員会がどうたら--とか言えば、民主党の議席は壊滅どころか、かくいう細野さんだって危ないものだ。
 そこで、いよいよ残された唯一のものが「脱原発」か。

 やれやれ、芸のないことだ。
 上で触れたように、それなら、原発に代替するエネルギー源を提示してみよ。
 黒潮を使った「潮流発電」だとか、地熱発電だとかに、☓☓のお金をかけてやってみようではないか—とか提案してみよ。

 それなら、筆者にも分かる。
 脱原発というのは、自ら、エネルギー源を減じてしまうことなのだ。
 どういう方法で、毎日の食事の準備ができたり、電車を動かしたり、工場で機械が動いたりするのだ?
 自分の発言がどれだけ愚かしいことなのか—気がつかないのか。

 後ろ向きのことをいうより、例示した潮流発電だとか、地熱発電にふれたほうが余程ました。
 もっと、常識を働かせて、「自分なりの言葉」にしてみよ。