2012年10月17日水曜日

安倍さんが、靖国神社参拝。


▲安倍自民党総裁が、17日、靖国神社を参拝したそうな。
筆者は、当然だと感じた。
これで世の中の雰囲気も変わるなぁ。
以下、新聞から抜粋。

自民党の安倍晋三総裁が、東京・九段北の靖国神社を秋季例大祭初日の17日に参拝することが16日分かった。
安倍氏は9月の党総裁選中の記者会見で、首相在任時に中国や韓国との関係に配慮して靖国参拝したかをあいまいにする戦略をとったことについて後悔していることを強調。
再び首相に就任した場合は参拝する意向を示唆しており、「首相復帰時の地ならし」(安倍氏側近)との見方が出ている。
次期衆院選に向け保守層にアピールする狙いもあるとみられる。


▲補足、感想など
首相復帰時の地ならしか。
まぁ、そうだろうな。
それでいいと筆者は思う。
さて、このところの習近平氏率いる中国からの尖閣諸島への種々の攻撃を見ながら、丁度100年前、日本と欧米列強との軋轢を思った。
1910年頃といえば、日清戦争が済み、日露戦争が一応の勝利に終わった時点か。
日本が丁度生意気盛りになった頃だろうな。
19世紀の後半に、日本は明治維新で、英国の産業革命にほぼ100年遅れで出発した。
そこから日露戦争の終結までほぼ35年か。
確かに短いな。
日本人が有頂天になるのも分かるし、世界の人たちが驚くのも分かる。
日露戦争終結から、太平洋戦争終結まで約40年か。
この40年という期間が、日本人が世界へ向かって、イエローといって馬鹿にするな--とかオレにも領土を寄越せとか主張した時代ということだ。
まぁ、日本は産業革命に遅れたが、帝国主義というものにも100年出遅れたいや、元々は15世紀からの大航海時代に17世紀中頃から「鎖国政策」をとったことが遠因であるが。
そんなことでなにかも出遅れたにもかかわらず、後からでしゃばって、大きな顔をするものだから、欧米列強に嫌がられた。
----これが引いては、太平洋戦争終結時に「戦争を起こした罪」という欧米列強からみて「出遅れた国に対する嫌がらせのような罪名」をつけられた理由だ。
以上のことを踏まえて、中国の尖閣諸島がらみのことを見てみよう。
中国という国は、日本より更に100年遅れ、英国の産業革命に200年遅れの国家だ。
1980年代始めに改革開放政策をとって、他国から知識を取り入れ始めた。
以来30年が経過した。
日本に対比すれば日露戦争へ突入する直前くらいかな。
日本もよくロシアと戦争をする気になったな。国が「若い」ということはこういうことだろう。
今の中国も、日本がロシアに対抗しようと考えた時代にそっくりなのだろうな。
こうして、歴史は繰り返していくのだ。
いや、話がどこかへいった。
靖国神社の話だった。
上でふれたように、日本は欧米列強より、100年遅れて出発した。もてるポテンシャルは充分だったのだが、いかんせん、ユーラシア大陸の東端(いや、日本海・東シナ海を隔てた離れ小島か)だし、隣国が産業革命に200—500年遅れというどんくさい国家・民族ばかりだったもので、それもあって出遅れたのだ。
しかし、欧米列強から日本をみた時、今、日本が中国人に「横柄さ、横暴さ、尊大さ」を見るごとく、日本をみても同じように思ったのだろう。
今は、ともあれ冷静な目でみることができる。
100年先をいくもの—100年遅れで進むもの—200年遅れで進むものそれぞれの立場から、他者を見た時、どうみえるかは上でふれたとおりだ。
A級戦犯とは、100年先を進んだものが、100年遅れの民族に対する「侮蔑」と「秩序破りを懲らしめる」ためにつけた「称号」だ。
この称号が卑しいか。侮蔑に値するか。
そんなことがあるものか。
100年遅れには、100年遅れなりのプライドがある。100年遅れなりの意地がある。
安倍さんは、そういう人達が祀られた「靖国神社」を参拝した。