2015年9月16日水曜日

異様な市民からの苦情ぶり。

荒れ狂う大型犬を、素手でなんとかできるものなのか。
 いや、なにかというと先日、大型犬を拳銃で射殺したという警察に市民から苦情がくるのだそうな。
 その曰くが上の「素手でなんとか」--という言い方だ。

 それなら、自分でやってみせろよ—という声がとっちゃりだろうなぁ。

 どこに核心があるのかな。
 現場での判断だ。
 これは、警察官の「現場での判断」を尊重すべきであろうな。
 素手でなんとかできると判断するならば、警察官でもそうしたろう。

 それができなかったからこそ、射殺したものであろう。

 こうなんというか、過剰なことを他者に望むな。
 常識で考えて、無理だろうということを他者に望むな。

 以下、新聞から抜粋。

 14日、松戸市の住宅街で大型犬が女性を含む3人をかんで負傷させ、松戸署員が犬を射殺した事件を受けて、松戸署では電話への対応に忙殺されている。

 同署によると、当初は報道機関による照会が多かったが、事件がテレビ、新聞などで報じられると一般からの問い合わせや意見が殺到。

 電話が集中した時には、署の回線が全てふさがり、発信も受信もできない状態で、14日午前から15日午後3時まで、約120件の電話があった。
 同署で対応班を臨時編成して応じている。

 その9割は、「13発も撃たなくてもいいのに」「通行人に当たったらどうする」「素手で何とかできなかったのか」という警察の対応への疑問や意見で、「良くやった」「飼い主に責任がある」との励ましや理解を示す内容も1割ほどあるという。

補足、感想など

 筆者の感想は、まぁ、いたしかたあるまいな—というところかな。

 文章を書きながら、大分前に、子供に卵アレルギーがあって、小学校の先生が気付かず、卵をたべさせて子供が亡くなったという事件を思い出した。

 両親が小学校の先生を非難していたのだが、これも上の射殺した警官を同じであろう。
 数十人のいる子供の一人に、卵アレルギーがあるなんて、親から聞いていても、バタバタ忙しい場合には、頭から飛んでしまうだろう。

 先生も警官もスーパーマンではないのだ。
 そんなアブナイ子供をもっているなら、親がその子だけ弁当をつくってやればいいではないか。

 そのあたりが、常識というものであろう。

 警察官でもそうだ。
 荒れ狂う大型犬を素手でとりおさえるという特殊技術をもっている訳ではない。
 拳銃で射殺するというのが、「現場での判断」であったのだろう。
 まぁ、社会人としての「常識の範囲内」かなと思う。

 大事なことを繰り返したい。
 上で紹介した小学校の先生も警官もスーパーマンではないのだ。

 常識以上のことができる訳ではないのだ。
 そのあたりは分かってあげよう。