2018年4月12日木曜日

日中のアニメには、絶対に越えられない壁があると人食い中国人


ふ~ん。
 エラクまともなことをいう中国人が出てきたなぁ。
 えっ、国家反逆罪とかで捕まらないのか?
 本当に大丈夫か?こんなことを言って。

 もう、アレッいつの間にか行方不明となって、中国のどこかの河に死体として浮かんでいないか?
 以下、中国の新聞から抜粋。

 中国メディア・東方網は、「国産アニメと日本アニメの間にある、本当の差はどこにあるのか」とする記事を掲載。
 記事は、中国アニメと日本アニメの間にある差について、3つの点を挙げて論じた。
 まず1つ目として、「中国人の多くが、補助金を目当てにア ニメに従事しており、プロ精神やアニメに対する愛情が不足している点」を挙げている。
 2つ目は、思想の問題だ。
 「中国はこれまで保守的な思想を守り続けてきた。この思想は必然的に限界性や思考上の盲点を作ることになる」と 指摘し、この保守的思想を改めるには、今から全力で変えようとしても100年、200年はかかるのではないかとした。

 3つ目は、政治に関するテーマを自由に扱えない点である。
 「国の神経を刺激するようないかなるテーマも、われわれは根本的に作品の中で 表現することができない。社会を風刺することなど、なおのことできないのである」と論じた。
 さらに、「アニメ作品はさておき、ネット上のコメントですら特定の言葉が遮断されるのだから、救いようがない」とまで指弾。

 記事は、「上述した3つの点は、実際は中国のアニメ産業だけの問題ではなく、中国のソフトパワー全体のボトルネックになっている。
 わが国が唯 一得意なのは古代文化しかなく、それゆえアニメ産業もみんな仙人だの妖怪だの武侠などばかり。
 武侠小説や西遊記を何度も何度も繰り返して題材にするのは、本当につまらないと思わないか」と結んだ。

補足、感想など

 指摘はまぁ、正しいだろうなぁ。
 でも、と思う。
 ユーチューブかなにかで、中国のアニメをチラッと見たが、筆者でもそう面白いものではないなぁ、と感じた。
 もう、画風が日本と同じようで、キレイと言えばキレイだし、そう日本のアニメに遜色はない感じだった。

 題材として、中国には不足はあるまい。
 三国史もあるし、水滸伝もあるし、なにに不足があるのだ?
 中国の歴史を一通り読めば、題材に不自由する訳もあるまい。
 タネ本が中国になければ、日本の中国史ものを扱えばいいではないか。

 また、別に人間にする必要もない、猫でも犬にでもいいではないか。
 曹操を女子高生にしてはいけないのか。

 なにか、ああだのこうだのと不足ばかりを言い立てている気がするな。
 日本の誇る天才、手塚治虫は、昭和20年代のなにもないところから出発しているのだ。

 手塚さんに較べれば、中国人の恵まれていることを自覚しろよ—ともあれ、手本がゴロゴロしているではないか。
 ともあれ、中国人は、物語を作れ。もっと大量に。
 政治がどうたら—とかをかいくぐったような物語を作ればいいことだ。
 そもそも、日本の漫画、アニメが政治を皮肉っているか?
 
 要するに、漫画に・アニメに一生を賭けようという気迫のなさだけが目立つ記事ではある。