2017年8月24日木曜日

人間は平等、その通りだ。でも、ルールを破るものに関係はない

いや、なにかというと、朝鮮学校の無償化かがどうたらという話だ。
 話は簡単なのだ。
 朝鮮学校は、学校という名称がついているが、「学校」ではない。
 単なる私塾だ。そこらへんにある個人が営業している英語塾と変わりはしない。

 だから。
 日本人の税金を使うことはできない。
 いわば、ルール外にある存在だ。

 ところが、この学校でもない私塾に「日本人の税金」を使わないのは、人種差別だのどうたらと、日本にいるevenki族が言い始める。
 考えてみよ。差別なんか、なんの関係がある。
 学校にすれば、それでお終いの話ではないか。
 学校ではないから、日本人の税金はつかえない。
 北朝鮮の金委員長へ、支援して欲しい-と請願すればいいことだ。
 それが一番、真っ当なやり方であろう。

 理不尽な横車を「差別」たら、「平等」がどうたらと、押し続けているだけだ。
 こういう理不尽な横車押しなど、ほっておけばいい。放置しておけばいい。

 支援してほしい—というなら。学校にしろ---と言い返せ。
 それでなければ、北朝鮮の金委員長へ支援して欲しい・お金おくれ—と要請すればいいことだ。

 以下、新聞から抜粋。

 「私には夢がある」。1963年、米公民権運動の黒人指導者キング牧師の有名な演説である。 「いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である」

▼翌年、米連邦議会は公立学校・施設など公共の場における人種分離を禁ずる公民権法を承認した。「人間は全て平等」という理念は、多大な犠牲や訴えの基に人類が覚醒した尊い英知である

▼その実現に苦心してきた米国で、大統領が理念を否定する態度を示したのだから、事態は深刻だ。
 白人至上主義を助長するようなトランプ氏の発言に批判がやまない

▼事態はよそ事ではない。
 日本政府は、拉致問題の進展がないことなどを理由に、高校の授業料無償化制度から朝鮮学校を除外している。
 朝鮮学校の生徒らは全国5カ所で国を訴え、広島地裁で敗訴、大阪地裁で勝訴した

▼「少数者を排除するような偏狭で不寛容な考え方が政治の世界にあった」。
 制度の担当官だった前川喜平前文科事務次官はこう証言する。
 大人の政治対立に生徒を巻き込み、制度から“分離”した状態が続いている

▼この国は「子どもたちが人格そのものによって評価される国」だろうか。
 そんな「夢」をどれだけの国民が追っているのか。ヘイト(憎悪)や排外主義が広がっている日本でも、キング氏の言葉は重く響く。

補足、感想など

 ヘイトも、差別もなんの関係はない。
 表題の通り、ルールを破るものに、日本人の税金を使うことはできない。
 北朝鮮の金委員長へ、お金おくれ、支援しておくれ—と要請すればいいこと。
 それが、一番、真っ当な対応の仕方だ。

 日本人には、なんの関係もないことだ。

 もう、日本の戦後レジームは完全崩壊している。
 日本人は、日本にいるevenki族工作員達(自民党の二階さん、額賀さん、河村さん、岩間さんなど)に絶対にだまされない、絶対にミスリードなどされない。扇動などされない。