2015年10月2日金曜日

欧州へ難民、2年で140万人だと。

ヨーロッパは崩壊する、近い将来に。

 オーストラリアでもこんな話を聞いたなぁ。
 なにか環境問題について、キレイ事ばかりいう地方の名士がいて、ユーカリの樹木が増えすぎ、山火事が多発するようになった。
 すると、そのキレイ事ばかりいう地域の名士は、さっさと他の地区に逃げ出していった—という話だ。

 また、数年前に橋下さんが、米軍沖縄基地の司令官へ「風俗を利用したら」--と言ったという話に通底する。

 キリスト教というものを背景して、兵役に就いているのだから、性欲は抑制できる筈だと。また、どう処理しているのかは、もうプライバシーの領域だ—としているのだろう。
 だから。
 正面切って、兵隊達の性欲の処理はどうしているのですか—と問われると米軍の司令官は、もう答えられない。
 追い打ちをかけるように、じゃ風俗を利用したら—と言われると、顔面がこわばって更にものがいえなくなる。

 このあたり、先の大戦時における慰安婦というものに対する日本人とアメリカ人の感覚の違いなのだろう。
 性欲という「本能」について、あけすけに語ることは禽獣に近い—ととられるのだ。

 ところが、日本人は、性欲なんていう本能がそもそも抑制できる筈がない。それが常識だ。
 だから、橋下さんは米軍の司令官に「兵隊達の性欲ばどう処理しているのですか?」と、なにげなく聴いたのだ。

 この欧米人の「建前>現実」というものと、日本人の「現実>建前」じゃないか—という違いが、今度の難民騒動でも違いとして現出したのではないのかな。

 つまり。
 ここに戦火に追われた難民という存在がある。助けるべき---てな建前論がまず、初めにでてしまい、建前論に振り回わされる。
 上でふれた米軍の司令官と同じく、現実より建前(兵役についているのだ、性欲は抑制できるはず)が行動を決めてしまうのだ。

 対して、日本では、そりゃ難民たって、言葉も常識も異なる異民族ではないか。それを語学、職業訓練をしてまで受け入れる必要があるのか—てな現実>建前 ということになる。

 以下、新聞から抜粋。

 中東やアフリカから地中海を渡ってヨーロッパに流入する難民や移民の数について国連は、来年末までの2年間で140万人に上るとする報告書を発表。
 中東やアフリカから地中海を渡ってヨーロッパに流入した難民や移民の数は、ことしに入ってこれまでに50万人を超えて去年1年間の2倍を上回っています。

 こうしたなか、UNHCR=国連難民高等弁務官事務所は1日、緊急の報告書を発表し、安全な生活を求めてヨーロッパにたどり着く難民たちは、ことし1年間で70万人に達する可能性があると 予測しています。
 また、来年も同じ規模かそれ以上の人数の難民などがヨーロッパに流入し、来年末までの2年間で合わせて140万人に上る可能性がある。

 これまでにヨーロッパにたどり着いた難民たちの54%はシリア出身だということで、UNHCRのスピンドラー報道官はNHKの取材に対して「想像を超える勢いで流入している」と述べ、難民たちの 受け入れのために、1億2800万ドル(日本円で153億円余り)の支援が必要だと。


補足、感想など

 だから。
 この「難民を助けるべき」なる判断はどこからきているのだろう。
 キリスト教を背景にした「善意」?
 それだけ?

 馬鹿な、ヨーロッパ諸国は異民族により破壊されるぞ。
 冒頭で、建前論を振り回したオーストラリアの名士が、トラブルが続けばさっと逃げ出していったという話を紹介した。

 どうやら、日本人の慰安婦必要論者を「禽獣」のようにののしる人達が、この「異民族による自国の破壊」を招いているのだな。
 建前>現実 という人々なのであろう。

 そう言えば、イギリスでイスラム教徒の人達が増え、エリザベス女王に向かって、イスラム教に改宗せよ—というデモが起こるのだとか。

 一体こりゃなんだ—と思わないか。
 もう、国家が根底から揺らぐ。

 日本でもイスラム教徒が増えれば、きっと天皇陛下に向かって、イスラム教へ改宗しろ—というデモが発生する。
 これだけのリスクを背負うということなのだ。難民を受け入れるということは。

 単純な「善意」が、どれだけの厄災を招き寄せるのか---慎重に判断する必要があることが理解できよう。