2016年12月9日金曜日

百貨店って、一体どうなろうとしているのか

昭和であれば、百貨店とは、庶民にとって、「高嶺の花」が展示さし、販売する場所であった。
 昭和も去り、もう、21世紀に入って、20年近くなった。

 で。
 昭和の頃のデパートというものの意味、価値というものが変化してきたようだ。
 いや、当然、ずーと変化してきつづけたのだが、究極的に「なにか別のもの」に「変身」しなければならないところまできたようだ。

 都市の中心部に、なんらかの店舗のようなものが必要というのは分かる。
 でも。
 少なくとも、従来のデパートの形態ではもたない。

 日本ならこその、デパートの「ガラパゴス化」がなされようとしているのではあるまいか。

 以下、新聞から抜粋。

 訪日外国人観光客の増加が止まらない。今年10月、観光庁は2016年の訪日外国人観光客数が年間で初めて2000万人を突破したと。このままなら、通年で2400万人に達する。
 内需が停滞するが、日本政府は景気刺激策として増加する外国人観光客を起爆剤とし、日本の観光立国化を推進した。
 規制緩和も手伝い、昨年には中国人観光客による“爆買い”が「流行語大賞」に選ばれる社会現象を巻き起こした。
 爆買いを見込んだ百貨店などは、専用のフロアや店舗を整備するなど、爆買いのさらなる取り込みを図った。

 しかし、中国人観光客の爆買いは一気に沈静化。
 その結果、過剰な設備投資は重荷になっている。
 爆買い中国人が去った後、百貨店は窮地に立たされている。

 老舗百貨店の多くは都心部に店舗を構え、多くの客を呼び寄せられなければ生き残っていくことはできない。 百貨店は、生き残りに必死だ。
 百貨店は、これまでの経営方針とは異なる戦略をとり始めている。
 それが、郊外に店舗を持つカテゴリーキラー(特定の商品カテゴリーを取り揃え、低価格で販売する業態の小売店)を続々と入居させるというもの。

 広大な郊外型店舗で格安家具・インテリア雑貨を販売するニトリは、15年に東京・銀座のプランタン銀座に進出した。今年10月には上野のマルイにも出店。
 ニトリの都心百貨店への進出はとどまるところを知らない。12月には新宿タカシマヤタイムズスクエア店がオープンし、17年春には東武百貨店にも出店する。

★ショッピングモール化する都心の百貨店
 百貨店が招き入れる“異端者”は、ニトリだけではない。ユニクロ、100円ショップなど、
 老舗百貨店のカラーとは異なる業態が、続々と進出している。
 百貨店が自身のブランド価値を落としてしまいかねないショップを出店させるようになった背景には、何があるのか。
 流通アナリストの渡辺氏は、こう分析。

 「ニトリやユニクロといった低価格を売りにしたショップが高級路線の百貨店に出店する最大の理由は、百貨店のマーチャンダイジング(MD)力が低下し、それを放置してきたから。
 百貨店が小売業の主役だった1980年代までは、商品を陳列してどう宣伝するか、消費者にどう訴求していくか、といった戦略を百貨店側が練っていました。
 そうしたMDによって、消費者は百貨店での買い物に刺激を受け、百貨店で買い物することに喜びを見いだしていた。

 しかし、出店テナントのリスクのない委託販売に依存し、自社売場のMD力が落ちたことで百貨店の魅力は失われ、その後も対策を打つことを怠りました。
 そして、売り上げを回復させようと、百貨店は世間で人気がある店を入居させるようになったのです。
 結果、百貨店は“都心にあるショッピングモール”という存在になりつつあります」
 都心の百貨店の場合、立地ゆえに売り場面積は小さくなる。当然、郊外の広いショッピングモールに品揃えでは勝つことはできない。
 ニトリやユニクロなど、ショッピングモールと代わり映えしないフロア構成でありながら、品揃えは悪いとなれば、今後も百貨店の売り上げが低下する。

 一方、ニトリやユニクロといった異端者が賃料の高い百貨店に出店するメリットはあるのだろうか?
 「特に20代女性に顕著ですが、東京や大阪などの大都市では自動車を保有しないライフスタイルも浸透しています。
 そうした若者にとって、ニトリのような郊外店を中心に展開してきたショップは、まだなじみが薄い。ニトリは、そうした層を取り込むために都心の百貨店に出店しているのです。

 都心の店舗はショールーム。
 近年、買い物はネット通販による売り上げが拡大していますが、それでも消費者は『実際に見て、触れる』という行為を大切にします。
 消費者が直接触れられる機会をつくる、それが都心の百貨店に進出する狙い」

★今後の百貨店は旗艦店以外つぶれる?
 そうなると、ニトリやユニクロのような異端者が百貨店に出店する現象は、今後も続くのだろうか?
 「そもそも、百貨店の売り上げは91年がピークで、バブル崩壊とともに縮小が始まっていた。
 高齢化に伴い生産年齢人口も減少、今後はますます消費が減少していく。
 ために、百貨店の生き残りはさらにシビアになるでしょう。

 ニトリやユニクロを出店させて巻き返しを狙っても、それは一時的なものでしかありません。
 根本的に、百貨店が魅力ある店づくりを徹底しない限り、売り上げが回復することはない。
 しかし、長年MD力の低下を放置した百貨店にそれを期待するのは、難しいのが現実です」

 そうした現状を踏まえ、渡辺氏は「今後の百貨店は、旗艦店のみが生き残るだろう」と予想。
 しかし、そうした旗艦店もサバイバルの末に淘汰されてしまう可能性も否定できない。
 今、百貨店は日本国内だけが競争相手ではない。格安航空会社(LCC)の普及もあり、海外で買い物をすることも特別ではなくなりつつある。
 日用品などはコンビニエンスストアで済ませ、特別なものは海外で買う。

 そんなライフスタイルに変わっていくこともあり得る。
 仮に、より気軽に海外でのショッピングが楽しめるようになると、何も東京や大阪に店舗を構える必要はなくなる。
 アジアであれば香港や台湾、シンガポールが百貨店のライバルになっていくだろう。

 実は、爆買いで日本経済を活気づけた中国人は、決していなくなったわけではない。
 ネットで日本製品を購入するようになったのだ。
 そうした消費行動は「越境EC」と呼ばれるが、国の枠を超えたネット通販が百貨店を潤わせた爆買い中国人を奪ったというだけ。
 日本人から見向きもされなくなり、爆買い中国人もつなぎとめられなかった百貨店に、生き残るすべはあるのだろうか

補足、感想など

 デパートが、旗艦店しか生き残らない—という指摘は正しいであろう。
 しかし。
 冒頭でふれたように、旗艦店といえども、従来の「百貨店」という形態がとれるだろうか。
 
 ショッピングモールというより、品物の展示場のようなものになるのかもしれない。
 また、音楽場、映画場とか、美術館、植物園などを併設していくようになるのかもしれない。

 いずれにせよ。
 日本のデパートは、日本人向けに「ガラパゴス化」するしか生き残る道はないようだ。

  ふと、おもったのだが、日本の古来からある「門前町」型にせざるをえないのではないのかな。
 なにかというと、デパートの屋上あたりに、日本人に人気のあるもの(例えば、北斎の肉筆画)とかを展示しておけば、上までお客がのぼってくる。
 降りてくるときに、デパートでなにか買ってもらう--という日本の典型的な商法だ。

 古典的ではあるが、歴史的にみても成功する可能性が高くないか。