2014年9月22日月曜日

兵役拒否者の話。

う~ん。
 兵役を拒否するという話は、別にそう新しい話ではない。
 1960年代半ばかな。
 アメリカのベトナム戦争の時代にも多くあった。

 日本から・ベトナムから、スウェーデンあたりに逃げ出した—とかいう話も随分聞いた。
 でも。
 そういう元米兵達も、年齢を重ねると、自然とアメリカに帰っていった。

 兵役拒否者は、アメリカでは蔑みの目でみられ、辛い後半生を送らざるを得なかったようだ。
 どこが、嫌われたかというと。
 必死で守るべき家族も故郷も捨てて—自分の保身だけを考えている--と受け取られたということだ

 敵から攻撃された時、自分の子供を、自分の妻を見捨てて逃げるのか—と責められたとき、どう答えるのか。
 筆者なら、どういう状況であろうと「逃げられない」。

 兵役を拒否する理屈は様々あろう。
 でも、上の問いに、うまく答える理屈ってあるのか?


 以下、新聞から抜粋。

 徴兵制を拒否し、フランスに亡命している韓国人のイ氏が外国特派員協会で会見を行った。
 滞在中は交流しながら徴兵制について話をしているという。
 同席したアン氏は徴兵を経験。
 韓国の徴兵制は1950年の朝鮮戦争勃発後に始まった。

 ほぼ無料での服務が行われ、現在においても、待遇に変化は無い。
 二等兵の月給は日本円で約1万円という。
 また、外出・外泊は月に1日、全体で10日までと定められ、多くの兵士が一部屋40人で生活をしているという。

 韓国では軍に行くことが社会人になる一つの段階として考えられており、政府やメディアが若者に徴兵制の賛否を問う ような意識調査を行うことはないという。
 イ氏は、多くの人に疑問をぶつけてきた。
 ほとんどの人は、"国民の義務だから仕方ない"と答えたという。

 友人には「お前が正しいのはわかるし、軍隊が過ちをしているのも理解しているが、 今お前が拒否しても何も変わらない」と、母親には「家族を捨ててまで 」と言われたという。

 イ氏は、何を訴えたいか?と問われると、"徴兵制になる前に反対するべき。少なくとも国民が制度を監視できる具体的な制度や法律を作らせるべき"とコメント。

■イさんによる冒頭発言

 こんにちは。私は韓国で生まれ今22歳です。2012年徴兵がいやで亡命を決意し、フランスに旅立ちました。
 難民申請を支援してくれる団体を探し、シェルターで寝泊まりしたりしながら難民認定されるのを待ちました。
 そして2013年6月、フランス政府に難民認定されました。
 今、パリでベーグル職人として働いています。

 なぜ亡命したのか。僕は手塚治虫のブッダを読んでから、自分は人を殺すことはしないと決めました。 徴兵制とは、兵士になり、人を殺すように訓練されることです。これは僕の良心と信念に矛盾するものです。

 韓国では「良心的兵役拒否」は認められていません。応じなければ、刑務所に1年間入れられます。 また、韓国社会では徴兵に行っていないと、就職が難しいという問題もあります。徴兵を拒否することは社会的な死を意味します。

 6月には、21歳の若者が銃を乱射し5名が亡くなるという事件が起きました。
 彼はいじめを受け、"逆ギレ"状態で銃を乱射したそうです。
 軍隊内の生活が嫌で入隊前に自殺する若者も少なくありません。

 現在徴兵を拒否して刑務所にいる韓国人は約800人。徴兵拒否者として投獄されている人の9割を韓国人が占めています。

 そして私の家族、友達、愛する人はみな韓国にいます。私が言いたいのは、亡命という極端なことをせざるを得ない現状を改善するよう韓国政府に求めたい、ということです。
 フランスに亡命した私が韓国に帰国すれば、待っているのは刑務所です。

 日本の若者の間でも徴兵制へのリアリティが高まっているという話を聞きました。日本の将来の人々ためにも、私の話が何らかの参考になればと。


▲補足、感想など

 冒頭でふれた。
 1960年代にスウェーデンに逃亡した米兵の姿が、記事の韓国人に重なる。

 今は、まだいい。
 年老いて、そのまま「逃亡者」としてフランスで暮らすのか。
 韓国の兵役というものがどのようなものかは知らない。それは、韓国国内の仕組みの問題であろう。

 もう一度、尋ねよう。
 敵から、自分の妻が・自分の子供が攻撃された時、自分の故郷が攻撃された時、自分だけ逃げ出すことが出来るのか。
 筆者にはどうしてもそんなことはできない。

 非常に原始的な「問い」ではある。
 しかし、その分、多くの人間の胸の底に響く問いなのだ。
 だからこそ、ベトナム戦争を逃げ出した元米兵達が、数年後、アメリカの故郷に帰った時、冷たい蔑みの視線を浴びたのだ。