▲どこに核心があるのかな。
明日は、関ヶ原の戦いだというタイミングの時、一軍の将たる武将が、怪我をして戦いに出られない---というようなことを考えた。
---谷垣さんの怪我のニュースを聞いた時。
そもそも、谷垣さんは、一軍を率いるだけの「器」ではないということだろう。
以下、新聞から抜粋。
去年夏に自転車によるけがで入院し、リハビリを続ける自民党の谷垣前幹事長が、党にメッセージを寄せ、「退院の時期を視野に入れながら、リハビリに専念している」と復帰への意欲を示した。
自民党の谷垣前幹事長は、去年、趣味のサイクリング中に転倒して頚髄を損傷するけがで入院し、現在もリハビリを続けています。
こうした中、谷垣氏は、自民党京都府連の大会にメッセージを寄せた。
この中で谷垣氏は「けが以来、皆様にご心配とご迷惑をかけてきたが、現在、退院の時期を視野に入れ、リハビリテーションに専念。復帰まで、あとしばらくお許しを頂きたい」と復帰への意欲を示した。
一方、自民党京都府連所属の西田参議院議員は、「谷垣氏より、『つえをつきながら歩行のリハビリ訓練に入ることができた。
もうまもなく退院も見えてくると思う。皆さん方にも早くお目にかかり、政治活動をやっていきたい』という連絡があった」と述べた。
▲補足、感想など
冒頭でふれた。
ここぞ—というタイミングが、人生には何度かある。
例えば、総裁選にでる—というような話を想定してみれば、分かる。
ここぞ—という時、「絶好調」と叫んで、舞台の上に飛び出してこなければダメなのだ。
飛び出せない人間は、「運をつかむ力・能力がない」のだ。
その意味で、谷垣さんという人は、「幸運をつかむ力」がない。
そもそも、自転車が趣味という部分からして、「幸運をつかむ力」がないのではあるまいか。
そのリスクの高さは、自分から・他者から見て分かりそうだ。
リスクの高さを直視できないところに、谷垣さんが「幸運をつかむ力」がない---ということだろう。