2018年4月27日金曜日

津波は予見できた。その通りだ。しかし、規模と時間は予見できない。大川小学校の訴訟は上告すべき


大川小学校の高裁の判決をみて思うことは表題の通りだ。
 別の例えで言えば。
 宇宙人がいつか地球を攻撃してくるというのは予見できる。でも、時間とその攻撃の規模は予見できない。
 また、別の例えでいえば、小惑星が地球に落ちてくることは予見できる。でもいつとどの程度の大きさかは予見できない。

 1000年に一度という規模の津波が、いつ襲ってくるかなど、誰にも分からない。
 その千年に一度の規模の津波は予見できたはず—というのが高裁の判断であろう。
 筆者は、技術者の端くれとして、こういう判決に与することはできない。最高裁へ上告すべきだと思う。

 以下、新聞から抜粋。

 東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県石巻市立大川小の児童23人の遺族が、市と県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で仙台高裁は、震災前の市や学校の防災体制について初めて過失を認定した。
 一審判決を変更し、浸水予想区域外にあった大川小への津波襲来の危険性は予見可能だったと判断。
 賠償額も約1千万円増額し約143600万円の支払いを命じた。
 これまでの津波訴訟では、企業や学校の震災前の過失が認められたケースはなかった。
 大川小訴訟の一審仙台地裁判決は、教職員による避難誘導の過失認定にとどまったが、二審で校長や市の組織的過失も認定。
 国が震災を教訓として学校の安全対策を進める中、高いレベルの防災体制を求める判決で、各地の自治体の教育行政などに影響を与えそうだ。
 判決理由で小川浩裁判長は「大川小が津波浸水予想区域に含まれていないとしても、北上川近くにあることから津波の危険性はあり、十分に予見できた」と言及。
 市が大川小を津波の避難場所に指定していたことも「誤りだった」とした。

 大川小の危機管理マニュアルについては「避難場所や経路、方法をあらかじめ定めておくべきだった」と不備を指摘。
 市教育委員会が各学校の実情に応じてマニュアルを改定する期限とした2010年4月末までに、校長らは改定する義務があったのに「市教委も不備を指導しなかった」と批判した。
 マニユアル上で、大川小から約700メートル離れた標高20メートル超の高台を避難先に指定していれば、津波を回避できたと判断した。
 判決によると、大川小の児童は11年3月11日の地震発生後、校庭に避難。
 その後、教職員が高さ約7メートルの堤防付近に誘導しようと移動した直後に津波が押し寄せた。
 同小の犠牲者は児童74人、教職員10人に上った。
 訴訟で遺族側は、学校の標高が低く、近くに河川もあり津波の危険が高かったと主張。
 「マニュアルに具体的な避難場所や方法の記載がなく極めて不十分。検証、修正も怠った」と指摘した。
 市側は、学校が予想区域外にあり、過去に津波が来たこともないとして 「津波予見は不可能」と反論。
 マニュアル策定は努力義務にすぎず、内容も当時の科学的知見では十分だったとしていた。
 石巻市の亀山紘市長は26日、高裁判決を受け記者会見し「上告するかどうか、早い段階で判断する。
 現段階では白紙」と述べた。
 判決については「厳しい内容で、事前防災の過失が認められたことは、市にとって大きな問題だ」と語った。


 学校・自治体に 厳しく警鐘
 防災システム研究所の山村武彦所長の話 
 判決は津波(ザードマップといった被害想定が完全なものではないと明確に指摘しており、評価できる。想定はあくまで目安。
 津波浸水域に含まれなくても、安全対策を取らなくていい「免罪符」にはならない。
 積極的に地域の特性や立地のリスクを調査・検討して危機管理マニュアルを作らなくてはならず、全国の学校や自治体に厳しく警鐘を鳴らすものだ。
 東日本大震災直後に学校現場で高まった防災意識が今は少し緩んできたと感じていたが、改めて対策が徹底されるのではないか。

 知見超えた想定強いるのは無理 宮城教育大の田端健人教授教育学)の話
 判決は東日本大震災の津波は予見可能だという前提に立っているが、教員に科学者の知見を超えた想定を強いるのは無理があると感じる。教育現場にとっては厳しい内容だ。
 津波が来ると確信していれば教員らは当然、マニュアルの策定や高台への避難をしていたはずだ。
 今回の判決で行政の学校管理が過剰になり、危機管理マニュアルが膨大化したり、臨機応変な対応ができなくなったりする危険性もはらんでいる。
 子供の命を最優先に、教育現場が疲弊しないよう何に優先して取り組むか精査してほしい。

補足、感想など

 筆者は、宮城教育大の田端教授の判断が妥当だと思える。
 この大川小学校をめぐっての裁判は、普通の人間を「お前らは、スーパーマンじゃないから過失がある」てなことを言っているように感じる。

 大川小学校の先生方、市、県の担当者達に対して、「お前らスーパーマンじゃないじゃないか」だから、過失があり、責任を問われるべきだ—と裁判官は言っているようにみえる。

 たしかに、多くの先生がなくなり、多くの児童が亡くなった。
 その責めを誰かに負わせたい—という父兄の思いが背後にあるのだろう。
 しかし、そういう私的な怨念と、科学的知識というものは関係がない。

 冒頭でふれた。
 頭の中で想像はできても、いつ、宇宙人が攻めたくるとか小惑星が落ちてくる—なんて、誰も分かりはしない。千年に一度の津波も同じことだ。
 要するに不可知な領域なのだ。
 不可知な領域があることを認めよ。

 こんな判断、昔見たことがあるなぁ。
 黒川さんだったか。
 福島原発事故の検証委員会の会長をやった人の判断に似ている。
 ちょいとその記事をみてみよう。

--ここから--

2012/07/06()

 「政府のストーリーは無理」「東電の被害者顔は違和感」-。
 未曽有の原発事故を「人災」と断じた国会の事故調査委員会(黒川清委員長)。
 黒川委員長ら委員は、国会内で記者会見し、改めて政府と東電の姿勢を指弾した。
 一方、被災地の福島県では「人災」とした報告内容をおおむね好意的に受け取ったようだった。

黒川委員長らとの主な一問一答は次の通り。 

--事故直後の東電の全面撤退問題について

 野村修也委員「東電のテレビ会議の録画などを精査した結果、官邸側には全面撤退のニュアンスで 伝わっていた。
 東電側がはっきりと『何人を残す』と言っておらず、うやむやな言い方をしているから。
 これは自分で決めず、相手に言わせる東電の経営体質のせいもある。
 官邸側は東電に不信感を抱いていたから、そう理解をしたのは致し方ない。
 一方、清水社長は官邸に呼ばれる前に、一部を残すことを決めていたので、菅総理が撤退を食い止 めて日本を救ったというストーリーは非現実的。
 東電もまったくの被害者だという顔をして報告書をまとめているが、それも違和感がある」

--「人災」にカギカッコがついているのはなぜか

 黒川委員長「全体を見てこれは人災だなと。
 すーっと読み過ごされてはいけないので目立つようにした」

--政治の責任について言及が少ないのはなぜか

 黒川委員長「歴史的な背景があり、1950年代に原子力を導入するときに米国から直輸入したも のが、日本に合うように手を付けられていないという話に戻ってくる。
 一党政治で経済成長してきたことに問題があった。
 特定の政治家と言うよりは、政治の体系と立法府という問題だから」

--国会事故調でなければ導き出せなかった結論は

 黒川委員長「これだけ問題があり、日本の国民に問題意識があったか聞きたい。
 日本メディアがどのくらい活動を普段からしていたのかも一つの問題だ。
 ネットの時代に、責任ある人を(ヒアリングに)呼んで国民、世界の前で、どういう反応をするか 見ていただいたことは一つの進歩だ」

--ここまで--

 筆者が黒川委員長の話を聞いて違和感を感じたのは、その「すべて予想できたろう」という視点だ。
 昔、インデペンデンスデイという映画があって、ある日、突然に空の大部分を覆うほどの円盤が現れるという映画だった。
 突然、空を覆うほどの円盤が出現するのだ。当然、驚愕するであろう。

 ところが、黒川委員長の話に、この「驚愕」を感じないのだ。
 そんなバカなとおもった。
 ある日、空を覆うほどの円盤が出現するのも、千年に一度の大津波が来襲するのも同じであろう。
 
 上記の判決もこの黒川委員長の判断に似ていると思える。
 そして、それは1000年に一度の災害に対応するように準備しろ—と指ししめしているのだ。

 これは、過大なインフラを用意しろ。
 防波堤の高さも千年に一度の津波に対応しろ—と言っているのだ。
 これは、過剰インフラ、過剰設備をもたらしてしまう。

 大震災の翌年かな。土木学会が、千年に一度の災害に対応すべきではない、100年に一度の災害に対応しろ—という主張をしていたと思う。
 筆者も同感だ。

 冒頭でふれた。
 千年に一度の津波なんて、誰も予想することはできない。それはもう不可知だ。
 大川小学校の先生方が、市・県の担当者達が、スーパーマンである訳があるまい。通常人なのだ。
 関わった人達がスーパーマンじゃないから、過失あり—などという判決はおかしかろう。
 最高裁へ上告すべきだ。

 また、すべてのインフラ、設備を千年に一度の災害を想定して用意するというのは、非常識だ。
 百年に一度の災害を想定して準備すればいい。