2017年12月27日水曜日

日本への稲作技術の伝播は、中国の江南地方から直接伝わった。科学を政治とからめて歪めるな

静岡大学って、奇妙な大学だな。
 evenki族工作員が大手を振るって跋扈している大学ってことか。
 evenki族の民族的な優位性を捏造するために、科学性を無視しねじまげている。

 以下、韓国の新聞から抜粋。

 韓国と日本の大学生が「考古学」で交流した。農耕文化に基づく「兄弟国家」であることを確認し今後の交流継続を約束。
 忠清南道・静岡県考古学関係者友好交流実行委員会は、日本の静岡県登呂博物館で「韓日考古学学生会議」を開催。
 静岡県と静岡県考古学会、静岡大学人文社会科学部、静岡市、韓国伝統文化大学校が共同主催。

 今回の学生会議は中山誠二、山梨県教育委員会埋蔵文化財センター所長の「韓日穀物農耕の系譜と起源」講演を始め両地域の学生発表および討論から構成された。
 韓国伝統文化大融合考古学科と静岡大人文社会科学部の学生たちは「忠南道と静岡県、それぞれの農耕成立と地域性」、「松菊里遺跡と登呂遺跡の保護と活用」に対する議論を行った。

 講演で中山所長は「日本は紀元前8世紀頃に稲作とアワ・キビ複合農耕が韓半島から伝わり、弥生時代の農耕社会が形成された」とし、「家族関係で表現すれば韓国と日本は兄と弟のような関係」と力説した。

 続く学生発表で韓国側は「韓国稲作農耕の開始と伝播経路」、「青銅器時代の畑遺跡および農耕関連施設-忠清地域を中心に」、「松菊里遺跡と農耕」、「松菊里遺跡で確認される様々な食生活の痕跡」を報告した。
 さらに「扶余地域の文化遺跡」、「扶余松菊里遺跡の展示活用現況」、「扶余松菊里遺跡の総合整備」も発表した。

 日本側は「静岡の農耕成立と展開」、「静岡農耕文化の地域性」、「登呂遺跡の保存と活用の経緯」、「復元された登呂部落の実験研究」、「市民・学生ボランティア活動」などを発表。

 植松章八考古学会長は閉会の辞で「韓国伝統文化大学が位置する忠南は百済の首都があった場所で、多くの文物を伝播して日本の古代文化に大きな影響を及ぼした」として「今回の韓日考古学学生会議を通じて百済を感じることができた」と話した。
 両側の学生代表は「両地域は1000年の歴史を飛び越える縁がある」として「考古学会議に参加した学生たちは過去を知って現在を覗き見ることによって未来を作るだろう」と宣誓。

補足、感想など

 なにか、科学という目眩ましの言葉を使って、日本人をだましてやろうという企みではある。
 稲作は、表題の通り、江南から直接伝わった。あわ、きびは、確かに朝鮮半島からの可能性が高い。
 記事にあるごとく、別のルートから伝わったものを、なにげに混在させて、日本人をだましてやろうとしているのだろう。
 この中山さんという所長が、evenki族工作員なのだろうな。
 日本のいろんなところに潜りこんで、日本人をミスリードしようとしているのだ。

 ちょいと、稲作の伝播の記事をみてみようか。

 --ここから--

 DNA解析で、稲の種別が多いのは日本が朝鮮の3倍って出てる。
 なんで朝鮮に無い稲が、稲作を教わったはずの日本にあるの?
 しかも、それらの稲の起源は東南アジア、台湾、中国であり、伝播途中の韓国に、北朝鮮に残ってないの?
 当たり前の理論なんだが、伝播先が伝播元よりDNA資源が豊富なことはあり得ない。

 つまり、科学的な証明として、日本から韓国・北朝鮮のある朝鮮半島に稲作が伝播したという明確な証拠が あって、既に朝鮮半島経由の稲作伝播は完全に、もう反論の余地が無いくらいに否定された。
 だからこそ、ヨーロッパ、アメリカ、南米、北米、中国、日本、東南アジア、ロシアの、ほぼ全世界の教科書では文化の多く、そして稲作も日本から半島にもたらされたと記載してるわけ。

 瓦や中華文化の一部は、朝鮮半島経由で”半島に根付かずに"日本に持ち込まれたのもあるだろう。
 王仁博士も”一部だけは”として認めてるよなぁ
 でも、何故か韓国では王仁博士がチョン文化伝播説を広めたとねつ造してる。

 --ここまで--

 書込みにあるごとく、「反論の余地が無いくらい朝鮮半島からの稲作の伝播」は否定されている。
 それが、中山所長なるevenki族工作員によって、臆面もなく科学の名のもとに捏造されている。
 こういうものに、関与する静岡大学もおかしかろう。

 最後に、稲作の起源について、中国の記事をみてみよう。

 --ここから--

 中国科学技術協会が主催する「第54期中国科学技術フォーラム――中国稲作起源地学術シンポジウム」がこのほど、江西省万年県で開かれた。人民日報が伝えた。
 科学者らは中国稲作起源の学術提案書を発表し、中国の稲作の起源は1万年前まで遡ることができ、その範囲は江西省万年県仙人洞の吊桶環遺跡を中心エリアとする長江中・下流及びその南部に及ぶだろうとの見方をまとめている。

 中国の稲作研究者は、中国の稲作の起源を論証するため努力を続けてきた。
 80年代以降、江西万年仙人洞吊桶環遺跡、湖南道県玉蟾岩遺跡、浙江浦江上山遺跡などの考古調査により、1万年前には稲の人工栽培が確認され、「稲作の起源は中国」という学説を有力に裏付けている。

 --ここまで--

 中国人って、政治の絡まない学問においては、実に正直で科学的だ。
 上の記事など、信頼に足るものだと思える。筆者も同意したい。