▲安倍首相が硫黄島などを訪問するとのこと。
表題に書いた栗林忠道中将外2万8千人の遺骨を、現滑走路を取り壊して、速やかに日本へもって帰るべきだ。
一体、戦後何年経っているのだ?
そのことを考えてもみよ。
1945年春、栗林中将は、硫黄島が米軍に落ちると、本土までの空襲が可能となることを知っていた。
だからこそ、地下に巨大な要塞を築いて死守しようとしたのだ。
以下、新聞から抜粋。
菅義偉官房長官は10日午前の記者会見で、安倍晋三首相が14日に、太平洋戦争で
日米が激戦を繰り広げた硫黄島(東京都小笠原村)を訪問し、戦没者の遺骨収集作業を視察すると発表した。
首相は父島(同村)も訪れ、住民と意見交換する。
▲補足、感想など
いや、栗林中将のことを考えると涙ぐんでしまった。
栗林中将は、最後の突撃の際にももっとも前で突撃した人だった。死体は不明だ。
こうして2万人を越える日本人兵士達の死体が硫黄島に積み重なった時、アメリカ軍はどうやらブルドーザーで土砂とともに、今の滑走路のあたりに集め、死体プラス土砂を押し出して平にしたようだ。
その上から、厚いコンクリートを流しこんで現在の滑走路をつくった。
B-29が飛び立つ滑走路であるから、コンクリートも厚いものであろう。
日本への空襲を急ぎたい--と考えると、米軍としても日本兵の死体を処分する他の方法などなかったのだろうなぁ。
しかし、ブルドーザーで中将他の死体を粉々にしたことをアメリカ軍は日本の国民に知られたくなかったようだ。
そのために厳重な緘口令を引いた。
その緘口令がどうやら、今でも日本に生きているようだ。(麻生さんでも口を噤んでいるのだものなぁ)
だから。
冒頭に戻って、戦後一体何年の年数が経過しているのだ?
もう、ブルで死体を粉々にしたことなどで、日本国民がアメリカをどうこう思いはしない。
滑走路を壊し、その下に埋もれている英霊達を掘り出して、日本に帰還させてあげよ。
摺鉢山のてっぺんで、日の丸を振りながら、戦後の日本の発展を応援しつづけてこられた英霊達ではないか。
安倍さんは、自らの言葉で栗林中将等の2万8千人の英霊達に感謝の言葉を述べて頂きたい。
それこそが、戦後レジームの終焉の第一歩だ。