▲これは、と思う。
最初に相撲界に外国人を認めるという決断をしたことでの結果であろう。
強いから横綱になるのだ。弱いから横綱になれないのだ。
当然ではないか。
だから。
不甲斐ない—ではない。
悔しかったら、強くなれ---と言えばいいではないか。
以下、新聞から抜粋。
初の綱とりに挑んでいた大関・鶴竜(28)が、大関・琴奨菊を寄り切りで下し、
14勝1敗で初優勝を飾った。
横綱昇進が確実となり、来場所(5月夏場所)からは、
白鵬(29)、日馬富士(29)と並び、3横綱が誕生することになる。
モンゴル力士の3横綱時代到来について、23日、元横綱・
北の富士氏は「これはひとえに日本人力士のふがいなさ、指導者の責任。対抗する日本人力士を出さないと、国技とは名ばかりになってしまう」と危機感をあらわにした。
北の富士は「まず、鶴竜、おめでとうと言いたい」と初優勝を果たした鶴竜を祝福した上で、
「私は反面、正直言うと、これは日本人力士のふがいなさ、それを指導する指導者(の責任)。
本気で考えないと。喜んでばかりはいられない」と13年ぶりとなる3横綱時代で
盛り上がる一方で、日本人横綱不在を嘆いた。
北の富士氏は親方として、名横綱・千代の富士
を育成。
さらに北勝海(現・八角親方)も横綱にまで育て上げた実績を持つ。
それだけに、「本当に、真剣に各部屋の親方衆、指導者は日本人力士を鍛えて、
対抗する横綱を出さなきゃ。相撲は国技とは名ばかりになってしまう」と危機感をあらわにした。
日本人横綱が不在となって11年。
「同じ相撲を志すのだから、日本人もモンゴル人も
外国人もない、とは言いますけども、やはりね、そういうもんじゃない、と思いますよ」と話し、
「本当に協会の親方衆には、一生懸命弟子を指導してほしい、と心の底から
思います」と日本相撲協会にも苦言を呈した。
また、「3横綱に及ばないのは、努力がたりない。」と。
「3人(横綱)の共通点は、
小さい身体で入ってきて、ここまできたわけですから、日本人できないわけがない」とゲキを飛ばした。
北の富士氏は1998年に日本相撲協会を退職。
NHK大相撲中継に
出演している。
▲補足、感想など
じゃ、お前外国人だから、横綱にはしないよ—と言うのか。
冒頭でふれたように、強いから横綱なのだ。
文句のいいようがない。
日本人力士にも彼らと競い合って、強くなってもらい、いい取り組みをみたい。
このブログでふれた。
遠藤と大砂嵐のような、「相撲の深さ」を垣間みせるような、そんな取り組みをみたいものだ。