2017年9月28日木曜日

シェエラザード上・下 浅田次郎著 1999年12月刊 感想

日本人にとっての「太平洋戦争」というものは、どういう意味をもっているのだろうか。
 最近のアメリカ等の小説を読むと、その内容の薄っぺらさに辟易する。
 こんなことしか、書くことはないのか---てな印象をもつ。

 日本の場合、歴史というものが長いので、様々な時代を題材にできるという利点がある。
 また、70年前の太平洋戦争という300万人近い日本人を死に追いやった経験が、日本人の心情に「深い陰影」を与えている—と言えば、当たっているか。
 戦後70年以上を経過して、ようやく、前の大戦を客観的に見ることができるようになったような気がする。

 表題の本は、戦時中(昭和20年3月から4月にかけて)に「阿波丸」という船で、連合軍の捕虜へ資材を運ぶという船が、日本に帰る途中で、米軍の潜水艦に撃沈された—という実際の事件を基にしている。

 ちょっと、他者の表題の本についての感想が書かれてあったので、その一部を勝手にお借りして、小説の概要を説明しておきたい。

--ここから--

 物語は、「宋英明」と名乗る謎の老人の登場から始まる。
 老人は、消費者金融会社社長の軽部順一と専務の日比野善政に、弥勒丸を引き揚げるための費用100億円の貸し付けを要求する。
 同じ話はほかのルート(政界と財界)にも持ち掛けられていたが、期限を切られた担当者は次々と不審な死を遂げる。

 軽部はかつて恋人であった新聞記者・久光律子に協力を依頼し、弥勒丸沈没にまつわる謎を追求することになった。律子は新聞社を辞職し、この調査にのめり込んでいく。
 やがて軽部たちは、弥勒丸に直接関わった人物と出会うこととなり、彼らの口から弥勒丸沈没にまつわる隠された真実が明らかにされていく。

 この物語の面白さは、弥勒丸の謎が、それぞれの人物の口を借りて明らかになっていくところだろう。そしてそれぞれの人物が、弥勒丸沈没の過去を背負って、戦後の半世紀を生きてきた事実の重さである。

 --ここまで--

 う~ん。
 実際には、阿波丸は、1980年頃に中国によって、サルベージされている。

 まぁ、上で、いろいろ書いたが、本の中身についても、全体の印象を筆者なりに箇条書きしておきたい。

1.この浅田さんの本、いささか、竜頭蛇尾だなという感想をもつ。ストリーテラーとしての浅田さんの実力を認めるものの、後半あたりから、どうしていいのか—と悩んだのではないだろうか。

2.本の全体のザクっとした筋は、100億円という弥勒丸のサルベージ費用を日本人に出してもらいたい—と望むものがいて、手段を選ばずして出させるという筋だ。

3.この小説の核心部分は、日本に帰るという時に、シンガポールから約2千人の民間人を乗船させた。では、なぜ乗せたのか—という部分にこの小説の眼目がある。<実際の阿波丸は貨物船であるし、この部分、浅田さんのフィクションであろう>

4.安導権をもった弥勒丸は、最後まで元客船たる誇りをもって、中国・上海へ向かう—という部分で最後となっている。

5.冒頭でふれた。
 先の大戦では、日本人の300万人近くを死に追いやった。
 死には、それぞれの事情があり、背景がある。
 戦後70年以上を経過してみると、各自の死を巡るエピソードが、日本人の「財産」と化したようだ。

 アメリカなどの小説の内容の薄っぺらさに較べて、日本の小説は本当に面白い。
 それは、上で述べたように、「死」というものを、「財産」と化すだけの能力が日本人に与えられているからであろう。

6.筆者は、3日で一冊、月10冊、年120冊、10年で1200冊の本を読むことを目標としている。
 もう、年齢が背中から「タイムリミット」を迫ってくるのだ。
 もう、無駄に時間を費やすことはできない。急がなくっちゃ。