2021年5月29日土曜日

漆黒の霧の中で 彫師伊之助捕物覚え 藤沢周平著 新潮文庫 昭和61年9月刊行 感想

 

なんというか、藤沢さんのものに「外れた」という感想を持つことが殆どないことが嬉しい。手堅いという表現があるが、改めて、そんな印象が強い。筆者は、もう生きている間に「2千冊」くらいしか読めない。寿命というものが、背中の後ろから追っかけてきているのだ。その意味で、こんなものを---と後悔するような本の選択をしたくない。なんせ、貴重な2000分の1冊なのだ。筆者は、小学生の頃から、読書感想文というものを書くのが苦手だった。この年齢になっても、少しもうまくはならない。で。アマゾンのレビューから評価の高いレビューをみようか。なお、アマゾンの評価では、4.2/5であった。

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★江戸物に詳しくありませんが、今も昔も悪いことを企むのは政府と繋がりのある業者ですね。ハードボイルドなどと言うと、893が出てきたり悪い役人が出てきてもおかしくはありませんが、割りと普通?の人達が悪事に手を染めています。そういう設定の派手さが無いところも、この作品の良い所ですね。第一作目は目的は、知人の行方探し。なのでなんとなく思い入れが本作には欠けます。欲をかいて命を落としたと書かれている半次ですが、どういう方法を用いたのか伊之助より先に短時間で核心をついています。欲をかかなくても伊之助のような体術がなければ助からなかったと思いますが、読者としては主人公より先に真実を見つけた彼のことのほうが気になります。聞き込み捜査も面白いですが、酒好きの自分としては毎回、伊之助の晩酌内容も渋くて気に入ってます。おまさのような都合のいい女によりかかってばかりなのも、仕事はできるがプライベートは良くない人間らしさが出ています。伊之助とおまさの関係が気になる方は前半で少し触れられていますが、なにせ殺人鬼(これは盛りすぎ)に目をつけられているので、後半からはサスペンスモードです。しかし偶然でしょうかね、二作ともかるーく他の女の色香に危うく流されるところだったわー。みたいな場面があるのですが、伊之助はうまくかわします。そういう所がハードボイルドなんでしょうね。

5つ星のうち5.0

藤沢周平の作品にはずれはないがこの作品の主人公は市井に普通に暮らす男でその普通さが魅力的、また職場の親方など、面白いキャラクターが描かれている。

5つ星のうち4.0

前作で、前の事件が片付いたらいっしょになると約束をした伊之助であったが、今作ではおまさとは結婚の約束までにはいたっていない。しかし伊之助の気持ちは前作と比べるとずいぶんと明るい。二人の中はずいぶんと進展してるみたいだ。今回の事件はずいぶんと陰惨な連続殺人なのだが、所々コミカルな描写が目に付くようになった。89時まで残業をする同僚を後目に(秘密の探偵家業の為に)定時出勤や早帰りを繰り返す伊之助と棟梁とのやり取り、などがそれだ。あるいは、長屋の女房の井戸端会議から巧妙に事件の情報を聞き出す、その会話の妙。この聞き取りは場所を変えて3度にわたって描き分けられる。よほど女性とのおしゃべりに付き合っていないとここまでは書けないだろうと思える上手さ、である。また、コミカルではないが、立ちまわりの部分も上手い。命が狙われること3回。いずれも剣ではなく、十手ではなく、柔術で切り抜ける。世の捕り物帖とは違う部分だ。今回伊之助、1人の女性の命を結果的には救っている。「何のかのといっても、男は手前勝手が出来るが女は耐えるしかない。耐え切れずに自分の勝手に走れば、死んだ女房のようにわれとわが身を殺す羽目に陥る。」という悔恨の気持ちが強いためか、このシリーズを通して伊之助は常に女性の味方である。ホントに伊之助は「優しい」男なのだ。

★時代物が好きなわりには、捕物帖といった感じのものは余り興味がなく、だから、藤沢周平好きな割りにはこの、彫師伊之助捕物覚え、なんてのは、正直偶然手に取ったようなもんだった。本作は、シリーズ第2作目、と言うことだけど、それも知らないで。でも、面白かったです。スピードとじっくり行くところ、更に艶めいた部分に殺人剣との立ち回り。非常にバランスがよくって。だから、別に一作目から読む必要はない、と思いますね。どことなく無頼な部分を秘めながら、でも日常は、口うるさい親方にがみがみ言われながら、残業して早出して。。。なんてところで、親方に気を遣う何だか身にほだされるところがありますね。でも、伊之助の推理はよく切れるし、それ以上に、横丁の路地入って行って、奥さん達から情報を得る。ここらの描写がいかにも、江戸の下町の様子で、ちょうどこの作品にも出てくる深川辺りに住んでいる私としては、なんとも嬉しい。さて、遅ればせながら、第一作を探しましょうか。

5つ星のうち4.0

伊之助シリーズの第2段。元凄腕の岡っ引きが知人に頼まれ、本業(彫師)の傍ら探偵家業に勤しむうちに、江戸に巣食う巨悪を暴き出すという構図は前作と変らない。人情物の印象が強い作者が意識的に人生の暗黒面を描くシリーズにしたものと思われる。改めて作者の懐の広さを感じる。前作の「消えた女」という題名が平凡過ぎるのに比べ、本作は題名からして内容を強くイメージさせるものとなっている。伊之助は、今回は川に浮んだ身元不明の男の調査から始まり、連続殺人魔に相対する事になる。捜査を進める度に一枚一枚剥がされて行く悪の皮。読者も心情的に伊之助と一体化して悪と向き合う事になる。これが藤沢氏の他の作品群に無い本シリーズの魅力であろう。そして、このハードボイルド・タッチのストーリー展開の中で、捜査時間を稼ぐ苦労、オバさんの井戸端会議を聞く苦労(これは重要な手がかりになる)等、ユーモアと市井の人々の機微の描写も忘れない。さすがと感心させられる。江戸の暗黒面を描くという作者にとっては新境地のシリーズでありながら、ユーモアと市井の人々の機微の描写も忘れないという作者の懐の広さを見せ付けた秀作。

5つ星のうち3.0

藤沢周平の小説はどれも面白いのですが、残念なことに、このシリーズだけは何となく楽しめません。と言っても、お話は相変わらず面白いのですが、どう考えても主人公の設定に納得がいかないのです。元は十手持ちで今は彫師の主人公・伊之助が旧知の同心の頼みで捕物の手伝いをするお話ですが、手伝う時間をひねり出すために彫師の仕事を早退したり遅刻したりで、親方からは怒られてばかりです。それに手伝いと言っても実際には伊之助がひとりで調べているようなもので、手伝いどころか随分と危ない目にもあいます。それで何か報酬があるのかと言えば、同心の旦那は一文の小遣いもくれず、探索に必要な費用も自腹になる始末です。伊之助がそんな馬鹿なことをやっている理由は、何やかやと言っても捕物が好きということなのでしょうが、それなら十手持ちに戻るとか、親方に事情を明かすとか、同心の旦那に手当てを要求するとか、状況を変える方法はいろいろあると思うのですが、何もせずに自分ひとりで苦労している理由がわかりません。好きなことをやっているから報酬はなくてもいいなんて、今どきの「やりがい搾取」みたいで、藤沢周平の小説で気持ちよくなろうと思っているに、これでは読んでいて心穏やかでなくなります。

5つ星のうち5.0 藤沢さんのもう一つのジャンルである「ハードボイルド物」を代表する「伊之助捕り物」シリーズの第2巻です。藤沢周平さんの小説には、「青春物」「市井物」「剣客物」・・・とありますが、もう一つ忘れてならないのが、「ハードボイルド物」本書でも、主人公である伊之助の造形がいいですよね。・元は凄腕の岡っ引き・妻が、岡っ引きを嫌がり、他の男と心中したことから、今は、版木彫りで、きままな独身生活を養っている・ふと、人肌が恋しくなったときは、幼馴染のおまさのもとに行くが、結婚まではふみきれない 等々。いかにも、日本版「ハードボイルド」という風情が漂ってきませんか。さて、本書では、その岡っ引き時代の凄腕ぶりが忘れられない同心が、「謎の溺死体」の探索を、伊之助に頼むことから物語は始まりますが、版木彫りで忙しいかたわら、捜索を続ける伊之助にも、「魔の手」が迫ってきますこうなると、往年の「凄腕の岡っ引き」の血が伊之助にも出てきて、巨悪をつとめることになります。「 蝉しぐれ 」らの「青春物」に隠れることが多い「ハードボイルド物」ですが、藤沢さんの別の1面が見れる面白いシリーズだと思います。

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