▲内向的ねぇ。
そりゃ、核心が違うだろうな。
本質は、「日本人がガラパゴス化」した---ということだろう。
民族としての日本人の知能が、平均の世界の人達より頭一つ抜け出してしまったのだ。
で。
世界からの孤立を恐れない。他の世界の人達から認められないことを恐れない—と「覚悟」したのだ。
京都で、禅画の展覧会が開かれている。
禅画なんてものが、世界の誰が分かるというのだ?誰が理解できるというのだ?
これは、もう、日本人の独創の美だ。
世界へもっていっても理解はされまい、でも、日本人なら分かる。
そういう「局面」に、そんな「場所」へ、日本人が辿りついた—と解釈するのが真っ当ではあるまいか。
以下、新聞から抜粋。
2016年10月17日、環球時報は日本人は前は開放的で仕事・学習のため海外へ赴いていたが、昨今は内向的となり、若者は日本から出たがらなくなっている。
「日本はいったいどうしてしまったのか」と。
2016年の最新の統計では、日本で15~39歳のいわゆる「ひきこもり」は54万1000人に上る。
海外に留学する日本人学生は10年で30%近く減少し、海外で働きたいと希望する人も減少。
とりわけ若い世代に「国内志向」が強く、記事は「日本が内向的になっているあらわれ」だと指摘している。
1960年代以降、日本は活気と活力に満ち、70年代以降は海外への出国者も増加し続けた。
72年には年間出国者が100万人、80年には400万人、90年には1000万人の大台に乗った。
海外旅行だけでなく、留学する人も大幅に増え、80年代後半だけでも日本の海外投資は4000億ドルに上り、世界最大の海外投資国となり、米国をも買い入れるほどの勢いだった。
ところが、バブルがはじけ、景気の低迷とデフレの悪循環に陥り、高所得層以外は生活水準が急速に低下。
海外投資も消費も低迷し、留学者も2004年の8万3000人をピークに、13年には5万5000人にまで減少。社会全体が内向的になっていった。
しかし、日本は内向的にはなったが、退廃的にはなっていない。
中国社会科学院日本研究所の専門家・盧昊氏は、内向的な傾向は現れても、日本の民族的な性格や国力、社会的立場に直接的な変化はなく、以前と比べ自分たちの国に対してより自覚的になったと指摘している。
▲補足、感想など
筆者でもしいて、海外で暮らしたいとは思わない。
食べ物のまずい、安全でもない、医療も不十分なところで暮らしたくはない。
日本で暮らすというのは、「日本語」で暮らすということだ。
膨大な海外の書籍が日本語で翻訳され、また、日本の小説家も多士済済だ。
インターネット、dvd,書籍があり、適度なエロも楽しめる、花見、紅葉狩りなどで、国内をウロウロすれば、充分に楽しい。
まとめてみれば、日本は、もう、「ガラパゴス列島」とでもいうべきものになったのだ。
海外へ移住? なにそれ、美味しいのか? ---そんなところに、日本は達してしまったのだろうな。