2020年2月11日火曜日

麦屋町昼下がり 藤沢周平著 1992年3月 株式会社文芸春秋刊 感想


▲こう、なんというか、別格のうまさだと感じた。
 裏表紙に、「時代小説の芳醇・多彩な味わいはこれに尽きる」と評された—と記されてあった。
 筆者もそう思う。
 藤沢さんの円熟期の頃のものなのだろうな。

 以下、アマゾンでの書評をいくつか抜き出してみよう。

 -ここから-

最後の「榎屋敷宵の春月」では田鶴の行為がやや出過ぎた感じがしないでもないですが、夫のためではなく正義のためという終わり方に救われました。
武家の女子は言葉少なく慎ましやかであるべきというのが、江戸時代の多くの見方だったかと思います。けれども、奥の部屋に床の間に飾られた人形ではなかったはずで、この作品は心地よかったです。また、その女子の心に気づいた男も、素晴らしかったです。ハッピーエンドにホッとしました。


決闘と言うと血生臭いイメージもありますが、何故そこに至ったのか、過程の細かい描写に感嘆しています。武士の世界を通じて、人が危機に迫られた時の心の流れというのか、よく描かれていると思います。決闘シーンも子細に描かれていますし、その情景が目に浮かぶようでした。
表題作の麦屋町昼下がりが、好みですがどれも良かったです。4編目のみ武士ではなく、その妻が決闘するという流れに驚きました。こんな時代もあったのかと、フィクションでも臨場感がありましたね。


「麦屋町昼下がり」
「三ノ丸広場下城どき」
「山姥橋夜五ツ」
「榎屋敷宵の春月」
たまたま出くわした上士を斬ってしまったことから、理不尽にもある騒動に巻き込まれる男
昔は剣でその名を轟かせたものの今はすっかり酒浸りの日々を送る男幼い頃からの友人の憤死をきっかけに先代藩主の死を巡る事件を暴く男夫の出世争いを巡って何やらきな臭い藩の政争に巻き込まれた女
其々の主人公は、藩の中枢部や出世とはやや離れたところにいて、過去に藩の政争絡みで理由もわからず家禄を減らされるなど害を被ったことがあり、剣の腕はたつものの、無敵というほどでもない、という男女
「榎屋敷~」の主人公は小太刀使いの名手で勇敢にも奉公人の敵討ちを果たしてのける女性で、平穏無事に時が流れれば良いという夫を陰から叱咤激励しつつ、藩の悪政を露見させるきっかけを作るという痛快な話です
剣術、政争、男女の仄かな色香を架空の藩を舞台に描いた秀作4
読後の爽快感は相変わらずです


5つ星のうち5.0
藤沢周平の筆致というのはひどく不思議で、人の日常も、心理も、感情も血なまぐさい事件も、醜い覇権争いなども、全てをひたすら客観的に淡々と綴っているのに、場面場面の情景が鮮やかに思い浮かべられたりかすかな人情の機微などがいつまでも心をとらえて放さなかったりする。
まるで滔々と流れる水のように物語を描き出すその視点には人間というものへの、どこか諦めにも似た達観があってしかしその裏側に時折どうしようもなく愚かな人間たちへの深い愛情や尊敬、そして飽くなき興味といったものが感じられる。
この本に収録されている短編は今時のドラマのように「こういうお話だったんです」というわかりやすい説明やオチなどはなく、時代劇みたいに勧善懲悪でもない。
事件があったとしても「解決」というエンドははっきりと与えられていない。
それでも読後はいつも、静かで淡々としたその世界の中から「戻ってきた」という目の覚めるような思いと、じわりと胸を温める「なにか」と、「もう少しこの物語世界の続きを見たかった」という後ろ髪引かれる思いが交錯する。
この短編集は正に「味わい深い」という言葉がぴったりだと思う。



5つ星のうち5.0 武家もの4編、いづれも円熟期の傑作であり武家もの中編の代表作である。
「麦屋町昼下がり」「三の丸広場下城どき」「山姥橋夜五ツ」が特に良かった。「榎木屋敷宵の春月」は女流剣客ものである。武家社会の引くに引けない決闘に赴く主人公。
1話70ページ程度の中編だが、主人公を取り巻く人間模様が人情の機微豊かに描かれており、単なる剣客・決闘ものではない。武家もの中編の傑作集と言える。
文章が精緻であるが饒舌でない。要するにうまいのである。又藤沢作品は書かれていないところが「どうなったのであろう」と想像する楽しみがある。
さらに、若い武士と妙齢な娘のほのぼのとした恋愛模様が描かれているのが藤沢文学の特徴である。又周囲の自然というか景色の描写がきめ細かに描かれているのが藤沢文学の大きな魅力である。


5つ星のうち5.0 避けられぬ決闘
表題作の「麦屋町昼下がり」を含め避けられぬ事情があっての決闘を描いた中篇4編です。
「麦屋町昼下がり」では、主人公の片桐敬助が、私的に巻き込まれた事件で対峙する羽目になった相手は藩随一の使い手・弓削新次郎。片桐は家中の試合では常に二番手で、弓削に勝ったことはない。
決闘を覚悟して、稽古を重ねていたおり、弓削に出会うが弓削は意外にも敵意を見せない。
ほっとしてしばらくした後、弓削が城下で刃傷沙汰に及んで討手としての命が片桐に降りる。
弓削の影に脅えて一度はほっとしたところで、稽古の結果をはからずとも見せることになるところに、片桐の剣士としての誇りと自信も感じられる。くどくどとは書かない文章の中に、弓削家の事件の内情も垣間見えて面白い。
ところどころに散りばめられている婚約者の話も彩りを添える


5つ星のうち4.0 時代小説名手の技
時代小説の旗手であった藤沢周平が没したのは平成9年だ。彼が形作っていた「時代小説」といわれるジャンルが、彼の死によって一時代が終わったとさえいえるだろうか。山本周五郎などを筆頭に、江戸時代の市井の暮らし、武家社会の人々の機微を題材にすることによって、現代にも通じる人生の哀歌を描くという手法は、なんとも日本的なものだが、読んでいても安心が出来るものだ。「オール読物」とか「小説新潮」などでは定位置を占めていたものであり、今ももちろん時代小説は盛んだが、藤沢周平ほどに独自の世界を持ったものは少ない。
本書も藤沢周平がもっとも脂の乗りきっていたころの短編4篇を集めたものだが、どの作品にも小説としての筋立ての面白さとともに、泣かせどころ、聞かせどころを備えたほろりとさせる勘所を押さえている。
武家社会というものが、現代のサラリーマンと企業の関係のように、階層社会でありあり、その中には更に、越え難い身分制度があることなどから、下級武士の生活は即ち、今の時代のサラリーマンの悲哀と通じるものもあるのが、時代小説の人気を支えている背景かとも思う。
表題の作品は、舅に追われる女性を救おうとしてその舅を切り殺してしまった剣士が主人公だ。その舅に追われていた女性には、不義密通を働いていたという噂があり、それに怒った舅がその女性を追っていた可能性が出てくる。舅の息子、即ち、追われていた女性の夫は、藩内随一の剣の使い手と名高い男で、近く江戸詰めから戻ってきたら、父の仇を討とうとしているかもしれないという噂がひろまる。こういった、背景の中に、可憐に見える女性が実は密通をしていたのかどうか、そうだとすると、殺すべきでない男を殺してしまったのではないかと煩悶する主人公、この事件の結末を好奇の目で見る藩内の人々といった状況が描写され、物語を盛り上げる。主人公は剣の腕を磨こうと必至になり、ある時、その天才剣士との対決の時がくるのだがーーーー。
それぞれの物語に、必ず女性が登場し、そこには時代小説における恋愛感情がほのかに語られる。なるほど、藤沢周平の世界には未だにファンが多いことが本書でも良く理解できる。


 -ここまで-