2021年9月8日水曜日

凶刃 用心棒日月抄 藤沢周平著 株式会社新潮社 平成6年9月刊行 感想

 

この表題にある用心棒日月抄は、4巻あるようだ。この本は、4巻の内の4巻目になる。13巻について、筆者は読んだのか、読んでいないのか判然としない。記憶が定かではないのだ。そんな曖昧な状況で、この最後となった4巻目、凶刃を読んだ。読後、藤沢周平さんの創った「女性」のなんともいえぬ「佇まい」にほれぼれしてしまった。筆者には、この本の全体をまとめる力はない。アマゾンでのレビューを使わして頂くことにしたい。<筆者が適当に抜粋する>

--ここから--

5つ星のうち5.0 骨の折れる面白さ

『用心棒日月抄』シリーズの最後を飾るのが本書である。初めに断っておくが、このシリーズ4は、シリーズ3までとはかなり趣を異にしている。若くて男前の又八郎が、陽気な用心棒仲間の細谷や、腹の底は読めないが決して悪い人間ではない口入屋の相模屋吉蔵と、江戸の町を舞台に、貧しくとも気ままな浪人暮らしを送る。彼らのこういった雰囲気に浸るのが、おそらくは『用心棒日月抄』シリーズを読む醍醐味であるだろう。本シリーズのファンで、こういった雰囲気にまったりと浸りながら、吉蔵が斡旋するいくつかの用心棒の役目を、又八郎がどうこなすかたっぷり読み味わおうと思っている人は、無理には本書を読まない方がいいかもしれない。又八郎が江戸で用心棒家業をしていた月日は、もう遠い昔のことである。みんな、年を重ねて変わってしまった。又八郎も吉蔵も細谷も、すっかり変わってしまった。又八郎は、藩でそれなりの役に就き、本作では、江戸に行きこそすれ、もはや用心棒を引き受けることができない身分になっている。

 又八郎は、藩の存亡に関わる密命を果たすために江戸の藩邸に数ヶ月滞在する。実は、今回の事件はとても複雑で、関係者は膨大なものになる。この一冊で、今までの三冊分に登場した人数に匹敵するのではないかと思うほどの人間を、かなり努力して頭に入れなければならない。今までのように、短い用心棒噺で適度に区切りがつくのではなく、ずっと一つの事件を追っていかなければならないので、読むのは結構疲れる。また、人々の行動や情景描写で状況が把握できたこれまでのシリーズとは違い、会話や独白による推理が中心になるので、状況をつかむのにもなかなか骨が折れる。下手をすると中盤で挫折してしまうかもしれない。そこをこらえられるかどうかが、本書を楽しむこつになるだろう。本書の楽しみは、やはり佐知との再会であろう。常に緊張感のある中で暮らしているせいか、佐知だけはさほど昔と変わらない印象である。外見も若々しく、敏捷で賢い。又八郎と佐知の久方ぶりの邂逅もなかなか味わい深いものがある。この二人は、自分たちの立場を十分にわきまえながらも、心では互いに強く引き合っている。しかし佐知は、生まれたときから今に至るまで、常に日陰の身。その悲しさもじわじわと又八郎に伝わっていく。又八郎は、感情では佐知、現実では由亀と、きっぱりけじめをつけているようだ。ここが全くぶれないのも、又八郎の魅力を形成している。又八郎は、自由に選べたら佐知を取るであろうか?。ともあれ、又八郎がこの事件が解決し、故郷に戻れば、二度と佐知に会うことはないだろう。又八郎はそう思うと悲しくなるが、ラストで意外な展開があり、又八郎の気持ちをまたもや動かすことになる。藤沢周平は、いつもどことなく後味のいい作品を書く人だが、この終わり方もとてもいいと思った。年を重ね、魅力に磨きがかかる佐知、佐知と又八郎との邂逅、佐知の行く末、これらを読むことは、シリーズ4の大きな楽しみである。それにしても、藩の秘密の解明は複雑で難解だった。このシリーズ4だけで、シリーズ全体を総括し、さらには事件後の登場人物たちの生き方を読者に思い描かせるためには、確かにこのような書き方が必要になるだろう。意地悪な見方をすれば、ストーリーの面白さは多少犠牲にして、事実関係の整理整頓に専念したという形にも見える。このように、シリーズ4の書き方に違和感が残るのは仕方がないことだと自分に言い聞かせていると、シリーズ1のレビューでも取り上げた清水房雄の文章に行き当たった。これを読んで、少しヒントをもらった気がしたので、以下に引用してみた。これは、『用心棒日月抄』シリーズに対する解説ではなく、『白き瓶』というドキュメンタリーに近い小説に対するものだが、書き方も含めて多少参考になるのではないか。「巧者な小説作りとしての定評ある氏が、敢えてその巧者をふりきって、無骨なまでに事実(資料)の重みに心を置いたのも、その必然の帰結であろう。さて、小説は何よりも面白さが第一に大切だと言われる。面白さにもいろいろあるが、この『白き瓶』の小説としての面白さは何であるか、と問われれば、私はただちに答えよう、それは骨の折れる面白さである、と。こういう世の中だからこそ、そのような面白さがあってもよかろうではないか。そして、現に、この作品の雑誌連載中の好評のことや、単行本になってからの売れ行きのよさ、などのことを思えば、世には私と同じように、骨の折れる面白さを待望する人々が数多くいることを知り、いささか心安んずるわけである。」(清水房雄〈藤沢周平『白き瓶』解説〉文春文庫) 確かに、このシリーズ4には、骨の折れる面白さがある。苦労して事件の顛末を読み、ラストシーンにたどり着けば、達成感とともに、又八郎と佐知の行く末へのある種の安堵感が得られる。

--ここまで-- 

冒頭で、女性の佇まいと書いた。文中にある「佐知」という女性のことなのだが、藤沢さんの創った「姿」がなんとも—いい---のだ。