▲えっと、なにかというと、安倍さんの靖国神社参拝の件だ。
麻生さんは、安倍さんの靖国神社参拝への道の「地均し」をしているのだ。
このあたり。
麻生さんは、うまく安倍さんを側面から助けているなぁ、と感心する。
うまい—としか言いようがない。
なるほど、これなら。
安倍-麻生という組み合わせで、後5-6年は充分つっぱしれるなぁ。
なんせ、靖国神社参拝についてうるさそうな「長老ども」がみんなどこかへ行ってしまった。
唯一、長老とでもいうべき「麻生さん」が背中を押している形となっているのだな。<あぁ、忘れていた。古賀さんはもう引退したか。高村正彦さんあたりか--なにか安倍さんに言いそうだな。安倍さんは無視してしまえ>
以下、新聞から抜粋。
麻生太郎副総理兼財務相は、安倍晋三首相や閣僚の靖国神社参拝を念頭に
「国のために命を投げ出してくれた人に敬意と感謝の念を払わない方がおかしい」
と述べる一方、「静かにお参りすればいい。何も戦争に負けた日だけ行くことはない」と話した。
憲法改正については「(日本の安全を近隣諸国に委ねるような書きぶりの)前文を読んだだけで
『危ない』と思うのが常識だ」とした上で、「改憲をやれる情勢はできあがりつつあるが、
冷静に取り組んでいくべきだ」と述べた。
また、防衛費に関しては「減らし続ければ日本は自国を『守る気がない』と思われる」と強調、
海上自衛隊を最優先に増額していく必要性を訴えた。
▲補足、感想など
もう、防衛費の増強はやむをえない。
中国にここまで挑発されれば、日本は国防軍の創設も賛成だ。
まぁ、こうして「普通の国」になっていくのだな。
筆者は、表題の如く、団塊の世代だ。
筆者は、小学生の頃から、憲法九条の意味というか価値を繰り返し教えられてきた。
まぁ、それで1990年頃までは大きな問題も顕在化しなかったのだ。
しかし、1990年代から中国の勃興、韓国の1970年代から執拗な攻撃を受けたきた。
根底にあるのは、憲法九条という手足を自ら縛った状態にある日本になら、なにを言っても、どう攻撃しても、反撃してこない—といういわば、日本を・日本人を「舐めた」心情があるからだ。
特に、1980年代後半から江沢民氏の反日政策、文化大革命で破壊された秩序の中で育って中国人には、上のように自分で自分の手足を縛った日本人は、攻撃しやすいし殴り易かったのだ。
それが、現在の状況をつくっていると言っても過言ではない。
こう考えると、朝鮮系の市民で構成されたなんとか市民の会とかいう人間が考えていることが分かるであろう。
要するに、日本・日本人を韓国に対して、中国に対して「反撃しない状態のままにしておきたい」からだ。
実に深謀遠慮だ。
いや、話がそれだ。
1948年頃だっけ。日本国憲法の発布は。
しかし。
世界中で、「戦争放棄」を謳った憲法をつくった国家は日本以外、存在しない。
つまり、民族同士の争いに「戦争放棄」というような手段ではどうにも解決はしない—ということなのだ。<韓国・中国とのイザコザを見ていれば分かるだろう。北朝鮮の拉致被害なんぞ、日本から特殊部隊を出して被害者を奪還し解決すべき問題ではないか>
このあたり、麻生さんのいう通りなのだ。
だから。
自らの国土は、自らの軍隊で守るしかないのだ。
他国から攻撃されれば、自国の軍隊でこれを守りとおすしかないのだ。
その意味で、日本はいま「普通の国」になりつつあるのだ。