2016年9月13日火曜日

日本と中国との差は、日本語と中国語との差。その3

日本には古来、文字というものがなかった。
 だから。
 日本の歴史は、記憶力の卓越した人間を選抜して、覚えさせていたのだ。
 代表的な例が稗田阿礼(ひえだのあれ)であろう。

 で。
 中国から漢字がもたらされて、これを万葉仮名として使うことを考えた。
 筆で書いているうちに、草書などから平仮名、かたかなが生まれて、現在のような漢字かな混じり文という形式となったものだ。

 この「漢字かな混じり文」というものの「効率のよさ」に、日本人は満足している。
 だから。
 漢字廃止などという暴論が唱えられることはない。

 以下、中国の新聞から抜粋。

 韓国は文字の表記においてはハングルを使用、だが、かつては漢字を使用する国だった。
 しかし、韓国では独立後、ハングルを専門的に使用すべきという論調が高まり、1970年代から漢字教育が廃れた。
 今でも漢字の使用を復活させるべきという主張もあり、韓国は使用する「文字」をめぐって揺れ動いてきた。

 漢字は中国で生まれた文字であり、日本でも漢字が使用されているが、日本では漢字の使用を廃止したことはなく、廃止すべきという論調が高まったことはないのはなぜか。
 中国メディアは、日本にも平仮名やカタカナがあるのに、なぜ日本人は韓国人のように漢字を廃止しようとしなかったのかと疑問を投げた。

 日本にもかつては漢字廃止論者がいたことを紹介する一方、「漢字の廃止は文字の廃止にとどまらず、漢字にかかわる文化を捨て去ることにつながる」との見方があった。
 愛国心だけで漢字を捨て去ることは大きな損失だと指摘し、「一度漢字を廃止した韓国は後悔してもすでに手遅れ」と論じた。

 中国で生まれた漢字は「すでに日本人の生活に深く浸透している」としたうえで、日本人の「漢字愛」は近年拡大を続けている。
 書道教室や漢字能力検定協会などの存在を挙げたうえで、漢字が1つの産業となっているうえ、日本人の「骨の髄まで」漢字が浸透した今、日本人は漢字を捨て去ることは不可能だと論じた。

 漢字廃止論は漢字を使用していた中国を除く国でも存在した論調だが、廃止しなかったのは日本だけ。
 韓国は漢字を廃止して事実上ハングルに統一したほか、ベトナムも漢字は使用されなくなった。

補足、感想など

 ベトナムにはおそらく「かな」が生まれなかったのだろう。
 韓国では漢字ハングル混じり文であれば、それほど問題が起こらないと思うが、漢字を放棄してしまい、「子供が使うような文章」となったものだ。

 このあたり、ちょいと、日本語の「優秀さ?」を主張した文章があるので、筆者が適当の抜粋してご紹介したい。

 --ここから--

 日本人のノーベル賞受賞者は、物理学など受賞者数が12人と世界7位前後も受賞。
 今後さらに、日本人のノーベル賞受賞者の時代がくると欧米人も評価。
 日本人は欧米文明を吸収し、進化させてきた民族である。
 こういう頭脳を生んできた日本人の優秀さには『 日本語 』の独特な構造も関わる。

 日本人の先輩たちが約千二百年前、平安時代初期、9世紀頃に生み出した日本語のひらがなの出現により、文字は民衆化され、能力を集め易い言語となり、会話、文章、小説、議論、情報、科学、学問、理論を展開し、日本語 は技術文明の発展に能力を発揮していく。

 日本語は実に微妙な表現が可能。
 論理の発展性にも優れ、使い難い漢字を主言語とせず、日本人が独自に開発したひらがな言語である。
 このひらがなが考えられたのは、平安時代初期の、9世紀頃のこと。
 しかもひらがなもカタカナも同時期に誕生。

 優れた言語ほど『 文字 』の記憶に負担をかけず、子供たちが成長の早い段階で『 会話 』『 倫理 』を発達させ、将来の高度な思考、論理性を養うことが、より『 高度文明社会 』を形成するために重要になる。

 であるから逆に漢字のみの言語は致命的な欠陥言語だ。
 要するに大量な漢字を単に覚えさせるだけに子供の成長が費やされ、会話の発達が遅れ高度理論の展開などますます不可能にしてしまう。
 無駄に大量な漢字を覚えさせることで多くの脳の記憶領域を費やし、重要な創造的な高度理論を発展する頭脳領域の余裕がなくなる。

 この致命的な欠陥を解決したのが日本語である。
 日本人の先輩たちが開発したひらがな言語は、漢字主言語の致命的な欠陥を完全に解決 した。
 また英語の『 I love you 』とは、『 私、好き、貴方 』であり表現として実は味けもそっけもなく、接続詞がないことに気付くだろう。

 実はアルファベットの26文字だけだと言語表現に制限や問題が生じ、あるいは高度技術系の『 専門用語の増大 』により、文字数がやたらと多くなる致命的な欠陥が生じている。
 日本語の文字数は“ひらがなカタカナ”及び漢字を含めた『 2段階文字 』は通常で『 数百文字 』で、アルファベット26文字の『 25倍前後 』となる。

 この『 数百文字 』が技術社会で、多くの異なる学界系の『 専門用語の増大 』にも唯一適応できる『 高度技術系言語 』とも言い得る。

 日本語は理論立てて思考する場合に極めて適した言語でもある。
 バイリンガルという2重言語は頭脳領域を無駄に使うことになり、また中国語は大量な漢字だけという脳の記憶領域を使い切る言語である。

 日本の医学、薬学分野の研究開発にドイツ語や英語などを強制したため、医学、薬学分野では研究開発が欧米に引けを取ることとなった。
 高度理論の発展性に優れた日本語を、医学者や薬学者などが軽んじた結果である

 ひらがなは、漢字主言語に不可能だった微妙な表現を可能にし、しかも漢字を補助文字としてしまうことで、子供たちが漢字の字数を徐々に覚える成長型言語とし、また“ひらがな”を主文字とし漢字を組み合わせることで文章そのものにも創造性を持たせるという創造的知能言語 とした。
 この日本語の優れた特徴は、その後の日本人の頭脳機能を成長させ、来るべき高度文明社会 に適応してきたと分析できるのではないか。

 この故に、今後も誕生するだろう日本人ノーベル賞受賞者たちの功績は、個人が運がいいとか自由主義圏だとか資本主義圏にあるとかでもない。
 大陸と離れた日本だからこそ干渉されず、日本語ひらがな言語体系を生むことができた。

 我が国が古い時代に輸入した漢字はそのままでは使わなかった。
 日本人は、原型に拘らない改革・改造・改修をし、微妙な表現も可能とするひらがなを一挙にベース言語としてしまった。
 このベース言語ひらがなの出現によって、高度に論理を発展できる言語日本語へと進化させてきたのだ。

 日本人が次々と新しい文明を吸収、発展し、優れた先進性を持つ信頼性の高い製造製品を開発してきたのも、例えば、ロボット技術が世界一進んでいるのも、携帯電話を普及させたのも『 日本語 』の威力である。
 研究開発者の頭脳の『 言語 』領域の効率は極めて重要なことが解る。

 高度な研究開発に携わる者は、『 言語 』そのものに負担をかけずに、最大限に頭脳を働かせることが極めて重要だ。
 日本語は、『 [これ][][こう][なって][こう][なれば][こう][なる] 』と文体が順に並ぶ『 理詰型 』の言語である。
 この『 理詰型言語 』はノーベル賞受賞級の超高度な研究開発の理論発展型の究極的言語として適している。

 逆に英語の『 I have a pen 』は『わたし、持つ、1、ペン 』となる。
 日本語ならこれは『 私は一本のペンを持っている 』となるので状況もより正確でしかも、微妙な表現を可能にした『 繊細表現言語 』でもある。

 --ここまで--

 ちょいと、自画自賛が過ぎたような文章かもしれないな。
 でも、日本語の持つ他の言語と比較しての「優位性」のようなものをうまく指摘している。

 また、日本語と中国語との差異、中国語のもつ「欠陥」を指摘している。
 冒頭でふれた。
 日本と中国との差は、日本人と中国人の能力の差・頭脳の差ではない、日本語と中国語との「差」なのだ。