▲越えた—という意味がも一つ理解できないが--。
明治維新の意味ってなんだろう。
19世紀の後半、西欧諸国の大航海時代(帝国主義と言い換えてもいいが)の最末期に、東アジアの一貧国が、「覚醒」して、自国で西欧の合理主義・科学性の重視を習得して、科学・工業の発展に着手したということかな。
英国の産業革命にほぼ、100年遅れの出発で、西欧諸国からノロマだ—と言われても言い返せない状況であった。
ただ、日本に武器となるものがあった。
それが、日本人の識字率の高さだ。武士階級、農民を含めて70%程度。農民はもう少し低いだろうが。
また、漢字かな交じり文というポテンシャルの高いツールを所有していた。
こうして、明治維新70年後には、ゼロ戦の製造・戦艦大和を建造して太平洋戦争に突入するのだ。
さて、中国人が上の明治維新と比較してどうたらと文章を書いている。
それをみてみよう。
2017年8月27日、中国メディアによると、中国人物理学者の楊振寧氏は、中国の奇跡的発展は日本の明治維新を超えたと語った。
物理学者でノーベル物理学賞受賞者の楊振寧氏(受賞当時は中華民国籍)は、天津市委員会と天津市政府の指導者らとの座談会に出席した。
楊氏はその際、近年の中国の急速な発展について、
「100年から200年先になって振り返った時、人類発展の歴史上、大きな奇跡の1つとみなされるだろう。
日本は明治維新後に奇跡的な発展を遂げたが、その難易度、人口規模、経済規模及びその当時の世界情勢からすると、現在の中国の奇跡と比べたら非常に小さなものだ」と語った。
対し、中国のネットユーザーから「つまりは日本よりも100年遅れているという意味じゃないか」
「今の中国は100年以上前の日本を超えたという意味ですね」というコメントが寄せられた。
また、「明治維新?現在の国情と100年以上前とを比べるのか?」「この比較には問題があるだろ。21世紀と100年以上前を比べる意味があるのか?」など、明治維新との比較はおかしいとの意見も多かった。
ほかには、「科学者が中国共産党のスポークスマンになるとはなんて悲しいことだ」「典型的な風見鶏だな。この人を軽蔑する」というユーザーもいて、この発言を政府関係者に対するゴマすりととらえたユーザーが多いようだった。
▲補足、感想など
ゴマすりと捉えたか---。
当たっているだろうな。
冒頭でふれた。
日本の明治維新の意味は、合理性・科学性の重視というところにあるのだ。
そして、それを支えたのが日本人の識字率だ。
じゃ、今の中国人の識字率を直視してみよ。
せいぜい、現在時点でも30%強であろう。国民の半分以上が無学文盲、無知蒙昧の世界に沈んでいる民族なのだ。
また、文字についても旧態依然たる「漢字オンリー」の文章を使用している。
漢字のみの文章で、高度で複雑な概念を他者に伝えることができるのか。
本当に「教科書」なんて、意味をもっているのか?
また、知的正直をあれだけ軽視して、科学性・合理性もへったくれもあるまい。
だから。
中国人は、丸パクリをするのだ。まるごと、真似するしか、手段がないのだ。
日本人の守破離(しゅはり)という「他者の技術を真似して、習得する」という段階を当てはめても、「地道にくりかえす」ということができないために、中途半端に「離」れてしまう—と日本人から批判されていたな。
中国のここ数十年の「発展」というものは、「砂上の楼閣」という気がしてならない。
不合理性・非科学性というものに乗っかった「巨大なコケオドシ楼閣」なのだろう。
そんな砂上のまぼろしを対象にして、ノーベル賞受賞者が、「ゴマすり」をするか。
中国人の科学性のなさが、丸分かりだな。