2016年12月25日日曜日

大笑い、あれは本来中国のものだ---とさ

笑ってしまう。
 ホンの半世紀前に、10年間という歳月を使って、日本でいえば京都にあるような名刹とか、名だたる焼き物などを尽く、自分の手で叩き壊した民族がなにを言うか。

 簡単に叩きこわし、簡単に反省するなぁ。
 その軽率さ・迂闊さはどこからくるのだ?

 結局、教養がないからだろう。
 結局、中國人が本を読まないからだろう。識字率が40%かそこらだからだろう。
 まず、自分を含め中国という民族の[姿]を直視しろよ。

 なんとしても、まず、識字率を上げろよ。
 それなくしては、それこそ、もう数十年もすれば、[造反有理]とか[文化人はなんとか]--ときっといい始め、身の回りの[文化財]を叩き壊しはじめるさ。

 以下、新聞から抜粋。

 世界各地には、古来から受け継がれてきた伝統的な文化や芸能がある。
 日本にも数多く存在し、今では世界の人びとに親しまれているものも少なくない。
 中国メディア・今日頭条は、それらの多くが中国を起源としており、日本の「国粋」になってしまったとする記事を掲載。

 記事は、日本の「10大国粋」を相撲、芸妓、和服、茶道、下駄、弓道、サクラ、抹茶、華道、畳として、「起源」について説明。
 芸妓については「唐や宋の時代、士大夫が芸妓を携えて吟じるのは普遍的な習俗だった。それが日本でのみ現在まで続いているのだ」と論じた。

 また、サクラは「中国のヒマラヤ山脈を原産」とし、和服は「三国時代の呉を起源として、貿易活動を通じて日本に入ってきた」とした。
 さらに、抹茶は唐や宋の時代に行われていた茶葉を粉末にしてからお湯を注ぐ「点茶」を「パクったもの」と説明している。

 弓道は中国古代の「射礼」の延長であるとし、相撲も唐の時代に日本に伝わったと紹介した。
 そして、華道は隋の時代の仏堂供花が起源、畳は漢の時代に起こり隋唐の時代に隆盛した中国式家具、下駄は清朝以前、特に漢・晋・隋・唐の時期に漢民族の間で一般的だった履物であると説明。

 記事は最後に、「中国はこれほど多くの古いものを持っているのに、現在何が残っているだろか。 もしわれわれがちゃんとサクラを育てていたなら、はるばる日本にサクラを見に行く必要などなかった。
 今漢服を着る人は街におらず、コスプレの素材になっている。われわれ中国人が深く反省すべき問題だ」と結んだ。

 忘れてはいけないのは、中国を起源にしていたとしても、長い時間をかけて気候風土に適応していく中で、オリジナルとは異なる発展を遂げてきたということである。
 日本人は中国の伝統文化を守ってきたのではなく、日本の伝統文化を守ってきたのである。
 自国の伝統文化は、自分で守るべきものなのだ。

補足、感想など

 まぁ、中国に起源のあるものが多いことは認めるよ。
 そういえば、数年前に、奈良時代、遣唐使で中国からもってかえった[王羲之]をなぞった文書が日本で発見された。

 8世紀か9世紀頃なのだろうな。
 そのころの[紙]が、千年以上の歳月、日本では大事にされて、残っているのだ。
 この物持ちの良さに感心しないか。

 日本人が奈良時代からもっている「知性主義」というものの結果なのだろうな。
 有り難いことだ。

 日本人と中国人との「差」は、この「知性主義」というものなのだろう
 日本人がもっている「知性主義」というオメガネにかなったものが、中国産であろうが、ベトナム産であろうが、日本人はその良さを認めて残してきたのだ。

 また、単に最初の形のまま残してきたのではなくて、年代を経るとともに「洗練化」されていることにも注目して欲しい。

 それもまた、日本の知性主義の表れなのだろう。