2017年9月30日土曜日

中国が強国となりえない理由

表題は、中国人自身が指摘した「理由」だ。
 当たっているかどうかは、分からない。

 ただ。
 その指摘が、いかにも中国人ならでは—という感じがする。
 日本は、2,000年近い歴史において、異民族から支配されたことがない。
 言語・習慣の違う民族から支配され、価値観というものが逆転したという歴史がない。

 そのあたりの違いを明確にしめしたような、中国人が指摘する「理由」だと思える。

 以下、中国の新聞からの記事を抜粋。

 日本ではあまり使わないが、中国ではしばしば使われる言葉に「強国」がある。
 これを日本語にする場合は「大国」と表現されるが、中国では「大国」と「強国」を意識して使い分けている。
 中国メディアは「中国が今もなお強国になれないのは、この要素が不足しているからに他ならない」とする記事を掲載。

 記事は「現在中国は大国であるが、大きいだけで強くはない。農村人口が多く、北西地域の開発に難儀している。1人あたりのGDPも国際平均よりはるかに低い。
 そしてもう1つ、非常に重要な点がある。それは文化が大きく立ち遅れていることだ」と。

 そのうえで「わが国の文化力は、経済や軍事などの要素と並べて論じることさえできないほど劣っている。
 外国人は文化を用いて中国人が出すお金で儲けている。彼らは文化を世界に向けているが、われわれの多くの文化は閉じこもったままだ。
 外国人が中国語を勉強することが、わが国の文化の影響力を示すと思ってはいないか。彼らは中国の経済や技術に目をつけて、協力したいがために中国語を学んでいるに過ぎないのだ」と論じている。

 また「われわれの中に、外国製品を好み、自国製品を『パクリ』だと言って買おうとしない人がどれほどいることか。同じブランドバッグでも1万元のフランス製は買うのに、中国製になると500元でも要らないという。価格で中国文化を貶めているのだ」と指摘。

 記事は、「今の社会、中国は基本的にみな西洋化してしまった。着るものも、食べ物も、自動車もだ。
 中国文化はますます薄れていき、少しずつ侵食を受けている。われわれは経済、軍事、科学技術を発展させるために、文化という要素を遠くに放り投げてしまった。

 文化は一国の精神的支柱であるにも関わらずだ。中国が強国になりたいのであれば、文化を拾いあげ、みんなで努力して発展させることだ」と訴えた。

補足、感想など

 ふ~ん。
 文化ねぇ。
 文化というものの持つ「脆弱性」というものを充分に意識した言葉なのかな。
 
 文化というものは、実に簡単に雲散霧消する。
 戦争とか、独裁者が命令でとか、民族浄化とか---言い始めれば、簡単に雲散霧消してしまう。

 日本の東北地方に「草刈り歌」というものがある。
 農民が田んぼの畦を草刈りしながら歌った歌で、実に哀愁をおびた民謡だ。
 上でふれたが、日本が言語・習慣の違う異民族に支配されてしまえば、もう、雲散霧消していたろう。

 それから考えれば、今の中国での「民謡とか祭りなどが殆ど存在しない」というのは、異民族による支配、独裁者の存在が、歴史において頻発したことを意味している。

 文化というものは、「守ってやっと残っていく」ものなのだ。
 だから。
 中国人は、本来的に守るべきものを守らなかったのだ。現在の状況は、そういう中国人のなしたことの「結果」にすぎない。

 最近、日本の桜がどうたら、剣道がどうたらとその起源は中国にあり—なんぞという記事が多い。
 なら。
 そんな大事なものなら、どうして「守らなかった」のだ? どうして保護しなかったのだ?

 考え方がおかしいだろう。
 この部分に、中国人の「識字率の低さ」の反映を感じる。
 識字率一桁なら、そんなものか。
 つくづくと、中国人って、漢字に圧し潰された民族だなぁと何度でも何度でも感じてしまう
 いや、もっとハッキリ言えば、中国の支配層は、歴史的に国民は馬鹿でいい、字が読めるものだけが、エリートであり、字が読めない馬鹿達を操作しやすい--と考え続けてきたということなのだな。

 歴史的に清末まで周辺には中国に対抗できるだけの強大な国家が生まれなかった。(元の時代でも、同様に考えていたのかなぁ)
 日本は、秀吉の時代でも、中国を征服するという力をもってはいなかった。
 清末に、英国というユーラシア大陸の反対側から強大な武力をもった民族が出現して、はじめて「漢字が読めるもののみがエリート」という思想の弱点をつかれた形となったいうことだろう。

 科挙制度で選出されるエリートは、基本、文系だ。
 産業革命をなしとげた英国の武力には手も足もでなかったのだろう。
 こうして、19世紀以後、文系の西洋の武力に対応できないエリートと、文字を読めない95%以上の無知蒙昧な民衆の混乱と放浪が始まったということか。