▲韓国人の行動というか言動は面白いと思う。
自分が攻撃するときは、なんとも感じないが、相手側に反撃されると、上のような表現となる。
ならば、
自分が攻撃することをやめればいいではないか。
やったら、やりかえされる—攻撃したら反撃される--なんて当たり前ではないか。
これだけインターネットが普及して、日本の新聞テレビなどに巣食う朝鮮系の記者、論説委員、コメンテーターなどの言動に日本人がミスリードされるわけがない。
時代が変化してしまったことを認識せよ。
もう、日本人は昔のように新聞テレビにはだまされないよ。
以下、新聞から抜粋。
最近日本で急増している「ヘイトスピーチ」に関する討論会が、外国特派員協会で開かれた。
ヘイトスピーチとは特定の人種・性・宗教などに対する憎悪が込められた発言をいう。
東京・大阪を中心に広がっている日本右翼勢力のヘイトスピーチは韓国の国民に照準を合わせている。
嫌韓を越えて排韓レベルだ。
東京新大久保のコリアタウン一帯は毎週末、ヘイトスピーチ勢力とこれに抗議する勢力の応戦デモで乱闘場となる。
にもかかわらず事実上これを放置している日本社会に対する警告が、討論会であふれた。
フランスRTL放送の駐日特派員は「ヘイトスピーチが続くのは多くの日本人があまりにも無関心であるため」と断定。
また、「韓日外相会談で韓国が問題視したように、少数の日本人によって日本は政治・経済的にあまりにも多くの困難に直面している」と指摘。
米ニュースサイトに記事を掲載しているカリフォルニア州立大の教授は
「大阪のコリアタウンの鶴橋であったデモで、14歳の中学生が『鶴橋大虐殺を実施する』と叫ぶのを見て驚いた」とし、
「日本は2年前の東日本大震災直後、世界から温かい同情を受けたが、そのイメージが変わっている」と警告した。
日本での生活が16年目という米国人の記者は「10年前の日本では想像もできなかった」と懸念を表した。
外国特派員の懸念に多数の日本人出席者もうなずいた。
新右翼団体「一水会」の顧問は「普段言えなかったことを言いながら、あたかも自分が巨大な国家にでもなったような幻想に陥っている」と話した。
民主党の有田芳生議員は「戦後68年間、最もおかしなデモ」と憂慮した。
問題はすべてのことが憂慮で終わるということだ。
「すみません」という言葉があふれる日本社会だが、周辺国に対して真の謝罪ができないように、ヘイトスピーチに対しても憂慮があふれるだけで、
これを防いだり減らそうとする手段の準備には政界もメディアも背を向ける。
「在日韓国人青年連合」が最近、日本の12政党にヘイトスピーチにどう対処するかを尋ねたところ、その内容にかかわらず回答した政党は4党にすぎなかった。
自民党はいかなる反応も見せなかった。
この程度なら、日本社会が最近の状況を楽しんでいる部分もあるのではという誤解が生じても自業自得ではないだろうか。
▲補足、感想など
ヘイトスピーチというのがどんなものか筆者は知らない。
ならば、と思う、
韓国で日本の天皇陛下の写真を燃やすことは、ヘイトスピーチとやらに該当しないのか。
日本の日の丸という国旗を土足で踏みつけにすることは、ヘイトスピーチとやらに該当しないのか。
昨年夏の李元韓国大統領の天皇陛下への侮辱発言は、ヘイトスピーチとやらに該当しないのか。
冒頭でもふれた。
攻撃すれば必ず反撃される。
やったら、やりかえされるのだ。
今までというか、インターネット普及前までは、新聞テレビを朝鮮系の人間によって、押さえられ(いや、今でもそうだけれど)、世論というものを操作され、ミスリードされてしまい、「反撃する」というところまでいかなかったのだろう。
逆に、いま、日本人は、始めて朝鮮系の人間に対して「反撃」できるようになったのだ。
インターネットの普及のお陰で。
その意味で、記事にあるように、ヘイトスピーチとやらを楽しんでいるのかもしれない。
日本人が韓国人を排除しようとしているのは、
一つには、昨年夏の元韓国大統領の「天皇陛下侮辱発言」があるのだろう。
まず、あの発言につき、朴大統領は、撤回し謝罪せよ。
日本人のヘイトスピーチがなんたら言うのならば、それが一番始めにするべきことであろう。