▲えっと、どのあたりから。
まず、日本と中国との間での戦時賠償問題は、1972年の田中-周両首相の間で、完全に解決済みだ。
いまさら、日本はなにをする必要もない。
謝罪? 賠償? 南京大虐殺? 731部隊? 重慶爆撃? 残置兵器? なにそれ、美味しいのか?
この1972年の完全解決になにか不満があるというなら、中国政府が、ハーグの国際司法裁判所へ訴えればいい。
国際司法裁判所で日本にどうたらしろ—という判決がでれば、日本政府はしぶしぶでも履行するだろう。
また、日本・日本人は、中国が国際司法裁判所へ訴えることを妨害などしない。
お気の召すままに。どうぞ、どうぞ。
で。
上のことを踏まえた上で。
まず、日本人の反応をみてみよう。
・中国で作られた歴史に興味はありません。
・元寇は謝らないんですか?
・亡くなっている人数が変わるからねぇ
・既に当時の南京市の人口より大きい死傷者数になっていますし、 10年後には現在の中国の人口より大きくなっていそうですね。20年後には、世界の人口を超えることを目指しましょう。
・で、被害者とやらの氏名は?
・確かに日本軍は中国で戦争をしていた訳で南京でもそれなりの死者は出ているのだろうけれど、いくらなんでも犠牲者が30万とは誇張しすぎです。
・毎年何人と発表するのかが楽しみだよ
・何か、問題でも? 捏造の歴史に哀悼だなんて矛盾していますよ
・よくもまあ、ありもしないことをいつまでも。そのしつこさに敬意を表する
・言い続ければ真実なる、「事実」は「真実」ではないって典型だな。そうやって何千年とやら「正史」を創り上げてきたってことだ
・アメリカ人は中国、韓国と違ってそれだけ覚えていないけれどなぁ。いつも疑問に思うんだが、阿片戦争で骨抜きにされたのに英国にはなぜ、被害者ビジネスやらないんだろう
▲補足、感想など
上の日本人の感想をみて、中国人が反応している。
--ここから--
1日本も韓国も滅びろ!
2.日本は南京大虐殺を認めたんじゃなかった?
3.どこの国も右翼は嘘八百だな。
4.日中間の溝はとても深いぞ。
5.別に俺たちは日本と仲良くしたいとは思ってねぇし。
6.日本人も韓国人も両方嫌いだ。片方は善人の面をした悪者、片方は真の悪者だぞ?
7.最近、韓国の気持ち悪さが増加したから、相対的に日本の気持ち悪さが減ったと思う。
8.日本の歴史教科書には、南京大虐殺の事は出てこないからな。日本の街でのインタビューでも、誰一人として知らなかった。日本政府は国民を洗脳しているぞ。
9.日本人は強い者に弱い。だから古代中国は尊敬しているけど、今の中国は見下している。だから俺たちはもっと強くならなければいけない。
10.中国は韓流禁止令だけじゃなくて、日流禁止令も出せばいいのに。韓国は気持ち悪いけど、日本はもっと気持ち悪い。
11.村上春樹は南京大虐殺を認めていたよな。
12.原爆だって、誰も見てないんだから、本当にあったかどうかわからないよ。
13.虐殺された人の数の統計データはあるんじゃないの?それを日本人に見せてやれよ。
14.日本人だって、本当は加害者なのに、毎年「私たちは原爆の被害者!戦争の被害者!」って言ってるじゃないか。
15.羽生くんはすごいと思うけど、日本人は嫌いだ。。。
--ここまで--
日本人が戦争の被害者? なんのことだ。
20世紀半ばで、識字率5%、国民のほぼ全員近くが無学文盲・無知蒙昧、自国を守る武器すらも製造できない「大ノロマ民族」から、とやかく言われる筋合いはあるまい。
1941年11月、太平洋戦争直前に、日米交渉が行き詰り、アメリカからの「ハル・ノート」の内容をみてみようか。
--ここから--
ハル・ノート
第一項「政策に関する相互宣言案」
一切ノ国家ノ領土保全及主権ノ不可侵原則
他ノ諸国ノ国内問題ニ対スル不関与ノ原則
通商上ノ機会及待遇ノ平等ヲ含ム平等原則
紛争ノ防止及平和的解決並ニ平和的方法及手続ニ依ル国際情勢改善ノ為メ国際協力及国際調停尊據ノ原則
(略)
第二項「合衆国政府及日本国政府の採るべき措置」
イギリス・中国・日本・オランダ・ソ連・タイ・アメリカ間の多辺的不可侵条約の提案
仏印(フランス領インドシナ)
の領土主権尊重、仏印との貿易及び通商における平等待遇の確保
日本の支那(中国)及び仏印からの全面撤兵]
日米がアメリカの支援する蒋介石政権(中国国民党重慶政府)以外のいかなる政府も認めない
(日本が支援していた汪兆銘政権の否認)
英国または諸国の中国大陸における海外租界と関連権益を含む1901年北京議定書に関する治外法権の放棄について諸国の合意を得るための両国の努力
最恵国待遇を基礎とする通商条約再締結のための交渉の開始
アメリカによる日本資産の凍結を解除、日本によるアメリカ資産の凍結を解除
円ドル為替レート安定に関する協定締結と通貨基金の設立
日米が第三国との間に締結した如何なる協定も、太平洋地域における平和維持に反するものと解釈しない(日独伊三国軍事同盟の実質廃棄)
--ここまで--
まぁ、黄色いサル(日本)への挑発だろうな。
つまり、アメリカのハル国務長官は、日本が英米に向かって、挑んでくるとは思っていなかっのだ。
多分、日本側が「へこたれる」だろうと推測していたのだろうな。まぁ、仮に歯向かったとしても高がしれていると解釈していた。
イギリスの初代駐日総領事だった、オールコックという人は、元々中国(清)に赴任していて、中国人を相手にしていた時は、大声で喚きちらしていた。
で。日本に赴任しても、中国人相手にやっていた「やり方」でやればいい—と、日本人相手に同様のやり方で、威嚇してどなり散らしていたが、日本人は中国人とは違って、そのやり方が通用しなかった。
アメリカのハル国務長官という人も、英国のオールコックと同じ類の人間だったのだろうな。
で。
日本は、真珠湾攻撃へと突入していく。
ちょいと、別資料で、このハル・ノートの核心に迫ろうか。
--ここから--
1941年11月26日、米国の国務長官(外相)コーデル・ハルは、野村・来栖両大使に、ノート(了解案)を手渡した。内容は、読み方によっては4月16日の了解案よりも厳しいものだった。
ハル・ノートは、日本車の中国からの撤退と、南京政府の解消を要求していた。
ルーズベルトとハルは、独ソ戦はヒトラーの破滅の始まりであり、日本を三国同盟から離脱させる好機であると情勢を判断していた。
また、日本が英米に対して戦端を開くことはないとも楽観していた。
アメリカは、ドイツ軍がソ連に向かったことにより一息ついたイギリスに、「これから強い調子のノートを日本に叩きつける」と事前連絡していた。
チャーチルにとっての恐怖は二つあった。
第一は、日本が対英戦のみに踏み切り、アメリカが日本に参戦しない場合。
第二は、日本がアメリカだけを攻撃し、アメリカが全戦争努力を太平洋に向けることだった。
チャーチルは直ちに、戦艦『プリンスオブウェールズ』と 『レパルス』を主力とする一艦隊をシンガポールに派遣することを決断する。
そしてルーズベルトに、アメリカが攻撃された場合、イギリスは直ちに日本に宣戦すると約束した。
イギリスの戦争協力の価値がないことを知っているルーズベルトは、返事をしなかった。
英米両国は、日本をドイツの戦争の局外で中立させること、すなわち事実上「三国同盟」を形骸化させることが最善だと考えていた。
そしてそのためには、弱いところはみせず、一層強硬な姿勢(たとえばハル・ノートを示すのが良かろうと考えたのだ。
これに先立つ九月六日の御前会議では、「外交を優先するが、南方作戦計画発動のための凖備に入る」と決定されている。外交優先とは、すなわち日米交渉によりアメリカから譲歩を引き出すことだ。
ところが、独ソ戦勃発についての日米の情勢分析はまったく食い違っていた。
アメリカは、ドイツが簡単に勝てないと見て、対日姿勢を一転、強硬化させた。
かたや日本陸軍は、ドイツが勝つと信じて、舞い上がっていた。外務省がアメリカ側のより正確な判断について日本国内で説明しようとしても、聴こうとする者は少なかった。
外務省は苫悩した。ハル・ノートを渡された時点で、日本はすでに対英米戦のための動員(関特演)を済ませ、開戦のため徐々に兵は輸送船で南洋に向かっていった。
この規模の開戦計画は、ある一定の時限を過ぎれば、もう取り消しは至難になるからだ。
じつはハル・ノートは、あくまで交渉のたたき台に過ぎない通告であった。回答期限は付いておらず、日米戦争を予見させる文言は全くなかった。単なる強い調子の交渉文なのである。
--ここまで--
上でもふれた。
イギリスのオールコックと同じで、アメリカのハル国務長官は、大声で脅せば、日本はへたれると思っていたし、仮に戦争になったところで、ちょろいものだと思っていたということだ。
ハル国務長官は、戦後、このハルノートについてコメントしている。
-- ハル国務長官「私が一九四一年十一月二十六日に野村、来栖両大使に手渡した提案(十ヵ条の平和的解決案)は、この最後の段階になっても、日本の軍部が少しは常識をとりもどすこともあるかも知れない、というはかない希望をつないで交渉を継続しようとした誠実な努力であった。
あとになって、特に日本が大きな敗北をこうむり出してから、日本の宣伝はこの十一月二十六日のわれわれの覚書をゆがめて最後通告だといいくるめようとした。これは全然うその口実をつかって国民をだまし、軍事的掠奪を支持させようとする日本一流のやり方であった」 --
いかにもハルという人が、二流・三流の国務長官であり外交官であることが理解できる。<硫黄島の戦いで、数万人の戦死者を出して、初めて、日本人という民族がここまでの戦闘民族だということにハル国務長官は、気が付いたのだろう。戦後、結果として日本は300万人近い戦死者をだし、アメリカも40万人程の戦死者を出して、ハル国務長官は、自分の横柄な行動がここまでの結果となったことに怯えてしまっているのだ>
このあたりを踏まえてのことだろうなぁ。チャーチルの言葉は。
--ここから--
チャーチルの「対日世界大戦回顧録」より
日本人は無理な要求をして要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。
反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数が上がるのに、それができない。
それでもう一度、無理難題を要求すると、これも呑んでくれる。
すると議会は、いままで以上の要求をしろという。
無理を承知で要求してみると、今後は笑みを浮かべていた日本人がまったく別人の顔になって、
「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことを言うとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては刺し違えるしかない」と言って突っかかってくる。
英国はマレー半島沖合いで戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈されシンガポールを失った。日本にこれ程の力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。
--ここまで--
ハル国務長官は、日本人を中国人同様に、大声で脅せばへたれると思っていたのだ。
それが、日本人は中国人とは全く違う反応をして、攻撃してきたということだ。
中国人って、20世紀半ばで、アメリカ人にそう思われていたのだぞ。
それを直視しろよ。識字率5%民族。